第48話

第21話:答え合わせ 後編


「…泣いてごめんなさい。決意が変わらないうちに早く行きましょう。」

涙を手先で拭うと泉はゆっくりと立ち上がった。

きいなも支えるように立ち上がる。

「…ぼ、僕が言うのも何ですけど…こう言う時は泣いても良いと思います!だって…黄泉さんはいつも1人で抱え込むじゃないですか。…だから正直嬉しかったんです。黄泉さんが話してくれて。」

「…月…」

顔を真っ赤にして伝える月に、黄泉が驚いた顔を浮かべる。

「…そんな感動の再会みたいなツラしてんじゃねーよ。さっさと調べんぞ、お前の親父。会ったら一発ぶん殴ってやる。」

パンっと拳をぶつける陽。

「ちょっと!今良いとこだったのに!!」

ムッと頬を膨らませるきいな。

「知るかよ。」

ケッと悪態を着け、ドアに手をかける。

「…じゃあ行きましょうか。」月の言葉で全員がドアの前に立ち上がる。

今まさに出る時ーー

「…私が簡単に出られないの、忘れないでほしいわ。」

「……あ、」」

悪戯っぽく黄泉が話す。

泉以外の全員が、苦笑いした。

「…ごめんなさい。準備は整ったわ。」

泉がネックレスを下げ、首とネックレスの間に挟まった髪を手で退かす。

その仕草は少し優雅で、月がときめく。

閻魔の許可を貰うのはそれはとてもとても苦労したらしく、月と陽はゲッソリしていた。

リヒトが水を差し出している。

陽はグイッと一気に水を飲むと、キッキンの横のゴミ箱に一発で投げ入れる。

水滴が付いたらしい口を親指で拭うと、声を上げた。

「…今度こそ行くぞ!」


***


「…こんな所にほんとに泉さんのお父さんはいるんでしょうか?」

月が不安げに言葉を漏らす。

こんな所に、と言っても、何も怪しげな場所ではない。

普通の、良くある街並みだ。

それほど都会でもなく田舎でもなく、本当に普通の住宅街。

月が不安げな理由は、あんな騒動を起こした人が街に溶け込んでいるのが少し不気味に感じたのだ。

「…ばーかっ泉の親父が起こしたのはもうウン+年前なんだよ。誰が覚えてるかっつーの。」それはそうだ。

しかも、一般人の目撃は無い。

噂もされなかっただろう。

「そ、そうだよね。」

月はまだ少し顔色は悪いが、納得したようだ。

「…懐かしいわね、姉さん。」

「だね。でも結構変わってる。」

きいなが頷く。

月達は分からないが、泉達にとっては故郷のようなものなのだ。

二人は懐かしむように微笑み、言葉を交わす。

だが、少し哀しそうな表情だった。

少し気まずい空気をまといながら歩いていく。

しばらくし、先頭をあるいていた泉が立ち止まる。

「…ここよ。父さんの家は。」

どこにでもある、普通の一軒家だった。


***


「…ここが、」「家の家か。」

月は不安そうに、陽は訝しむように、呟く。

白い壁は、年代を感じる、黒ずみが所々できてい

る。

「インターホン鳴らしましょうか。」

リヒトが玄関に行き、鳴らす。

暫くして、ゆっくりとドアが開いた。

「…はい。」

元気が無い様子の口調で男がでてきた。

が、リヒト達を見た瞬間、目を見開いた。

「…泉、きいな…」

男の唇は震えており、微かに、絞り出すように名を呟いた。

「…父さん、久しぶり。元気にしてた?今日は一」

「…今日は、話をしに来たの。…これまでの事、これからの事」

きいなの言葉を次ぐように家が続きを話す。

