第40話

第17話:鏡峰 きいな


「泉はいる?」

ドアの前で少女が尋ねる。

「…え?泉って黄泉さんの事、ですか?」

「え?」

今度は少女が疑問符を持つ。

「ほら、あの美人で綺麗で、賢くて、勉強できて…。多分運動とスポーツも!」

「どれも、似たような意味だよ」

苦笑いを浮かべるリヒト。

「ふふっ君の言う人かもね。…泉もそんな子だから。と言うか、黄泉って呼ばれてるんだ」

あだ名的な?と笑いながら納得する少女の笑い方は、黄泉と似ていた。

「あの、2人とも…自己紹介、しようか。お互いの事、知らないだろ」

「「た、確かに」」

2人、言われるまで気づかなかったようで、リヒトの言葉に納得した。

「…んっんん。僕達はここ、カフェの店員です。黄泉さんとは、いじゅれ…」

咳払いをし、話すが噛んでいる。

「そこまでは聞いてないよ」

月の私的事をリヒトが静止する。

「うーんと、私はきいな。鏡峰きいなよ。私は…なんて言ったら良いかな?囚われてるの、ここに」

「…へ?」


***


(…なんで、こんな事になったのかしら)

額に手を置き、考える。

さっきからずっと考えていたことだ。

黄泉の寝室。の、机。その椅子に座っている。

窓際の机と椅子、ベッドに箪笥。

自分で言うのもなんだが、殺風景だ。

別に、欲しい物などなかったから、ないだけだ。

自分の過去、昔の事はなるべく考えないようにしてきた。

ないものとして扱い、頭の片隅に置いてきたーーはずだった。

だがそれは、"やったつもり"であり、実際は出来ていなかったのかもしれない。

今が不満なわけじゃない。

むしろ、1番特別な時間を過ごさせて貰っている。

口は悪いが、何かと大事な時は勘が良く、助けてくれる陽。

いつも気が弱く、泣き虫だがこんな私の言う事をしっかり聞いてくれる月。

あと、最近入ってきた、しっかり者で何事もそつなくこなしてくれるリヒト。

こんな良い部下(店員)に囲まれて、何も無いはずだったのに。

「…なんで、今更…っ」

会いに来たの…?

分からない。ポタポタ涙が落ちる。

足を折り曲げ、膝に顔を埋めた。

膝と顔の間に添えられた手に、涙がとどめなく溢れ、落ちる。

しばらく止まりそうにない。

「話なら、会いに来ないでよ…」

暗闇。

一切光の入らない空間で、黄泉の流した涙がキラリと光った。


***


カフェの一階。

きいなが話を続ける。

「気になるだろうけど、この話は泉が来てから!…簡単に出来る話じゃないから…」

ニコッと笑い、話を止める。

「…それよりさ、君。…月君か。泉に"気"があるでしょ」

ニマァと不敵に笑う。

イタズラっ気のある子だ。

「えっ!えっ?そっそんなそんな!」

「え〜?あるでしょ?」

「…なるです」

ないとあるが混じっている。

「え?何それ。好きになりたいの?」

きいなが訳の分からないと言う顔をする。

「なんて話してるんだ」

最早、ここにいる状況が微妙に気まずいとさえ感じるリヒト。

恋バナ?のような話に花を咲かせていると。

「…姉さん?」

きいなより声が少し高く、リヒトや月が絶対出せない声。

可愛らしいが、凛とした少女の声。

そして、今1階にいなかったはずのーー

「…泉!」

確信を持ったきいなの声で、ハッと我に返る泉。

黄泉とは反対に、嬉しそうな笑みを浮かべる。

「久しぶりね、泉」

「……。」

階段の手すりに左手をかけ、信じられない、と言う顔で見つめている。

「ほら、今日盂蘭盆でしょ?だから、来れたの」

「…あ、そ、そうなの…」

淡白と言うより、戸惑いが残る反応だった。

「…そう言えば2人の関…て、え!?」

「黄泉さん!?」

「……ッ」

リヒトが質問しようとした時、黄泉の頬に一筋の涙が伝った。

「…あっごっごめんなさい。泣く、つもりはなかったの」

そう言いながらも次々と溢れる涙を、人差し指で拭う。

そんな泉の肩をそっときいなは支える。

「…今日、現世に仕事に行ったら父さんに会って、冷静になろうと思って考えてたら、姉さんに会うし。…もう、訳分からない」

「え…父さんに会ったの?」

信じられない、と言う面持ちで黄泉を見つめる。

「きいなさんも知らないんですか?」

月が尋ねる。

きいなの反応だと、知らない気がする。

緊張した面持ちで、きいなは口を開く。

「えぇ。だって、父さんは…既に死んでる筈だもの」

信じ難い話を呟いた。

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