第49話

第22話:Who are you? 其の一


「…僕は~。一一君は?」優しく尋ねる。

「…私は~…」

少し恥ずかしそうに少女は答える。

僕が差し伸べた手を、少女はそっと握ったーー


***


「…はっ」

目が覚めた。

月はゆっくりと起き上がる。

額に片手を置く。

今の夢はーーなんだったのだろうか?

ただの夢には思えない。

はっきりとは思えないし、言えないが、どこかであった気がする。

どこか昔一一在る日の記憶...。

「…制服、着替えなきゃ。」

モヤモヤする気持ちを抑えるように、ゆっくりとべッドから離れた。

「…おはようございます。」

階段をおり、もう準備をしている泉に声をかけ

る。

「おはよう、月。今日も頑張りましょう。」

黄泉は微笑む。

ああ、癒されるなぁと思いながら、月はロッカーからほうきを取りだし、掃除を始める。

良かった、と月は思った。

いつもの黄泉さんだ、と。

あの日ーー

黄泉さんのお父さんと会い、黄泉さんが泣いた時、月は何時になく動揺した。

いつもあの冷静で、笑顔を絶やさない黄泉さんが、泣いている…

その時の月には、黄泉さんは普通の少女に見えた。

初めて、本物の…本の黄泉さんに出会えた気がしてならなかった。

それは嬉しくもあり、同時に寂しかった。

黄泉さんが…離れてしまう気がして。

「…ふわぁーあ。寝みいな。」

陽が起きた声で我に返る。

「陽!もう、遅いわよ。早く掃除してね。」

黄泉に雑巾を渡され、気だるそうにそれを受け取

る。

ちなみに、リヒトはトイレ掃除をしている。

月は注意も声掛けもする気が起きず、ただひたすらに、黙々と掃除を続けた。

「…黄泉、アイツどうした?」

掃除もいい頃に、コソッと陽が黄泉に耳打ちをする。

「…何か様子が変よね。」

泉もそれに頷く。

何が変と言えば、月は掃除をしているのは良いものの、ずっと同じ場所をはいているのだ。

もうかれこれ30分は経っており、はいているところだけピカピカだ。

「…黄泉、ちょっと月に声掛けてこいよ。…ゴニョゴニョゴニョ…」

陽は何か閃いた顔をしたかと思えば、次の瞬間にはイタズラぽく笑っていた。

「…?分かったわ。」

半分不思議そうに黄泉は頷き、月の元へ歩く。

「月。」

「……は、はい!?」

声をかけられてもぼうっとしていた月だったが、遅れて飛び退いて返事をした。

「…月、今日はお疲れ様。ご飯、お風呂?それともーー」

「…ストップです!黄泉さん!!」

リヒトが間一髪で続きを止めた。

「…チッ」

陽が舌打ちする。

「…その言葉は駄目ですよ!これ、陽の入れ知恵だろ!」

その声に陽はそっぽを向き、ベッと舌を出した。

「…??」

月はまだぼうっとしていたようで詳しく聞いてなかったらしい。

頭が?マークでいっぱいのようだ。

聞いていなくて良かった。

リヒトはホッと息を吐いた。

「…えと、皆さんどうしたんですか?」

困惑したように月が尋ねる。

たり前だろう。

自分の知らない間に自分を囲って騒いでいたら。

「…何でもないよ、月。一ーそれよりどうしたんだ?朝からぼーっとして。」

余計な事を言わないように陽の口を抑えながらリヒトが問う。

「…あの、実は…夢を、見たんです。」

最初は口を閉ざしていた月だが、皆に心配をかけていると気づいたらしく、やがて口を開いた。

「…夢ぇ?」

訳が分からないように眉を八の字にする陽。

「…夢って…そんなに怖い夢だったのかしら?」

黄泉が首を傾げる。

「…ブハッ」

その言葉に陽が吹き出す。

「よ、黄泉さん…!いくら僕でも怖い夢くらいで泣かないし、悩みませんよ…」

急いで弁明する月。

いつも駄目な所を見せている分、そんな子供らしいと思われる勘違いは避けたい。

アワアワしている姿は、少しいつもの様子に戻っていた。

「ごめんなさい。そんなつもりはなかったの。」

申し訳なさそうに謝る黄泉。

「…そっそんなっ…謝らないでください。それで、僕が見た夢はーー」

月は神妙な面持ちで語り始めた。

「…なるほど」

黄泉は頷く。

「不思議系かよ。つまんね。」

陽はケッと悪態を付くと、両手を頭の後ろに組んだ。

「…つまり、その夢が現実にあった気がして悩んでるってこと?」

