第38話

第16話:蘇りの時計 後編


「…もう、ぜっっったい陽と現世なんか行かない!」

涙目になりながら宣言する月。

「そんなに楽しかったのかよ?」

からかい気味に聞く陽。

「楽しくなかったから行きたくないんだけど?」

ジトッと陽を睨みつける。

「…?何がそんなに不満なんだよ」

めんどくさそうに尋ねる陽。

「陽が!イタズラを!するから!」

「後が大変だったんだよ!!」

大きな声で不満をぶちまけた月は、なれぬ大声で、ハァハァと息を吐いている。

「そんな大声だすなよ…」

「…ハァ…陽のせいなんだけどね」

あの後…国子を助ける中、時が再生したため、当然人々も動き出す。

そして、陽がイタズラをした人達は悲鳴をあげることになった。

「…!?なっなんだこれぇぇぇ!?」

「みっ見ないで〜!」

「キャーー!!変態!!瑠美ちゃん、見ちゃだめ!」

…まぁ、何があったのかは色々省くが、兎に角色々あった。

あの後、馬鹿笑いする陽の頭を叩いてから、土下座(陽も無理矢理)した。

だが、やった所は証拠不十分として、警察に3時間尋問、黄泉に4時間叱られ、クッタクタだったわけだ。

そして、1番腹が立つのが、張本人の陽ではなく、月が疲労している事である。

「…おい、アイス溶けるぞ」

「……うわっ!」

陽の言う通り、月が手に持ってる抹茶アイスが溶けて、コーンに垂れていた。

陽が食べたいと言っていたアイスは、最早月のご機嫌取りになっていた。

「ふふっ月があんなに怒ったのは初めてかもね」

「うぅ…すみません…」

黄泉に言われ、顔を赤くし、一気に萎む月。

「でも、たまには怒る事も大切よ?あまり負担をかけちゃ、体に悪いわ」

「そっそうですよねっ!悪いですよね!」

黄泉は月の扱いが上手かった。

「ハッ!都合のいいヤツだな」

陽が鼻で笑う。

「…陽?貴方は反省が必要よ?今回の件もそうだけど、何時もの事も!陽はイタズラが過ぎるわ」

「うるせぇなぁ。…でもその言葉、褒め言葉になるぜ?」

一応悪魔の血が入ってるからな、と陽は笑う。

「………。」

黄泉が無言の圧をかける。

「わぁーったよ。悪い、悪かったって」

今度は焦り顔を浮かべる。

「…閻魔様は一応、状況は把握してると思うけど、報告はしておきました」

話が落ち着いたところで、小さな声で月が黄泉に話す。

黄泉の顔が曇る。足が止まった。

「…分かったわ。ありがとう。…早く、帰りましょうか」

力なく笑って、黄泉は再び歩き出した。


***


冥界の中央。閻魔殿堂。

その一室に、2人の人が話している。

1人は"社長椅子"つまり、高級感のある椅子に足を組み、優雅に座っていた。

もう1人は、椅子に座る人の前に立っていた。

「…黄泉は予定通り、仕事を遂行してるだろうか」

1人ーー閻魔大王は呟く。

「えぇ、予定通り、行っております。…仕事は」

と意味ありげにもう1人ーー上級死神は伝える。

「…ほう?」

詳しく教えろ、と閻魔は言う。

ギラリ、と炎のような赤い目が光る。

「つい先程、黒魔の者から報告を受けたのですが、どうやら現世で事故があったようで。…そこで例の"アレ"を使ったようです。」

「なっあれを…!?高価な物なのだぞ…。全く困った者だ」

驚いたように話すが、閻魔は全てを見通している。

黄泉を"監視"してる事も1つだ。

アレとは、蘇りの時計の事である。

世界に1つしかなく、特別な時しか使わない。

なぜそんな物を黄泉が持っているのかと言うと、簡単に言うと現世に行くからである。

現世で何かあって戻れなくならないように、持たせるのだ。

ただ、誰にでも、という訳ではなく、階級の低い者は持てない。

閻魔が許可した者だけ、持てるのである。

「…沢良木国子。その方に使ったようです。途中事故に出くわしたため、対価の交渉をし、使ったようです。責任と来世の人生を」

閻魔の目が大きく開く。

「…ハハッ!大きくでたな、黄泉」

「そうですね」

機械的に死神が頷く。

「"あの時"が許されたわけではないのだぞ、黄泉。ーー今に見てろ。もうすぐ来るぞ、…盂蘭盆が」

今に見てろ。復讐の意味ではなく、現状を言う。

盂蘭盆ーー亡者や、ご先祖様が浄土から現世に戻ってくる期間の事。

主に、8月13〜14日に行われる。

閻魔は手を組み、少し首を左に傾ける。

そして、一言。

「今から楽しみだ」


***


「待ってくれ!!!」

ある都市の大通り。

黄泉達は帰るため、人通りのない場所へ向かっているところだった。

何故、人通りのない場所かと言うと、黄泉の力…人ならざる力を使って帰るからだ。

黄泉達に迎えは無い。

だからこそ、今呼び止められた事に三人は驚いた。

「…へ?」

「…んだよ、めんどくせぇ」

「…何かし…!!」

振り向いた三人。

その中で1人、黄泉は動揺した。

目が見開き、冷や汗が垂れている。

目の前の人物は、おじさんと呼べるような年代だった。

白髪を混じりの黒髪。

目尻に少しシワがある黒い目には、丸い形の銀色の眼鏡をかけていた。

服は至ってシンプルで、白のワイシャツに茶色のズボン。

黄ばみやシワが残っている。

失礼だが、一人暮らしなのだろうか。

普通の人と少し違うのは、白衣を着ている事だ。

医者か何かだろうか。

「…?黄泉さん、この人知っているんですか?」

純粋に聞いた月の質問に、ビクッと肩を震わせる黄泉。

「えっ…あっ……」

「……。」

思ったより動揺している。

何時もの冷静さを欠いている。

「…チッ。おい、黄泉帰ろうぜ。…そこのおっさん、わりぃけどまともに話せそーにねぇから帰るな?」

めんどくせぇなぁ、言いながらグイッと黄泉の腕を引っ張る陽。

こう言う時口は悪いが、察する事のできる陽だ。

「…!まっ待ってくれ!!せっせめて、もう少し、もう少し"泉"と話させてくれ!」

帰ろうとする陽に懇願する男。

「…?何言ってるだぁ?ここに泉なんでヤツ、いねぇよ。人違いじゃねぇか?」

「…そっそんな…」

その言葉に男は絶望する。

「…いや、違う。本当に泉なんだ。私なら、分かる」

「はぁー、何を根拠に…」

「止めなさい、陽」

男と言い合う陽を止めたのは、月ではなく、黄泉だった。

ただ、何時ものハッキリとした静止ではなかった。

まだ残る震えを抑えるような、少し力のない静かな声だった。

「黄泉」

「黄泉さん…」

それから黄泉は、男を見た。

緊張と戸惑いが混じったような顔。

だが、目には薄らと怒気のようなものを感じる。

「…泉………。」

小さな声で黄泉に男は呟く。

数秒後。

黄泉はゆっくりと口を開いた。

「…どうして、ここにいるの」


"お父さん"


と、黄泉は言った。

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