第37話

第16話:蘇りの時計 前編


(……大体、こんな感じかしら)

ふぅっと黄泉は息を吐いた。

事故にあった女性の措置を行い、今終わったところである。

措置と言っても簡単なもので、大事なものでは無い。

一応、してみたものの、女性は虫の息だった。

もう、亡くなるのも時間の問題だと、黄泉は悟った。

(…どうしようかしら。)

このまま病院に運ばれ、"残念ですが、間に合いませんでした"と言われるか、奇跡的に命助かるか。

(私達でも、助ける方法はあるのだけど)

そう考えた時、黄泉はポッケの中の感覚を今一度、感じた。

そこにある物が彼女を助ける鍵となるのだが、それを使うには代償が伴う。

「彼女の意思が聞きたいわ…」

「…黄泉さん?」

黄泉の一言に、不思議そうに月が聞く。

「…真逆アレ、使うんじゃねーだろーな?」

陽が睨むような視線を黄泉に向ける。

「その真逆、って言ったらどうするかしら?」

陽、感がいいわと黄泉は思った。

こう言う時、月より陽の方が感が良かったりする。

適当人間と侮っていてはいけない。

「……ない。死にたく、な…い」

聞こえるか聞こえないくらいの声で、声が聞こえた。

声の主は、被害にあった女性だ。

「……。」

「…話した…息…」

無言の黄泉と、息があることに安堵する月。

「…はー。ほんっとにめんどくせー奴ら。…やるなら責任持ってやれよ?」

「分かっているわ」

コクリ、と頷いた。

別に助ける理由はない。

それが彼女の運命だったのだと、受け入れればいい。

だが…

(私が偶然今日、現世に来た事も、運命なら…)

きっと、彼女を救って良い理由になるはずだ。

しっかりと女性を見る。

「私が私の方法で、貴方を助ける」


***


「under world ・ diffrent space」

つまり、冥界の異空間。

そこは時が止まっている。

暗闇でもなく、ただただ無限の空間が広がった世界だ。

そこにいる限り、死にも生きもしない。

完全に"無"の空間。

黄泉は、ひとまずそこへ連れてきた。

一つ、変わったことは彼女の意識が戻り、話せる状態に戻ったことだ。

「……?…!!ここは…」

目を開き、しばらくぼんやりとした後、女性は驚きの声をあげた。

「ここは、何の物でもあって何の物でもない所よ」

そんな女性に、黄泉は優しく語りかける。

「…?」

「…つまりね、貴方は今、止まった時の中にいるの。ここにいる限り、貴方は死なないわ」

「…逆を言えば、生きもしないと言う事…ですか」

女性は今が緊迫とした状況と理解したのか、または頭が冷静になってきたのか、落ち着いた様子で呟く。

「そうね、逆もまた然り…私はただ、貴方の"死ぬはずだったこれからの時間"…その前に止めただけ。私が進めれば、貴方は教えもしないうちに死ぬでしょう」

「…私、そんなに瀕死だったんですか」

「えぇ、措置しても余り意味が無い程に。…でも、1%の奇跡と人助けにできるだけの事はしたわ」

「…ありがとうございます」

女性は深々と頭を下げた。

「お礼はまだ良いのよ。こちらもまだ、貴方を完全に助けられていない。無事終わるまでは、礼を言ってもらっては困るわ。…国子さん」

黄泉は微笑んだ。


大人びている、と私…沢良木国子は思った。

目の前の少女、黄泉さん(先ほど、名前を教えてくれた)は、明らかに私よりも年下だろうに、話し方だろうか、何処か食えないような、ミステリアスな、独特な印象を持っていた。

