第36話
第15話:出張 後編2
時は数時間前に遡る。
***
「みんな、おっはよーう!あ、こんばんわかなぁ?ヤッホー!元気ぃ?」
大体こんな内容を一気に捲し立て、バーンッと勢いよくドアを開けたのはーー…
「…ゲェ。魔羅じゃねーか」
「まっ魔羅…ひっ久しぶり…」
魔羅の明るさと対照的に、暗いトーンの声と、引きつった笑みを浮かべた月と陽。
「あれ、元気ないね。せっかくみんなの魔羅ちゃんが来たのに!」
本当に不思議そうに小首を傾げる。
「何が皆の魔羅だよ、誰の物でもねーよ」
「あれ?プロポーズ?」
「ちげぇ!!」
陽が叫ぶ。
魔羅、と言う少女はいたって普通の女の子な感じだ。
タメ口から同い年、または年嵩が近いと推測できる、(ちなみに陽と月は17歳くらいの見た目である)とリヒトは思う。
普通に見えるのは魔羅の見た目と、服装かもしれない。
茶色でウェーブのかかった長い髪に、落ち着いたピンク色のぱっちりとした目。
ここだけ言えば"普通"なのだが、陽達と同じく黒い角と尻尾が生えていた。
そして服装。ーーは、いたって普通。
白いブラウスに黒色のオーバーオール。
それとグレーの靴下に白の靴を履いていた。
ーーおしゃれだ。
肩甲骨辺りまである髪はふんわりとした三つ編みでまとめており、彼女の明るい雰囲気にあっていた。
「ねぇ、魔羅。なんでここに?」
魔羅、悪魔でしょ、と唐突に月が尋ねる。
「…あの、この方は?」
流れで、リヒトも疑問を口にする。
「えーちょっと〜一気に質問しないでよー」
魔羅はぷうっと頬を膨らませる。
「えーとね、そこの真面目君!あのねぇ、私は魔羅て言って、超天才悪魔なんだ!」
ふふんと腰に手を当て、自慢気に話す。
片方の手は、リヒトを指さしていた。
「超洋服馬鹿の悪魔だろ」
横から陽が口を挟む。
「え!ひっっど!確かに洋服は好きだけど!馬鹿はないでしょ、馬鹿は!」
私、学年1位だったのに〜と魔羅は半目で睨む。
「馬鹿もいるだろ」
「陽が言えることじゃないのにー!万年50位だったくせに!ばーかばーか!」
「なんっで知ってんだ、クソ野郎!」
むむー!と両者、顔を近づけ睨み合う。
「ほんとに!もう!相っ変わらずひっどいなぁ、陽は」
「そりゃどうも」
「褒めてないっ!」
「え…ちょっと、あの…」
リヒトはタジタジとする。
魔羅とか言う人は、ここに用事があって来たはずなのに、陽と仲良さそうに(リヒトにはそう見える)話しているからだ。
あと、魔羅の明るい気迫に押されたからかもしれない。
止めないと、と思って月を見ると、月は「陽キャだ〜」(棒読み)と言わんばかりの顔をしており、顔は青ざめ、遠い目をしていた。
これは、もう役に立たない。
喧嘩が終わるまで待つ、という手もある。
でも、いつまでもこうしてもらってはいけないので、リヒトは大きく息を吸う。
「…あの!用事があるなら!早めに!言って!ください!」
一言一言区切り、いつもより大きめの声で言う。
その声にびっくりして手が止まる二人。
月にいたっては、びっくりして「ピギャッ」と謎の声を発していた。
「…あ、ごめんごめん!忘れるところだったよ〜。今日ここの主人が外出るんでしょ?…かわいそ」
最後、ボソッと言った部分で一瞬、真顔になった。
終始笑顔だったため、真顔がより怖く感じた。
ここ、冥界は何かしら皆暗い過去があるのか?とリヒトは思った。
まぁ、自分もそうなのだが。
「あ、魔羅。今はあの爺さんじゃないぜ?」
「え!?そーなの?代わったんだ。…まぁおじいちゃんだったし」
それにいつもここは人手不足だしね、と笑った。
「…あ!忘れないうちに〜!」
パンっと両手を合わせて叩き、魔羅が言う。
本当にコロコロ表情が変わる子だ。
ゴソゴソッと魔羅が白いトートバッグを漁る。
出てきたのは、黒い箱だった。
長方形の縦長で、メガネケースのような見た目。(それよりは少し大きい)
それをわざわざ陽の後ろにいる月に手渡した。
「なんでわざわざ月に渡すんだよ」
「だって陽、ガサツだもーん」
「はぁ!?」
また、陽と魔羅の喧嘩が始まりそうになる。
「まっまぁまぁ。…それより、これは…?」
「あーこれはね…」
リヒトの質問に、月が答えようとした時…
「おーい!魔羅!!いつまで待たせる気だよ」
突如、イライラした声が降ってきた。
「…黒羽!!」
説明を遮った声の主が現れた。
額の真ん中で割れた前髪、バラバラに切りそろえられた黒い髪は、後ろの方に伸ばして金色の筒状の髪留めで留めている。
目も切れ長で、同じく黒色。
服は黒色のスーツにネクタイだ。
この人は、全身黒色である。
ただ、その雰囲気に合わず、大量の紙袋を両手に抱えていた。
どれも、洋服の袋だった。
「ッたく。仕事で来たくせに予想通り、話し込んで。……この服、捨てるぞ」
「えぇ!?ちょっと待ってよ!」
魔羅が血相を変えて止めに入る。
「別にいいだろ!同じのばっかだし」
「違うの!色違いなの!」
