第39話

プロローグ


「たっだいま〜〜」

陽がドアを開ける。

カランカランと鈴の音が響く。

ただ、その声はどこか暗い。

何時もの元気さは少し、なかった。

「…!あ、お帰り!」

外の騒動を知らないリヒトは明るく出迎える。

黄泉と月もその後に続いて入ってくる。

黄泉は顔色が悪く、月はそれを心配するように。

「黄泉さん、月もお帰りなさい」

「…あ、あぁ。ただいま、リヒト。…店はどうだった?」

答えられそうにない黄泉に変わって、月が店について尋ねる。

「あはは!黄泉さんしか、あの特別料理が作られないので、店は閉めてて…。…あ、でも1人、死神さんが来ましたよ?…これを、黄泉さんに渡せって」

そう言って、紙束を渡す。

が、黄泉は受け取ろうとしない。

受け取る気力がなさそうだ。

代わりに、月が受け取る。

「…これ、今日の死者数か。このカフェに来た人の」

「あぁ、そうそう」

リヒトが頷く。

「『代理で仕事を行ったから追加の給料請求するぞ、この半人前。』って言いながら、判子ぽんぽん押してしました。…俺はその手伝いを」

あとこの老人を軽々しくこき使いおって半人前、とも言っていたとリヒトは苦笑いを浮かべた。

リヒトの言う代理は、多分中級死神だろう。

黄泉の前に此処を請け負っていた人。

ご老人で、止めてしまったが。

あと、半人前と言うのは黄泉の事だ。

中級死神から見れば、黄泉はまだ子供。

新人に近いのだろう。

口は悪いが、ちゃんと仕事のできる人だと、黄泉は言っていた。

「…ごめんなさい、リヒト。いない間ありがとう。…ただ、今日は休ませて欲しいの。申し訳ないのだけど」

少し、考える時間が欲しくて、と黄泉が力なく言う。

「はっはい。俺は別に良いですけど。」

本来、黄泉達は客がいない時は休む、と言う不定期式だ。

今のように、いない時は休んでもいい。

「ありがとう…。陽と月も、ごめんなさい。貴方達も休んでて」

そう言うと、黄泉は2階へ上がって行った。

「はい…」

「……。」

陽は何か考え込んでいるらしく、返事がない。

でも、聞こえてはいるだろう。

シーーン、と部屋が更に静かになる。

「…なぁ、黄泉さんに何が?」

「それが…」

時は数十分前に遡る。


***


「おっお父さん!?」

月と陽は、驚愕する。

「そうだ。私は泉の父、鏡峰祐介だ。仕事は…そうだな。研究者をしている」

「けっ研究者…」

「私が何をしているかはどうでも良い。君達が何者かもどうでもいい。…アイツの仲間じゃないんだろう?」

「…な、仲間…?」「そんな事知らねーよ」

突然の意図の分からない質問に、月達は困惑する。

「なら良い。兎に角、泉と話させてくれ」

だが、嘘をついてないと分かり、納得したのか、男は話を続ける。

若干、焦りを含んだ声で話す。

「だーかーらー。泉なんてヤツ、いねぇっつってんだろ」

「コイツは黄泉路、黄泉なんだよ」

黄泉の目が開く。

「…黄泉…?…私と、離れている間にそんな…」

男ーー祐介は絶句し、膝から崩れ落ちた。

「じゃあお前、話したい事を勝手に話しとけ。話したら、俺は帰る」

陽はとうとうしびれを切らして1つ、提案する。

これ以上はもう聞かない、と言うように。

「…分かった。この際話せれば何でもいいさ」

陽の提案に、少し投げやりに納得する。

「…と言っても、話したい事は沢山ある。だから…、また、またここに来てくれ。…そこで、話をしよう」

そう言って黄泉の目を見る。

黄泉の顔は青ざめており、今には泣きそうな顔をしている。

状況が掴めていないのだろうか。

「…分かったわ」

力なく黄泉が頷く。

ただ、これは早くこの時間を終わらせるための口実…一言に聞こえた。

「んじゃ、帰っぞ」

陽が黄泉の手を引き、Uターンして歩いていく。

月が陽を恨めしそうに見る。

後ろ姿を見ながら、祐介はポツリと呟いた。

風が吹き、白衣や髪が乱れる。

言葉がかき消される。

「じゃあ、また…」


***


「そんな事が…」

リヒトが絶句する。

カップを受け皿に置く。

カチャンと陶器の音が響く。

さっき、リヒトがいれたものだ。

中身は珈琲。

陽は「疲れた。寝る」と言って2階へ上がってしまった。

なので、今1階にいるのは、月とリヒトだけだ。

話す事も話し、静かになる。

ただ、今お互いに静寂な方が良かった。

ゴク。トプン。カチャカチャ。

飲む。

砂糖を入れ、混ぜる。

その音だけが店内に響く。

だから、鈴の音が良く響いた。

カランカラン。カチャリ。

人が入ってくる音。

「あっすみません、今日は…」

月が客に断りを入れようとし、固まる。

目の前の人物が口を開く。


「泉はいる?」

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