リヒトがまとめる。

「…うん。僕、だけじゃなくて陽も..小さい頃の記憶がほとんどないんだ。」

「えっ」

リヒトが驚きの声をあげる。

黄泉も、声はでていないが、驚いている。

これは、黄泉にも話していない事だった。

「…何かあったわけじゃないと思うんだ!…それについてもあやふやで…でも、どこか記憶の破片が、欠けてる気がするんです。」

全部記憶がない訳ではなく、一部が抜けているらしい。

「…で、その一部にさっき話した夢がある…と、月は思ったのね。」

黄泉が優しく尋ねた。

「…は、はい!そうです。」

月は話を理解してもらえて嬉しいのか、見えない架空の尻尾がブンブン振られている。

「…記憶が無い…気になるわね。悪魔にも記憶障害が発するの…」

顎に手を置き、考える黄泉。

「月はどうしたいんだ?」

リヒトが聞く。

「…ぼ、僕は、知りたい。…勘違いかもしれないけど…もしそれが、僕の記憶の穴埋めの鍵になるなら……黄泉さん!」

「…えっ何かしら」

唐突に話しかけられ、少しばかり戸惑った様子の黄泉。

「…僕の過去を見る事は可能ですか!?」

月の声が大きくなる。

真剣な眼差しを黄泉に向けた。

「…可能よ。」

少し驚いた様子だったものの、すぐに真面目な顔つきになった。

陽がピクっと眉を動かす。

しばらく黙って出てきた解答は、月を喜ばせるのに文句はなかった。

「やったぁ!…!じゃあーー」

「…止めろ。過去は見させない。」

思いもしない陽の言葉。

三人は信じられなさそうに見る。

「…よ、陽?何言って…」

「…何でもだ。絶対に過去なんて見るな。」

いつもと全く違う、本気で怒った顔。

顔が険しい。

「…陽。よく分からないが、唐突すぎるし、抽象的すぎる。それじゃ、月も納得できないだろ。」

リヒトが皆の気持ちを代弁する。

「…うるせぇよ!何でもいいだろ!」

陽が叫ぶ。

「…陽、流石にこれは見逃せないわ。それに、リヒトの言う通りよ。過去を見て欲しくないなら、ちゃんと理由を述べなさい。」

黄泉も真面目な、低い声で話す。

「…月が過去なんて見たら…。…ッもう知らねぇっ!見たきゃ見ろ!俺は後悔しても知らねえからな。」

教えたぞ!と最後に吐き捨てると、もうそれ以上は話さないと言うようにそっぽを向いてしまった。

言って止めたいが、言えない。

そう言っているように感じた。

「…陽…」

さすがにいつもと違う怒り方の陽に、黄泉はこれ以上怒る気にならず、むしろ心配そうな表情を浮かべている。

(陽、どうしたんだろう…怒っていると言うか…焦ってる?)

陽の横顔を見つめながら月は思った。

「…そう言えば」

月の一言で皆の視線が集まる。

陽以外。

「…黄泉さんの術は人間の過去を見るものですよね?僕には効くんでしょうか?」

不思議そうに尋ねる。

「そこは大丈夫よ。月は黒魔だけど、特別な方法でできるわ。」

ニコッと微笑み、頷く。

月は安堵の表情を浮かべた。

「…じゃ、早速始めるけど良いかしら?」

「…は、はい!」

月は緊張気味に頷く。

黄泉は頷いたのを確認すると、

「…grim reaper…」

呪文を唱えた。

黄泉の前…床に、薄く光る紫色の魔法陣が描かれた。

そして、キッチンから小型ナイフを取り出した。

それを、一瞬の躊躇いもなく自身の人差し指にてた。

じわり、と血が滲む。

「よっよよよ黄泉さん!?」

月が悲鳴に近い声をあげる。

まだ叫びそうな月の口を、リヒトが抑え、月はモゴモゴとしている。

黄泉の血は、ポタリと魔法陣の真ん中に落ちた。

それに反響するように魔法陣が一瞬光り、元に戻

る。

黄泉はそれを見届けると、ナイフの刃先を持って、持ち手を月に差し出す。

「…え?」

訳が分からなさそうな月。

「月も同じように指先を切って。貴方の血がないと過去が読めないわ。」

淡々として話す黄泉。

「えっあっは、はい!」

言われるがまま指先に刃を当てる月。

じわりと血が滲み、床に落ちる。

そして、魔法陣は強く光り出した。

全員思わず目を瞑る。

記憶は何十年前にも遡るーー

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