その目はまっすぐ男....父を見ていた。

父は視線を下に向け、見開いた目をゆっくり閉じた。

「…分かった。」

そして背を向け、ドアを開ける。

「…中で話そう。」

泉ときいなはホッと胸をなでおろし、月達は嬉しそうに顔を見合わせる。

陽だけは冷静に父を見ていた。

そしてそれぞれ中に入っていった。

バタン、と扉が過去を出迎えた。


***


「…自由に座ってくれ。お茶を用意してくる。」

玄関からすぐのリビングのテーブルを囲み座る。

カチャカチャとお茶を用意する器具の音が小さく聞こえる。

皆、黙って座っていた。

陽だけはキョロキョロと視線を動かしていたが。

「おまたせ。…さて、何から聞こうか。」

全員に茶を配り終え、手を組んで話す。

最初に泉が口を開いた。

「…私達が、あの日から何があったか話すわ。…父さんにも、ちゃんと知って欲しいから。」

黄泉は話し出した。

父と、姉弟と別れたあの日から、何があったのかを。

一つ一つ気持ちを逃さないように、噛み締めるようにゆっくりと。

その言葉を一言でも逃さないように、父もじっくりと耳を傾けていた。

目が潤んでいる。

「…たの。これが、私の過去一物語よ。」

泉が話終えると、少ししてきいなが口を開いた。

「…次は私ね。私はーー」

きいなも落ち着いた口調でゆっくりと話し出したーー

「…そうか、…そうか……」

父、祐介はそう呟き、涙を流した。

何故か月も涙している。

陽はおらず、いつの間にかベランダに出ていた。

棒付きの飴を口にくわえている。

話し出してからだろうか。

黄泉はその様子を少し見て、父の方に向き直った。

「…父さん、次は父さんの事を教えて欲しいの。あの時、何故悪魔が家に来たのか、何故あんな事になったのか。それを…教えて。」

祐介は眼鏡を取り、ゆっくりと目元を拭うと、掛け直して口を開いた。

「…ああ。全部話そう。」

祐介は重い口を開き、語り出した。


***


「…進まないな。」

額に手を置き、眉間に皺を寄せる。

汗がゆっくりとこめかみに流れた。

一枚の紙を取る。

眼鏡を取り、親指と人差し指で目尻の辺りをいじる。

ふう…と、深いため息をついた。

進まない。

自分は研究者だ。

その、研究が進まないのだ。

ずっと、興味を示したその瞬間から調べ始めたもの。

だが、肝心の実物が手に入らない。

これでは1番大事な所まで手が付けられない。

人魚。

この世の都市伝説、或いは姫(プリンセス)として云われる妖怪。

下半身が魚で上半身は人間そのもの。

だが、耳は魚の鰭のようだ。

神秘的で、美しい。

それを、博物館で木乃伊として見た時、心が震えた。

気になる。

解明したい。この手で。

決してやましい気持ちは無い。

ただ、誰も知らない人魚の謎を、秘密を、知りたいと思った。

その日から私はその研究に命を注いだ。

何でもいい、何でもいいから知りたい。

掴みたい。

調べれば調べるほど欲が出てくる。

それなのに、実態どころか情報すら危うい。

貴重だが、少なかった。

そうじゃない。

もう知られている情報が知りたいんじゃない。

誰も知らない一一解明されていないものを知りたいんだ。

それには、木乃伊ではない…”生身”の人魚を手に入れる必要があった。

「…簡単に、手に入れれるわけないか。」

ふっと呆れた笑いが漏れる。

クシャリ、と紙がよれる。

(…少し休憩しよう。)

