第42話

第18話:前世の記憶 ー正体ー 前編②


「…名前は泉、泉にしましょう」

よしよしと頭を撫でる母の温もりを、微かに覚えている。

私は、1869年…明治初期に生まれた。

父と母と…2つ年の離れた姉、きいなの4人家族。

父は科学者、母は元国語教師で、現在は主婦。

姉は当時2歳だった。

「…ママ、きいなにいもうとができるってほんとう?」

きいなは目をキラキラ輝かせながら尋ねる。

「…えぇ。本当よ。無事に会えるように祈っておきましょうね」

母…鏡峰菫は優しくきいなの頭を撫でた。

それからしばらくし、私が生まれた。

泉は当時文明開化として広まった、西洋式の家。

広く、4人で暮らすには十分だった。

こうして、私は何不自由なく育ったのだった。


泉、3才。

すくすくと成長し、私が3歳の頃。

弟の優路が生まれた。

フニフニしていて脆い…柔らかな生き物を見た時、とても可愛いと幼心に思った。


13年後。

私は高校生になった。

姉は高校3年生で、弟は中学2年生。

皆大きくなり、我が家はますます賑やかになった。

「この制服、いつ見ても可愛いわよね」

これを着るのも後少しねぇと、きいなはクルクル回転しながら呟く。

「そうね。確かに可愛いけど、紫色は珍しいわ」

鏡を見ながらリボンを結ぶ。

白のワイシャツに紫色のリボン。

同じく紫色のプリーツスカートとローファー。

少し、珍しい色かもしれない。

「…きいなー?泉ー?早く支度支度なさい。遅れるわよー」

下から母の声がする。

「…お姉ちゃんも置いていくよー?」

優路の声も。

「「…はーい!」」

2人同時に返事をして下に降りた。

こんな幸せが…ずっと、ずっと続くと思っていた。

ずっと…続いて欲しいと願っていた。


***


「…今日は少し遅くなってしまったわ」

暗くなった空を見上げ、泉は呟いた。

委員会の仕事が重なり、帰る頃にはすっかり夜になっていた。

「早く帰らなくちゃ。心配させるわ」

泉は帰路を急いだ。


***


「ただいま、遅くなってごめんなさい」

すると、姉が顔を覗かせた。

「今日は委員会よね?お疲れ様」

ニコッと笑う。

いなくなったかと思うと、近づいてきた。

「…ねぇ、父さんがまだ帰ってきてないのよ。もう8時過ぎよ?」

また実験かしら、と不安げに呟いた。

「…えぇ?でも父さんはいつもこの時間には帰ってきてるのに…おかしいわね。長期の実験かしら」

父さんは科学者だけれど、基本家で作業する事が多い。

だから、あまり遅く帰る、と言う事がなかったのだけれど…。

少し、嫌な予感が走った。

けれど、それは気の所為と紛らわせた。

(…きっと、委員会で疲れているから、嫌な考えが浮かぶんだわ)

心の中で納得し、リビングへ向かう。

…この時、私がもっとこの感覚を疑っていれば。

少しは未来は変わったかもしれない。


***


結局、父さんが帰ってきたのは、10時を過ぎた頃だった。

「遅かったじゃない」

「お疲れ様、裕介さん」

「お帰りなさい」

「遅かったね、大丈夫?」

きいな、菫、泉、優路はそれぞれ声をかけ、出迎える。

皆の顔には心配の色が浮かんでいた。

「…あ、あぁ。ただいま。…聞いてくれ、実験が成功しそうなんだ!」

挨拶もすぐに、嬉しそうな顔を見せる。

ただ、疲れているのか、汗が滲み、寝不足なのか顔色がやや青く、クマができている。

「…まぁ、本当なの?」

母が驚いたように、頬に手を当てる。

「「「………。」」」

いつもの父さんと違う雰囲気で、3人は思わず黙ってしまった。

父さんは確か…人魚の研究をしていた気がする。

それが…成功しそうだと言うのか。

「…すごいわ!」

「長年の研究だったのよね?」

「…お父さんすごい!」

黙っていたのは少しで、あっという間に歓声で賑やかになった。

「…明日お祝いしましょうか」

母が嬉しそうに微笑み、感想を口々に、リビングへ向かう。

父…裕介は1人となった玄関にへたりこんだ。

「…俺は…卑怯者だ…」


その後、私達は一応祝おう、と言うことでお茶や甘味を用意した。

ちゃんとしたのは明日しようと言う話だったけれど。

やっぱりその日にしたいと言う気持ちもあり、プチお祝いをする事になった。

ワイワイと場は盛り上がり、さぁ始めよう、と言う時。

「…はーーー?いーい時に来ちまったかなぁ?」

ガラの悪い…どこかヤンキーのような口調がした。

皆、一斉に振り向く。

そこにはーー悪魔がいた。

信じられない。

呆然としている間に話は進む。

「…んじゃ、おっさん。約束通りコイツら、貰うぜ?」

そう言い、私達は宙に、何かに縛られた形で浮いていた。

きいな、私、優路の3人が。

「…どう言うことだ…!?確かに約束したが…!!なぜ娘達なんだ!?」

何やら、この悪魔と約束したようだが、私達を貰う事は聞いていない話らしい。

「…ちょっと!何か分かんないけど話してよ!私達関係ないでしょ!?」

きいなが声を上げる。

私と優路は何が起こったか理解が追いつかず、呆然としていた母は私達以上に呆然としていて、その場に座り込んでいる。

「…ピーピーピーピーうっせぇなぁ。…文句言うならおっさんに言えよ」

パチンッ

悪魔は指を鳴らすと、”私達”は消えた。

私の記憶はここまで。

父の声は聞こえなかった。

「…待ってくれ…!!…待ってくれよ…願いは…叶えなくて、良いから…お願いだ…お願いだから…」

裕介は崩れ落ちた。

3人ともがいなくなった夜。

願いは叶い、大切な物を失った夜だった。

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