第45話

第20話:夢の中で


ゴポゴポ...

冷たい水の中で小さく息を吐く。

とっくに諦めていて、息をする気もなかった。

少女は目を瞑る。

ただ、妹が...泉が生きてくれさえすれば良いと、ひたすらに祈ったーー

(…ここは…どこなの…?)

目が覚め、ゆっくりと起き上がる。

辺りを見渡す。

透明な膜…いや、水の中に、鏡峰きいなはいた。

水の感触はなく、触れると波紋が広がった。

歩く度に波紋が広がり、やがてそれは大きくなる。

上を見上げると、水か映っていた。

どうやらここは水面下らしい。

少しばかりズキズキする頭を抑えながら、きいなは今までの事を思い出す。

「…私が花嫁ですって!?」

驚きで声が思ったより大きく出てしまった。

「…そうだ。我が鬼、魔の嫁になれるのだから光栄だろう?」

大きな声だ。

体も大きいので、声も比例するのだろうか。

目の前の大きな鬼に法みそうになる。

耳が痛い。

「…光栄も何も…あるわけないでしょう!いきなりこんなところに連れてこられて…!!」

納得出来るわけない!ときいなは叫んだ。

叫び、押し殺した感情をぶちまけたからか、フツフツと怒りが沸く。

「元気な小娘だ。…嫌いじゃないぞ。」

閻魔は片手で頬を支えながらニヤリ、と嗤う。

その顔にきいなは悪寒を覚える。

背筋が凍る。

顔が青ざめているのが自分でも分かる。

(…こんな奴に…負けてはダメ。妹が酷い事をされたらどうするの…!!)

自分が来なければ、泉がここに来ていたのだ。

泉は聡明だが、きいなにとって大切な妹だ。

絶対にこんな所に来させるわけにはいかない。

グッと歯を食いしばる。

鬼に問う。

「…ここはどこなの?私はどうなるの?ここに来た理由は?泉や優地はどこ!?」

気になっている疑問が次々溢れる。

「随分と矢継ぎ早だな。そんなに一気に答えられない。」

そう言いつつも、鬼は一拍置くと、話し出す。

「…ここは具界。の、中心部だ。お前は先程も言った通り嫁になる。」

「…そんな」

言葉を失う。

「…ここに来た理由はいずれ分かるだろうよ。お前の弟妹は墓ん中…と言いたいところだが、妹は生贄だ。弟の方は下働きだろう。育てば良い男手になりそうだからな。」

きいなの様子を伺いながら楽しそうに酒を煽る。

きいなは絶望に先立たれた。

妹達が…

言じられない。

自分は花嫁なら、冥界に生き奴隷としてでも、命は助かる。

それなのに、泉は死んでしまう。

優地は奴隷のように、この暗い世界で働かなければいけないのか。

幼い頃から体が弱いと言うのに。

自分は?

花嫁として悠々と暮らすのか。

それが腹ただしく、許せなかった。

絶望より、復讐心が湧き立った。

それを強く胸に刻みながら、きいなは真っ直ぐ鬼を見た。

(…あの後すぐに着替えさせられて…泉がいたから突発的に動いたのよね。)

手を軽く挙げ、創られた波紋を悠遠に見ながら触れる。

そうだ。

きいなは思い出した。

自分も少し、理解できないままに、そのまま崖へ落ちていった。

思ったよりも高く、叩きつけられた背中が痛かった。

どんどん意識が無くなり、息が出来なくなってい

った水の感触もーー

思い出したくない。

それでも、助かったと言うなら、不幸中の幸いだろう。

考えながらペタペタと歩きー一気づいた。

「…出口が…ない。」

上に飛び込んだ場所であろう崖がうっすらと水面を通して見えるが、崖もないので登れそうにもない。

息のできる水の中、と言ったところだ。

「…嘘、でしょう?」

あれから他に落ちたと言う生贄の人から聞いた話によると、ここは生贄として捧げられた人達が来る場所だと言う。

消える消えないについては分からないらしく、皆いつの間にか消えているらしい。

『…早く消えて楽になりたい』と、少女は泣きそうな顔で笑った顔が今でも忘れられない。

…私は、何十年と経つ今も、消える事は無かった。

初めは早く消えないかと祈っていたけれど、朗報もあった。

盂蘭盆。

この日だけは、ここを出られると知ったから。

手を伸ばして、仰ぐと、いつの間にか出られていた。

嬉しくて、同時に後ろめたさもあって。

色んな葛藤と感情を抱きながら、冥界中を回った。

それでしばらく経った時…一人の鬼に話しかけた。

「…君、泉って子、知らない?」

急に話しかけられ、驚いたのか、手に持っていたつるぎを落としかける。

炭鉱のような場所だった。

「…知りません。"人"探しをしているんですか?」

鬼は少し目を見開いた。

少し間があり、答える。

「ええ。妹なの。弟もいるんだけど…出会えてなくて。」

「…そうですか。変わっていると思うので、出会えないと思いますよ。」

「…え?」

最後の声は小さく、あまり聞き取れなかった。

「…いえ、何でもありません。本当に、知りません。」

鬼は真っ直ぐきいなを見ると、また、岩を砕き始めた。

「…ありがとう。」

小さな背中にお礼を言い、きいなは炭鉱を後にした。

鬼は振り返る。

過ぎ去っていくきいなを見つめる。

「…見つからないよ、絶対。」

後から知ったけど…ここに来た人は、何十年と過ごすか、契約を交わす事により、ここの住人になるそうだ。

例えば鬼になったり…だとか。

鬼の言葉を理解するのは、あれから暫く経った頃だ。

それから、盂蘭盆が終わる直前まで探し続け、辿り着いたのは真っ暗な道だった。

案内人によれば、黄泉路と言うらしい。

何故だか異様に気になって、夢中で黄泉路を歩いた。

すると、急に白く眩しい光が目を覆った。

目をゆっくりと開けると、そこには紫色の扉の建物が建っていた。

カフェのようなそれは、何故か泉を連想させた。

(…泉は…ここにいる…!!)

はっきりと見ていないのに、そう確信した。

急いで扉の前まで近づき...ドアノブに触れようとして、止めた。

手が下がり、ドアノブから離れる。

いざ行こうとしたら、怖かった。

何て言えば

何と声をかければ

どうしたら良いのか

色んな負の感情が沸き立ち、手が震えた。

そのまま手がかけられる事はなく、きいなはその場を後にした。

「…ごめんなさい、泉…」

頬を伝う涙に気づかないまま、暗い道を静かに歩いて、消えた。

ゴポゴポと、水中で息をする音がする。

きいなは手を差し伸べ、静かに波紋を描いた。

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