第35話
第15話:出張 後編1
バキバキと床を踏む度に音が鳴る。
床は埃、硝子、壊れたドアの破片など、たくさん落ちていた。
埃が全体的に被っており、カビ臭いのと、埃が舞うのでくしゃみを何回かした。
「想像してたけど…」
「こりゃ、ひでぇな」
月と陽が顔をしかめる。
今、ようやく奥の階段前に着いた所だ。
黄泉は「二階から嫌な予感がするわ。先に見てくるわね」と言って、さっさと二階に上がっていってしまったのである。
その時の月の不安と寂しそうな顔と言ったら。
…大体いつもの顔であった。
さて、視点を屋敷に戻そう。
家の構造は大体こんな感じだ。
ドアの前にすぐ、薪をくべて使う暖炉があり、その真上には絵画が飾られていた。
が、暖炉は煤と埃、蜘蛛の巣で汚れており、その真上には、絵画は右に傾いて、今にも落ちそうだった。
暖炉は黒の鉄格子が付いたアンティーク風の物と言う感じなので、汚れているのが勿体なかった。
そして左手は温室だった。
透明な硝子のその部屋は、やはり所々割れていた。
美しい花々や瑞々しい野菜があったであろう畑は、ただ痩せた土が残る物寂しい空間に変化していた。
続いて右手は台所とテーブルと椅子があった。
奥に台所、手前にテーブルと椅子がある。
テーブルの表面は埃が積もっているが、テーブルの脚を見るに、焦げ茶色だろう。
椅子も同じだ。
ただ、四つの内一つは壊れ、二つは埃を被っているものの、何も無いまま。
もう一つは床に無惨にも転がっていた。
これらもアンティーク風なので、ここの家は趣味が良いらしい。
そして、経済的にも余裕がある様に見えた。
家全体も古いので、苦労しそうだ。
"あっち"から来てくれた方が、むしろ早いかもしれない。
今の所何も無く、不気味な空間があるだけなので月は生きているが、もし何かが出てきたら死ぬ未来は幾つかのパターンで、月には見えていた。
「そろそろ二階も見よーぜ?黄泉が先に見てるだろ」
「…そっそうだね…」
心做しか月の顔色と声色が悪い。
元々、メンタルが人より半分以下の月は、ここに入る時点でHPを30%くらい使い果たしていた。
故に、二階まで生きているかどうかが問われても、おかしくはなかった。
「…お前、大丈夫かよ。ここの幽霊より、幽霊になってるぜ?」
「ヒッ!!」
ビクッと肩を震わせる。
「まっまだ出てないのにそんな事言わないでよ!」
陽が脅かした事で月は完全に顔を青くした。
もう、心做しかどころではなかった。
「ふーん?つまり出たら良いわけだ」
陽、気づいてはいけない事に気づく。
「出てもだめだよ!」
怯えながらもしっかりツッコミはする。
「ったく。話逸れたじゃねーか」
「逸らしたのは陽だけどね」
「…は?」
陽が睨む。
「いえっ!なんにもありません!!末代まで黙っておきます」
「お前、一生話せねーじゃねーか」
「ねぇ、それって結婚できないって言ってるよね?」
月が恨めしげに睨む。
目がガチである。怖い、怖い。
一体、誰との未来を想像してそこまで怒っているのやら。
「もう話してんじゃねーか…おい、そんな目で見るなって。こぇぇよ」
陽が引き気味に言いながら、階段を上る。
月もそれに続く。
階段はどこかの映画で見る螺旋状ーーではなく、普通の階段だった。
ただ、普通の家の階段よりは広く、カーペットのようなものが真ん中に敷かれている。
テーブルなどと同じで焦げ茶色で、階段と壁には蜘蛛の巣がちらほらと付いていた。
埃も溜まっており、踏む度に足跡が付いた。
これが雪だったら良いのにな、と月は思う。
陽は足跡が付くのが面白いらしく、下を向いて階段を上っていた。
1分もかからず、すぐに二階に着いた。
「あら、陽、月じゃない」
上から黄泉さんの声が降ってきた。
見上げると、黄泉さんがこちらを向いていた。
丁度降りようとしていた、と言う感じだ。
「よっ黄泉さん!!」
月のHPが50上がる。
「黄泉じゃねーか。…あ、さっき月が…ふがっ!?」
「…うるさい、陽」
お前が末代まで黙っとけ、と陽の口を押さえ、口封じする。
その時の顔は赤面していた。
「今、二階を全部見てきたんだけど、怪しい気配がするばかりで特に何も無かったの。だから月達の様子を見に行こうと思ってたんだけど」
ふふっ、と面白そうに笑う。
「上手く鉢合わせたわね」
「今日はどうしますか?帰ります?帰りましょう。帰ろう」
「最早、お前が帰りたいんじゃねーか」
黄泉さんと出会い、HPは上がっものの、やはりだめらしい。
「ビビりはビビりだな」
「なっ…!!」
月が反論しようとした時ーー
グワッッッッッッッ!!!