そう言いながら、帰ろうとする黒羽の方へ走っていく。
あっという間に二人の姿が消えた。
一気に騒がしさが消え、嵐の前の静けさのようになった。
「…あの、魔羅さんとはどう言うご関係で…?」
「アイツにさん付けしねーで良いって」
「あぁー…あの人はただの同級生だよ」
高校の、と月が遠い目をしながら、苦笑いを浮かべる。
「大体、いきなり編入試験して高校入って、特待生。今じゃ、悪魔界のエリート。…洋服の変人の癖に」
嫌味ではなく、呆れたような口調で陽が話す。
彼女は今、ひと握りしかなれない、エリートチームに属して、悪魔界の治安を守ったり、人間に定期的にイタズラをしたりする仕事をしているらしい。
どうやら、才能溢れた少女のようだ。
陽は決してそのようなことは言わなかったが。
「てことは、高校からの友達って事…」
「友達じゃねぇ。あんなクソうぜぇのが友達でたまるか」
ケッと悪態をつく。
「…?高校の同級生って言い方ってことは、二人はもう二十歳なのか?」
リヒトはもう一つの疑問に気づく。
「てっきり、まだ高校生くらいかと」
「あはは、やっぱりその話になるよね。うん、僕達はとっくに卒業してるよ。…もう数えるのが面倒くさくて、実の年齢は知らないけど」
「そうなのか…」
悪魔達は寿命が長い。
だからこそ、年齢はあまり気にならないのだろう。
後、二十歳くらいの歳は悪魔にとって、人間の小学生くらいの年齢らしいので、見た目はそう変わらないらしい。
リヒトは、仲良さそうな陽と魔羅の姿を思い浮かべた。
年齢はともかく、大人になっても仲良しなのは、それはすごい事だ。
「やっぱ、友達じゃない…のか?」
リヒトは、友達が分からない。
本当に心から仲良しな人は、ばあちゃん以外、いなかったから。
だからこそ、陽達が魔羅との関係を友達じゃない、と否定するのが信じられなかったのだ。
「うーん、友達かは微妙だけど。魔羅の出処って良く分かってないんだよね。…そう言えば魔羅はいつも阿修羅達といなかった?」
「あー…あの特待生組…」
上を見、思い出したかのように陽がつぶやく。
「あっで、これは…」
リヒトは、月が手に持っている箱を見る。
「あぁ、これはペンダントだよ」
月は箱をリヒトに見せる。
「人間界、冥界に行く時に必要なんだ。」
「迷子にならないようにGPS的なものか」
リヒトがなるほど、と納得する。
「うっうん。そうそう…」
月がぎこちなく頷く。
言えない。言えるわけない。
これがただのGPSとかではなく、裏切って冥界に居候するものなら、容赦なく罰を与えるものなのだと…。
世の中には何も知らないで良い事だってある。
その方が幸せなら、皆そっちを選ぶだろう。
わざわざ、修羅の道を歩く者はそうそういない。
ここに来てまだ3ヶ月程のリヒトに、そんな残酷な事を告げる必要はない、と思う月だ。
黄泉さんはこのペンダントの事を知っている。
良く知っている。
だからこそ、これを黄泉さんに持っていく事が、月は辛かった。
肩に重い鎖が繋がった様な感覚を感じながら、大きく息を吸い、ドアに背を向けた。
そして歩く。
カフェにいる、黄泉さんの元へ。
***
「…月?どうしたの?黙っちゃって」
具合でも悪い?、と心配そうに月の顔を覗き込む。
「あっいえ!少し、考えていまして」
本当、なんでもないです。と胸の前に両手を広げて頭を横に振る。
「…そう?」
黄泉はそれでも何か言いたそうだったが、数秒後には何ともなかった様に笑って、陽と話していた。
「おーい!黄泉ぃ。アイス!アイス食べようぜ。約束だろ?」
…こう言う都合の良い事は良く覚えているのが、陽だ。
「えぇ。そうね、円滑に事は進んだし、良いわよ」
「よっしゃぁぁぁ!」だっと駆け出す。
『きゃぁぁぁぁぁぁ!!』
それと同時に遠くで悲鳴が響き渡る。
一応、言っておこう。
叫んだのは陽ではない。
駆け出していた陽の足がピタリと止まる。
「……聞こえたよな?」
「えぇ…」
「うん」
どうやら、近くで事件があったらしい。
三人は急いでその場へ足を運ぶ。
そこは無惨な光景が広がっていた。
ビルやマンションがぐるりと一周眺めてもあるくらい、都会の大通り。
そこの歩道で一人の女性が、血を流して倒れていた。
「おいっ!そこのおっさん、犯人はどうした?」
「は?え、にっ逃げてったよ」
陽にいきなり声をかけられ、驚きながらも野次馬の一人が答える。
「…チッ。おい、黄泉。どうする?」
「とりあえず、応急処置をするわ」
「手伝います」
「きっ君達、医者、看護師かい?」
応急処置を始めようとする黄泉達を、心配そうな声で野次馬が話しかける。
「今、そんなのどーでもいいだろ!」
「…そんなところですっ!」
ほぼ同時に月と陽が返答し、措置を始めた黄泉の元へ駆ける。
それから、手伝いを始めた。
ハァハァ、とか細い息の音が黄泉達の耳に届いている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます