第43話

第19話:前世の記憶 ーイケニエー 後編①


「……ん、」

目が覚めた。

泉はゆっくりと起き上がる。

辺りを見渡す。

6畳ほどの和室で、人は自分くらいしかいなかった。

自分はてっきり死んだとばかり思っていたのに…。

手を見つめ、両手をグッグと握っては開く。

そして、次は頬をつねってみた。

ちゃんと、痛みがある。

今、鏡で頬を見たら、きっと赤くなっているだろう。

この状況は、どうやら夢ではないらしい。

痛覚以外にも、布団の温かさや、柔らかな感触ではっきりと分かる。

まさか、こんな部屋で生かされていたなんて。

困惑する状況を、泉は冷静に考えた。

泉以外に、人は誰もいない。

きいなや優路が一緒にいない事から、別々にこうして生かされているのだろうか。

(…無事かしら…)

手錠や足枷が付いていない事から、監禁する考えはあまりないようだ。

誘拐からの保留…と言ったところか。

それよりも、と敷布団からでる。

一緒に連れ去られたきいなや優路が心配だ。

(…変な事されてないと良いけど)

自分がこの状況だから大丈夫…と心を落ち着かせる。

成る可く最悪の事態を考えたくなかった。

まずは様子を見て考えよう。

立ち上がり、出られそうなところを探す。

すぐ見つかった。

襖。

開けようと手を伸ばしたその時ー

「…起きてるかー女」

スパンッ

襖が勢い良く声と同時に開く。

「…え」

驚いたが、最初に分かったのは人間ではないと言う事だ。

見た目は人間だが、悪魔の角や尻尾が生えている。

「起きたか。逃げるのは良した方がいいぜ?…どうせ助からないからな」

その言葉にカッとする。

「…どうせと言うことはないと思うわ。助かる方法もあるかもしれないでしょう」

割と落ち着いて言葉を発した。

「どうだかな。それよりお前、」

「…何」

一旦悪魔は言葉を切り、泉を見る。

全体をくまなく見るような、鋭い目。

「そろそろ"出番"があるから準備しといた方が良いな。多分、"手伝い係"が来るだろうが。ーーほら」

ほら

彼が言った後、すぐにその"手伝い係"が入ってきた。

顔を半分布で隠した、人。

着物を着ている。

女だ。2人。

「…お前の世話…っつーか着替えを手伝ってくれる。お前はただ立っていればいい」

じゃあな、と手を振り部屋を出て行く。

「…あ、待って…!!」

聞きたいことが、山程あるのに。

伸ばしかけた手は、襖に遮られた。


***


「お召し物をお脱ぎください。別の物に着替えます。」

1人の女が静かな口調で話す。

訝しみながらも、取り敢えず指示に従う。

(…何だか…扱いが優しい…?)

連れ去られた時よりも、慎重に扱っている気がする。

思ったよりも優しくされ、そう、思えるだけなのだろうか。

そうこう考えているうちに、いつの間にか着替えが終わっていた。

「…目を閉じてくださいませ」

言われ、反射的に目を閉じる。

何かを塗られる。

筆先の感触が肌に伝わる。

… 瞼墨だろうか。

他にも頬や唇にも丁寧に塗られ、化粧を施された。

髪も丁寧に結われた。

簪の金属の冷たさがほのかに伝わる。

服は…袴だった。

(…何で、袴…?)

不思議に思っていると、女が話しかけてくる。

「…出来上がりました。私達はこれで失礼しますが、他の方が来ますので。」

ススス、と音を立てずに消えていく。

「…あ、」

また、行ってしまった。

何か、聞けるかと思ったのに。

ストン

袴の裾を折らないように、気をつけながら座る。

(…どうしよう…”出番"って何?私は何に参加させられるの?そして…ここはどこ…?)

沢山の疑問に頭がいっぱいになる。

出番..は分からないとして、ここは...私の住んでいる所ではない気がする。

とりあえず、人間が住んでいる場所ではないと、予測した。

「…出てみなくちゃ、分からないわよね。」

ゴクリ、唾を飲み込む。

覚悟を決める。

ゆっくりと立ち上がる。

そして。

スッ……

「…あ、」

「…え、」

お互い声が重なる。

鬼の顔をした奴が目の前に立っていた。

「…おい。何をしょうとしていた?…まさか、出ていこうとしたのか?」

声は恐ろしく低く、恐ろしいほど、殺気が伝わる。

「…いいえ。そんな事しないわ。」

顔が固まるのを抑えながら、ぎこちなく笑った。

「…それで、何か用かしら。貴方も、何か伝えて帰るの?」

そう言うと、鬼は嘲笑った。

「…今までで一番肝が座った奴だ。怯えていない。」

「表に出さないようにしているだけよ。…それで、何の用かしら。」

もう一度、問う。

「…ほら、行くぞ。儀式はもうすぐなんだ。」

問いには答えず、グイッと家の手を引く。

「…!!ちょっと…!」

力が強く、部屋に出される。

少し、転びそうになる。

そのままつられて廊下を歩く。

「…問いに答えて…!どこへ行くの!儀式って…」

鬼は手を引き、歩きながら話す。

「…これから生神様の元へ向かう。お前は人身御供に出てもらう。…お前は、贄なんだよ。」

ピタッ

足が止まる。

鬼に握られた痛みが感じなくなる。

全てが真っ白に…頭が痛い。

意味が理解出来ない。

「(…私が、賛…?私…死ぬの?)」

姉さんに優地に会えないまま?

お母さんやお父さんとちゃんと話せないまま?

「…ハッ!ようやく生贄らしい顔になったな。…さすがにこれは受け止めがたいか。」

そう言い、再び鬼は歩き出す。

つられ、自然と足が動く。

頭だけは追い着いていなかった。

姉さん、私はどうしたら良いのー?

顔が浮かんだ。

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