静かに、でも早く黄泉の後ろから何かが襲ってきた。
「黄泉さんっ!!」
月は両足に力を入れて飛び出す。
それとほぼ同時に黄泉が右へズレた。
月、何かの前に来、殴る。
当たった感触があり、黒い何かが左へ倒れた。
ドシャァァァ!!!
何かが当たった衝撃で壁が破壊され、土埃が舞う。
瓦礫が、破片が飛び散る。
思い切り殴り慌ててだった為、月も転倒しそうになる。
が、両手を素早く地面つけ、足を上げて回転する。
クルリと一回転し、きれいに着地する。
なんだかんだ言って月もなかなかに運動神経は良いのだ。
「grim reaper!」
黄泉が声を上げ、紫色の光がパァァァと輝く。
黄泉の"死神"モードだ。
光が消えると黄泉は骸骨の面と黒のローブを着、鎌を持っていた。
怪物が襲ってくる。
黒く巨大で正面だけでなく、横や後ろにもたくさんの顔が貼り付くようになっていた。
どうやら家族の霊や肝試しで来て死んだ人達の霊が合体したらしい。
途轍もなく、怨霊と化していた。
黄泉は体勢を低くし、そのまま突っ走る。
そして霊の前、1m近くの距離になったところで、右足に力を入れ、飛ぶ。
腰を右に捻り、左から両手に持った鎌を大きく振った。
反動で黄泉の着ていたローブのフードが取れ、くせっ毛の横結びにした黒い髪があらわになる。
…が、ブオンッと勢いよく鎌は宙を切った。
怨霊が後少しのところで後ろに逸れたのだ。
だが、かする程度に当たったらしく、怨霊は呻き声を上げる。
額辺りに赤々とした血が滲んでいた。
黄泉は左に体を捻りーー半回転し、左足を地面に付け、右足は立ててきれいに着地した。
しかし、手に持った鎌を振り直し、即座に立ち、体勢を整える。
「グオオオオオオッッッ!!!」
先程から上げていた悲鳴と比べ物にならない程の、大きな呻き声を上げる。
怒ったらしい。
「…ユルサナイッ!ユルサナイッ!!バカニスルナ、サッサトデテイケ!」
高い声、低い声、男性、女性の声。更に子供の声。
様々な声が一斉となって響き渡る。
怨霊が黄泉の前に覆い被さる様にして突撃してくる。
黄泉を黒い影が覆う。
黄泉はいきなりの事に、足が止まる。
その間にも霊は黄泉に近づき、二人の間は近くなる。
「…ぼーっとしてんじゃねーよ!!黄泉!!」
後ろで怨霊の仲間?と戦っていた陽が二人の間に割り込み、躊躇いもなく霊を殴る。
仲間は小さいが、数が多いらしく、消耗戦となっていたようだ。
霊が一瞬怯む。
その瞬間を黄泉は見逃さず、霊に突進する。
そして軽く飛び、鎌を振りかざした。
ブオンッと大きく振られた鎌は、今度はちゃんと霊に当たった。
ザンッッッ!!!
気持ち良く刃が振られる音がし、霊の頭と体が別れた。
「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!」
霊は叫びながら、ボロボロと崩れていった。
黒い破片と化して消えていくそれは、数秒の後、跡形もなく消えた。
今までのことが何も無くなったように。
ただただ、静寂が周りを包んだ。
黄泉達は、そっと手を合わせた。
***
「あーあー暇になっちまったなぁ」
両手を頭の後ろに組み、陽が呑気に言う。
今はようやく大通りに来たところだ。
「暇と平和が1番だよ」
月が疲れたようにため息をついた。
「お!出たな。月の座右の銘、『暇と平和が1番』」
「…悪かったね」
頬を膨らませ、月は不服そうにする。
「平和が1番良いわ。…私もここまで来なくて良いんだから」
本当は、と黄泉が複雑そうな笑みを浮かべる。
サァァッと風が吹く。
黄泉達の髪が靡く。少し、乱れる。
その時、黄泉の胸元にキラリと紫色の何かが光った。
ーーペンダントだ。
銀色の鎖に、紫色の宝石が埋め込まれた銀色の縁のそれは、とてもきれいだった。
ただ、そのペンダントの"秘密"を知っている黄泉達にとって、素直にきれいとは呼べなかった。
「…黄泉さん、終わりましたし、早く帰りましょうか。それ、発動したらいけないですし」
コソッと耳打ちする。
「…そうね。早く外したいもの」
右手でペンダントの縁を触る。
チャリッと金属の擦れる音がする。
月はこのペンダントを受け渡された時のことを思い出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます