第44話

第19話:前世の記憶 ーイケニエー 後編②


「…ここで待っておけ」

鬼はそう言い、去っていく。

"生神様"が居ると言う場所の隅。

全体が薄暗く、所々行灯で照らされている。

見た所洞窟のような場所で、奥に赤い鳥居が小さく見えた。

泉は何も話さず、薄い座布団が敷かれたところに座った。

座布団があるが、岩のゴツゴツした感触はしっかりあった。

しかし、今の泉にそんな事はどうでも良く、話を聞ける状況ではなかった。

鬼に言われた事がグルグルと頭を回る。

生贄ーー

(…本当に、死んでしまうのね。)

紫色のキラキラしていた日は、絶望で光を失っていた。

(…出番が来たら私は死ぬ…)

本来、生贄とは、神への供物として生きた動物を供えること。

だが、その土地その土地で生贄は変わる事があ

る。

自分達が仰している物が供物として一番だと思うからだ。

(…ここではそれが人間だったと言うわけね。)

もう泉は、半ば諦めかけていた。

これは泉がどれだけ抵抗しようとも、意味を成さない。

い事なのだ。

何より家が悲しかったのは、父が家達を裏切った事だ。

まさか研究のために…

悪いのは悪魔。

そう、分かっているのに。

悲しまずにはいられなかった。


***


「…おい!人身御供の準備はできたか?」

ある一人の鬼が大声で声をかける。

「あぁ、できた。花嫁も準備万端だ。」

もう一人の鬼が楽しそうに答える。

花嫁

そう言われた少女は悲しそうに俯いていた。

ベールの中の茶色の目には、うっすらと光るものがあった。


***


ドンツ…ドンツ...

ゆっくりとした規則的なテンポで太鼓の音が鳴り響く。

いよいよ、人身御供が始まった。

(…太鼓の音…始まったのかしら。)

泉は顔を上げる。

松明が両側に縦一列で並んでいる。

その先には、一際突き出た崖があり、赤い鳥居がまるで目印だと言うようにそびえ立っている。

(ああやって道のように作っているという事は、あそこを歩くのかしらね。)

フッと乾いた笑いが漏れる。

私はいるかも分からない神様の元へ行く。

それはつまり、死だ。

私は死んでも...姉さんや優地だけは死んで欲しくない。

こんな世界でも、それなりに幸せに暮らして欲しい。

姉さん達が生きれるのなら..私の死に、少しでも価値があると思えるから。

「…巫女様、どうぞ神の元へ参られてください。」

側にいた鬼が丁寧な口調で泉をゆっくりと立たせ

る。

泉は、ゆっくりと歩き出した。

裸足で歩く度に痛い。

ゴツゴツとした岩の感触を感じる。

冷たい。

そうして鬼達や他の人間以外のモノが集まる中央に進む。

皆、あぐらをかいて座っている。

鳥居方を見、泉が歩くのを待っている。

泉は皆の前を歩く。

前には鳥居が小さく見えている。

そしてふと、右を見た。

言じられないものが…いた。

ここにはいないと思っていた、人。

「…姉、さん…?」

心の中で呟いたと思っていた言葉は、口に出ていた。

「…泉…」

言じられない、と言うように目を見張っている。

きいなは泉と同じ巫女装束に、ベールのようなものを頭から被っていた。

隣には一番大きな鬼がいる。

ただ、見つめあっていたのはほんの数秒で、泉はまたゆっくりと歩き出した。

(…姉さん、生きてて良かった…)

安堵と共に、気持ちを奮い立たせた。

(…私が生贄になれば…姉さんは助かるかも知れない…)

優路もどうか生きていてーー

隣に鬼がいた事が気がかりだが、命が助かることを心から願った。

一歩一歩、近づく度、自分の命が削られていく気がする。

鳥居の向こうは崖で、飛び降りる、と言う事だろう。

もう鳥居は目の前にあった。

(…姉さん…優路…)

後ろを振り向きたかった。

けれど、振り向かなかった。振り向けなかった。

…見てしまったら、戻りたくなってしまうから。

歩いていた片足が、空中に浮く。

もう一歩踏み出してしまえばーー

グイッツ

誰かが手を引っ張った。

勢いのあまり、少し痛い。

私は引っ張られ、後ろに下がる。

その反対に、引っ張った人は前へ行く。

横を通り過ぎる時、その姿が見えた。

「……!!」

「…後は宜しくね」

その人…姉は、泉に囁き、そのまま崖へ落ちていった。

…ドボンッ

少しして落ちる音が聞こえた。

泉は何も言えず、その場に座り込んだ。

水面には草履が一つ、浮かんでいた。

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