席を立ち、研究室から出た。

ドアを開けたところで、後輩の女性と出くわした。

研究の整理なのか、たくさんの荷物を抱えている。

「…あ、先輩!お疲れ様です。こんな時間まで研究ですか?」

後輩は何気なく尋ねた。

私は時計を確認する。

時刻は八時を過ぎていた。

「…あぁ。研究が少し立て込んでいて。」

何となくレポートを後ろに隠す。

「先輩って、確か人魚の研究してましたよね。神秘的ですよね、人魚。…私にはさっぱりですけど。」

あはは、と苦笑いを浮かべる。

彼女は全く別の、少し科学的な研究が専門なので、あまり関わることはないのだろう。

「…じゃ!先輩頑張ってくださいね。これで失礼します!」

タタっと元気な足音を響かせ、彼女は去っていった。

高い位置に結んでいるお団子が揺れる。

「…あぁ。」

去っていってから少しして返事をし、自分は外へ出た。

冬の空は凍てついている。

夜もすっかり深い。

白い息が出る。

コートを織る。

近くの公園まで歩き、ベンチに座った。

木製で、固く冷たい。

ポケットから煙草を取り出す。

ライターで火をつけ、空に視線を上げ息を吐いた。

どうしようか。

どうやって手に入れよう。

ふと、地面を見ると、小さな何かが書かれてあった。

目を凝らすと、それは魔法陣だった。

木の枝で書いたのか、それも近くに落ちている。

「…あ、そうか。」

何かが頭の中で関いた。

地道に調べて駄目なら、非科学的なものに頼れば良い。

昔、誰かがそういう物を調べていたのも同時に思い出す。

すぐに席をたち、描き始めた。

「…確か、こうだ…」

記憶を辿り、描いていく。

完成し、呪文を唱えた。

「悪魔よ、ここに宿りし、願いを叶たまえ。」唱えると、魔法陣が輝き出した。

綺麗な紫色で、眩しくて思わず目を瞑る。

そして、それはジワジワと下からゆっくりと現れた。

ランプの魔神のような…それにしては漆黒で赤い目。

人を目付きだけで殺せそうな冷徹な目だ。

冷や汗が流れる。

と、同時に口角が上がるのがわかる。

好奇心と高揚が抑えきれない。

ギュッと心臓がある辺りを、服を握る。

「…呼び出されたのは久しぶりだ、人間。願いは何だ?」

本当に出た。

その驚きと高揚で暫く口が聞けなかった。

ゴクリと唾を飲み込む。

「…人魚を、出すことはできるか?」

ほう、と悪魔は興味を示した。

「…人魚を所望か、人間。これまた珍しいな。我に来る者は皆、金か権力を欲しがったぞ。」

「…私は研究者なんだ。それで、生身の人魚が必要だ。」

叶えられるか?、と緊張気味に尋ねる。

「…我に叶えられない事などない。…本当に良いのか、人間。我に願うなら対価が必要だが?」

それに少し、心臓が跳ねる。

「…だ、大丈夫だ。…払えるものなら、何でも払う。だから!頼む。研究のために。」

手の平を合わせ、懇願する。

悪魔はその様子を見て、ニヤリと笑った。

「…良いだろう。」

悪魔は両の手を広げると、紫の光のエネルギーのようなものが蠢いた。

そして、パンっと手を叩くと、目をび開けた時には、目の前にはあれほど調べても無かった人魚が目の前にあった。

「…ほ、本当に…」

藁にもすがる思いだったが、疑心暗鬼でもあった。

だが、目の前のものが証明している。

これは正真正銘の悪魔だと。

「…ふふ、我にできないことなどないのだ。」

そして、と話を続ける。

「…お前の願いはもう叶えた。次は我の番だ。」

「…あ、あぁ。何が欲しいんだ?」

私の命か?寿命か?

ドキドキしながら返事を待つ。

「…我はーそうだな。お前の一ー」

寿命、か...?