何故か名前は知っているし、私の事は言わなくても知っていそうだ。

沢良木国子。

24歳、独身。仕事、デザイナー。

デザイナーの仕事は、最近ようやく、念願叶ってなれた。

昔からの夢だった。

最初は自分に才がないと諦めていた。

しかし、どうしても諦められず、頭の中は寝ても醒めてもデザインで頭がいっぱいだった。

だから、片っ端からデザインを見てくれる会社に売り込み、個人でも様々な活動をした。

それから、ある企業でデザインが見込まれ、そこで働くようになってから、私の人生は軌道に乗り始めた。

最近、デザイン賞を受賞し、多くの方から賞賛の声を頂いた。

そして今現在、念願のデザイナーとして、小さいながら働く事ができている。

本当に感謝だ。

なので、努力と言う努力はしてきたつもりだ。

だからこそ、ここで死ぬ事が許せなかった。

人は最悪の窮地に陥った時、走馬灯を見ること言うが、本当のようだ。

これまでの事…主にデザインとの葛藤の日々が次々と、ありありと思い浮かんだ。

本当に、死ぬかと思った。

私は今、天秤にかけられていると思う。

この少女に賭けるか、賭けないか。

今ある不思議な状況を考えると賭けてみるのもありだと思うが、どうにも信じ難い気持ちがあった。

なので、彼女が私を助けようとする理由を聞こう。

それでどうするか、決めよう。

「…どうして、見ず知らずの私を助けようとしてくれるんですか?」

突然の問いに、黄泉さんは少し驚いた表情をしたが、躊躇うことなく、はっきりと口にした。

「…それはね、ーーーー。」

黄泉さんは耳元で一言、言った。

私は驚きで固まる。

その時、希望の光が灯った。

…もし、少女が助けてくれるなら。

それで助かるのなら。

私は何を代償にしても私の人生を守り抜く。

「…それで、助ける方法だけど」

黄泉の声で、ハッと自分の回想から意識を現実にシフトする。

「はい…」

「ここから出たら、貴方は死ぬわ。それは説明したから、分かるでしょう。問題は、ここからなの。…これを使うのだけど」

説明しながら、黄泉さんが紫色のスカートのポッケの中から、何かを取り出す。

黄泉が手に持ったのは、時計だった。

「…懐中時計?」

"不思議の国のアリス"を子供の頃に読んだ事がある。

その話の中に、兎が時計を持って走るシーンがあり、その時に出てくる時計のようだった。

物語から抜き取られたそれは、きれいな金の色をしていた。

丸いフォルムに、時計の文字盤は黒色のローマ数字で、時計全体と同じ色のチェーンが付けられていた。

懐かしいそれは、その印象とは裏腹に年期が感じられた。

もう何十年、何百年と使われてきたように。

「えぇ。この時計こそ、貴方を助ける方法、物になる。…蘇りの時計と言うわ」

「蘇り…」

つまり、生き返ると言う事。

この時計で。

「この時計は、蘇らせたい者の前で、戻りたい時間まで針を動かすと、そこまで戻る事ができるわ。逆再生のように…何事も無かったかのように、その時、過去に戻れる」

だけど、と話を続ける。

「便利道具は便利な部分だけじゃないのよ。それなりの代償もあるわ。…例えば寿命とか、大切な記憶とか」

「……!!」

「対価は人それぞれだけど、"死ぬはずだった人間"を生き返らせると言うことは、それだけ大きな事なの。生半可な気持ちじゃ、助ける事はできない」

「……。」

優しい少女の声。

しかし、凛とした真のある声で、ハッキリと国子に伝えた。

後は、自分で決断しなければならない。

チッ、チッ、チッ、と時計の針が動く音だけが聞こえる。

「…お願いします」

全ての決意を込めて告げた。

「…分かったわ。……それでは、」

対価を、と黄泉は言った。


***


「おっせぇなぁ」

「…大丈夫かな。一応、リヒトにも説明しておいたけど」

近くで事故あって長引く、と言う事だけだが。

「ったく。こっちは時止まったからって暇、だっつーの」

ガンッと陽は近くにあったゴミ箱を軽く蹴る。

「うーん、まぁ、止まってるの、僕達以外だもんね…」

月はそんな事より、陽が粗相を起こさないかどうかの方が、気になっていた。

陽といるだけで不安しか思いつかないのもアレだが、実際そうなので何も言えない。

と言うか、言えなくなった。

そして、なぜ動いていないはずの時の中で、陽と月が動けているかと言うと、

単刀直入に言うと人間ではないからだ。

冥界の住人はこう言うダメージを受けにくい。

むしろ、ダメージが受けないように魔法から除外した、と言うのが今回の例えは良いかもしれない。

「…あ!止まってるコイツらにイタズラして暇潰そーぜ?名案だな!」

月の悪い予感、当たる。

早速、近くにいた野次馬の一人に近づこうとしている。

それを月が全力で止める。

「陽!?止めて!!あ、コラ!脱がさないの!あぁー…!」

月の叫び声が止まった時に木霊した。


***


「…これで良いのね?」

黄泉は今一度、確認する。

「はい」

国子のだした対価…それは、もしこの事が上にバレたら国子が死んだ時責任を持つ事、来世は生まれ変わらない事。

それだけだ。

前半は国子自ら言った事だった。

そして、後半は黄泉が提案したものだった。


「貴方はまだ若いから余生がたくさんあるわね。その分を含めて生き返らせるとなると、相当な対価を支払うことになるわ」

どうしようかしら、と口元に手を当て、真剣に考えている。

「…どのくらい、でしょうか?」

「…数値で余り考えられないのだけど、そうね、来世の人生半分分くらいは必要になるかしら」

「らっ来世?」

あまりのスケールの大きさに、思わず声がひっくり返りそうになる。

「えぇ、どの人間もいずれ生まれ変わるわ。輪廻転生はご存知かしら?長年の月日をかけて、地獄に落ちた者も生まれ変わる。現世の行いが良かった者ほど、早めに生まれ変われるわ」