「…姉弟(娘息子)だ。」

「……え?」

言じられない言葉。

「え?とはなんだ。何でも払うといっただろう?それに、願いが叶ったんだから良いじゃないか?」

楽しむような口調。

「…ち、違う!家族が失われてまで欲しいなんて…そんな」

足から崩れ落ちた。

混乱しながらも自分に投げかけるように話す。

失意に投げられた。

まさか、娘達がかけられるなんて、知りも…唇が乾き、震える。

肩が大きく上下する。

呼吸が苦しい。

「…あぁぁぁぁぁぁ!!!」

叫びながら立ち上がった。

考える間もなく走り出した。

何か意図がある訳では無い。

ただ、ひたすらに、がむしゃらに気づけば走っていた。

走って走って走って家の前に気づけば立っていた。

ドアを開けようとし、止まる。

呼吸を整えた。

娘達にできるだけ不穏な影を見せたくない。

私が…何とか…

そんな思いでドアを開けた。

「…あ、あぁ…」


***


結局無理だった。

人外の力には、抗えなかった。

娘達は消え、菫は喪失していた。

私は、人魚のためだけに、大切なものを失ったのだ。

後悔してももう遅い。

だけれど、私にはもう、謝る事しかできなかった。


***


「…これがあの日の、始まりだ。」

全員が言葉を失っていた。

ダンッ

強い叩く音が響いた。

月が、机を叩いたのだ。

「…好奇心のためだけに泉さんを悲しませたのか?」

何時にない怒号。

低く、重い声。

今にも噛みつきそうだ。

「…月、落ち着け。そんな声荒らげたって過去は変わらねえ。…ほら、行くぞ。」

「…ッ」

ズルズルと大人しく陽に引きずられる月。

本当は月だって分かっているのだ。

どれだけ声を荒らげようと、現実は変わらない事を。

リヒトも立ち上がる。

「…ありがとう、陽。」

「…礼は給料アップでいーぜ。」そう言って三人は出ていった。

「…以外に気が利くのね、彼奴。」

少し見直した、感心したようにきいなが呟いた。

「…泉、きいな、すまなかった。...あの日の事を許して欲しいと言う訳ではない。だがーー」「…許せる訳では無いわ。」

ビクッと祐介の肩が震える。

キュッと口を結ぶ。

「…今も、心臓が飛び出しそうなほど動揺してるし、震えが止まらないわ。けれど、嫌いにもなれないの。」

「泉...。」

きいなが眉を八の字にして呟く。

「…私の幸せが皆の優しさでできているなら、私は喜んで正解を貫くわ。」

"父さんも母さんも皆大好きだから"

祐介はその言葉にハッとし、涙を流した。

きいなも涙ぐんでいる。

「…私もだからね!父さん。」

ニッと赤くなった目を細ませて笑った。

「…本当にすまなかった。…ありがとう。」

久しぶりの、親子の空間が訪れた。


***


「…そろそろ帰りましょう。」

黄泉が立ち上がった。

「…そーね。あんまり長居しちゃこっちもね。」

きいなが悲しそうに微笑んだ。

「…そう言えば聞きそびれていたけど、父さんはどうしてあの日のままなのかしら?」

再会で忘れるところだった。

「…あぁ。やはりその話になるか。…それは、研究に失敗したからだ。人魚のエキスを飲んだようで。」

「…たった一滴だったのに…不老不死の体になってしまった。」

寂しそうな顔で下を向いた。

そして話を続ける。

「…私は何もかも失ったんだ。沢山のものを失ったのに、な。」

黄泉は玄関まで行こうとして立ち止まり...父、祐介を見た。

「…そうかもしれないけど、私はそのお陰で月達と出逢えた。それじゃ、駄目かしら?」

柔らかい、笑み。

黄泉の出した答えだと、分かった。

「…そう、だな。」

それで話は終了した。

靴を履き、出ていく時、祐介は泉ときいなに手を

伸ばしー一止めた。

「…良い、後輩を持ったな。」

一言。

それだけを述べた。

「…でしょう?」

黄泉達は今度こそ、扉を閉じた。

「…黄泉さん!」

扉を閉じ、前を見ると月や陽、リヒトが待っていた。

黄泉は三人の元へ行こうとし、崩れ落ちた。

涙がとどめなく溢れた。

きいながそっと肩に手を置き、無言で背中をさすった。

自分も泣きたいだろうに。

皆はその様子をただ静かに見ていた。

こうして、黄泉…いや、泉の長い長い過去に縛られていた鎖が、ようやく外されたのだった。

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