だから、と黄泉。

「貴方は来世分を使うほど、生き返ったら過ごす時間が長いの。…あ、それなら、貴方の来世を使う事を対価に生き返りましょうか」

「……へ?」

「そうね。それが1番分かりやすいわ。それにちょうどいい。他の対価で補うとしたら、貴方が思っているよりずっと、多い量を払う事になると思うの。もしかしたら、脅しではないけれど記憶にも干渉するかもしれない。」

真剣な目で国子を見る。

脅しでも、ふざけでもないことが伝わる。

「貴方は、デザイナーとして、生まれ変わりたいと願った…私はそれを尊重したいの。現世に関わる対価を支払うより、こちらの方が貴方の意思を優先できると思って…どうかしら?」

残酷な選択だ。

どちらにしろ、自分は後から後悔する事になる。

生きたいと思っていて、我儘のようだがそう、思ってしまう。

しかし…自分で思ったよりも、自分の意思は強かったらしい。

ーーー答えはすぐに出た。

「勿論、生き返るならなんだって…、します」

ハッキリ、そう言った。

黄泉は、驚いていた。

自分の提案した事がすぐに答えられた事なのか、自分でも、答えを出す事が怖かったのか…何にせよ、変わりない。

数秒後、彼女は微笑んだ。

桜色の唇が歯を見せず、きれいに弧を描いた。

「…そう来なくちゃね!せっかく、生き返られるんだもの」

フフッと少し楽しそうに、スッキリとしたように笑った。

「…あはっ!確かに、そうですね」

彼女の様子に私も思わず、笑った。

こんな不思議な事が起こっているにも拘わらず、平然と笑っていられる自分に驚くが、今はもう一度、光を見れる希望を背に、早く声を出したかった。


「Lift(解除)…!!」

黄泉がそう呟いた瞬間、白い眩い光が辺りを眩ました。

ハッと気がつくと、もうそこには元の世界だった。

「……ッ!!」

ズキッと強烈な痛みが走る。

当たり前だ。

この世界では、自分は事故に遭っていたのだから。

「…黄泉さん!」

「おせーよ、馬鹿」

黄泉さんと一緒にいた少年二人が、真逆な反応をして迎えた。

また、意識が遠のきそうになる。

視界も白く霞む。

瀕死状態なのだから当たり前だろうか。

「早くしましょう」

黄泉はそう言うと、時計を取り出す。

ジャラッと時計の本体にチェーンが当たり、ぶつかる音がする。

黄泉は国子の前に屈み、チェーンを持ち、国子のお腹辺りに時計をぶら下げる。

「…国子さんの亡くなる、15分前まで」

文字盤がクルクルと回りだし、15分で止まる。

時計の上部分の突起のような部分を押す。

カチリ、と音がし、時計が不気味に輝いた。

白く、金色の様な光が輝く。

黄泉の髪が、ローブが、スカートが、舞う。

黄泉は国子を見た。

「…次の現世でも努力を失わずに」

さようなら、国子さん、と薄く微笑んで別れを告げた。

(…あぁ、戻れるのね…)

ありがとう、黄泉さん。

そして、一緒にいた少年二人とも。

国子は感謝した。

眩い光とともに、15分前の時へ戻っていく…。


***


「…今、世界を中心とする、若手のトップデザイナー、沢良木国子さんにお話をお聞きました!」

「いや〜!もう、凄いですよね」

リポーター二人が一人のデザイナーのインタビューをしている。

「最近デザイン賞20XXを受賞されたとか!」

「デザイン賞!これまたすごい!」

「一つ、お話を伺っても?」

「はい」

「では、ここまで来れたのには何があってこそですか?」

リポーターの一人が国子にマイクを向ける。

国子は一息置く。

言葉を皆が待っている。

国子はゆっくりと口を開いた。

「…私、昔一度事故に遭ったんです。その時、一人の少女ーーいえ、二人の少年にも助けていただいて。…あれがなかったら、私は死んでいたんです」

だから、と言い、テレビのカメラをまっすぐ見つめる。

「今の私はいなかったかもしれない」

胸に手を当て、目を閉じる。あの時、不思議な空間で言われた言葉を思い出す。

『…なんで見ず知らずの私を助けようとするんですか?』

『…それはね、貴方が何かを変えてくれる人間だと…そう思ったからよ』

言葉を思い出し、自然と笑みがこぼれる。

「…本当に、ありがとうございます」

座ったまま、深々と国子は頭を下げた。

「…すてきなエピソードで!」

「…あ、ありがとうございました〜」

国子のいきなりのお礼と、質問と少しズレた回答に呆気に取られている。

そんな雰囲気を飛ばすように、リポーターが別の質問をする。

「受賞された服は何をイメージして作られましたか?」

「あ、これはですね…」

彼女が生き返った数年後。

こんな未来もあるかもしれない。

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