第34話

第15話:出張 前編


「あっぢぃぃぃ…」

7月の半ば。

黄泉達は”人間界”に来ていた。

つまり、現世。

現世であり日本であるので、言うまでもなく季節がある。

今は7月。夏だ。

その為、暑さになれていない陽は、大袈裟に言うと死にかけていた。

他2人ーー月と黄泉だーーも暑さに、汗を滲ませていた。

ちなみに、リヒトは留守番である。

カフェの従業員全員が店を開ける訳にはいかない。

それに、「俺はここに来たばっかりですし、この世界の事はまだ知らないただのカフェの従業員ですから。」

ですから、皆さんで行ってきてください、と後押ししてくれたからだ。

なので、前の黄泉路の死神をしていたおじいちゃんと一緒にカフェを営業している。

「…冥界には…暑さが、季節すらありませんからね」

ふうっと額の汗を右手で拭いながら話す。

その声色は少し、弱々しく感じた。

「そうね。しかも、私達は日頃ずっと室内だものね」

「そうですね…」

2人が納得していると、

「おい、黄泉ぃ。アイス買おうぜ?アイス。あっちぃ」

手を顔の前辺りにパタパタしながら、アイス屋を指さす。

「だめよ。今日は仕事で来たんだから。…無事仕事終わったら買ってあげるから」

「マジかよ!?今日は優しいな」

わざとらしく手を口元に当てる。

「何時もでしょ。全く、陽は黄泉さんの優しさが分かってないなぁ」

月はやれやれ、と頭を振りながら、両手を広げる。

その態度に、イラついた陽がボコッと月の頭を殴る。

「…ッ。いったぁぁぁ」

月は頭を抱え、うずくまる。

「お前が偉そうにするからだろ。バァァカ」

「もう、こんな道のど真ん中で喧嘩なんてしないで」

黄泉が呆れたように呟く。

「別にいいだろ?ここ、人なんていないぜ?」

「まっまぁそうだけどさ…。そんな事言わないでよ!怖くなったじゃないか」

陽の言う通り、今、黄泉達がいるところは人気がなかった。

黄泉達以外、人っ子一人いないのである。

ぐるりと全体を見渡しても、森林ばかりで、そこにある細い一本道をひたすら歩いていた。

言えば、森の中なので森独特の静けさと涼しさがあり、人がいない分、余計不気味に感じた。

「僕達以外の人と会ったのって何分くらい前ですかね…」

月が顔を青くしながら問う。

もう今にも魂が抜けそうな顔をしていた。

顔面蒼白、とも言えるかもしれない。

「えーと確か、1時間前かしら」

黄泉が首を傾げながら答える。

10km前にあった大通り以降、人らしい人を見ていない。

「もう少しで着くから、我慢してね」

「はい」

黄泉さんにそう言われたら仕方がない。

「俺はもう我慢の限界だっての」

そう言いつつ、陽はスタスタと、先頭を切って歩いている。

そして、数分。歩き続けていると、

「おいっ!黄泉ーあったぞ」

陽が感嘆の声を上げる。

長い道を歩き続けたため、目的地が見つかって嬉しいのだろう。

ダットその方へ駆けていーーー

「駄目よ。死んでも良いの?」

「……チッ」

死ぬと言われ、大人しく引き下がる陽。

「…まぁ、嫌な殺気はするしな」

「…そうね。ここで金銭目当ての強盗殺人があったみたい。その家族の怨霊がいるの」

今、黄泉達の目の前には大きな御屋敷があった。

もう随分と廃れているが、それでも立派な屋敷だと分かる。

青々しかったであろう屋根はくすんでおり、左右均等に、各々8つずつある窓はほとんどが割れている。

真ん中にある大きな木製の茶色の両開き扉は半分が壊されており、部屋の中に真っ二つに割れてあった。

白い壁もくすんで黒くなっていた。

そして、壁はそれだけでなく、赤や青、黄など、カラースプレーで落書きされていた。

「これは…」

月が言葉を失う。

「…事件だけじゃなくて、こう言う落書きも恨まれてそうだな」

「そうね…イタズラや肝試しもあったかもしれないわね」

黄泉が悲しそうに目を伏せる。

長いまつ毛がより際立つ。

「…確か、ここの事件って、真夜中に襲われて、妻と夫が二階の寝室、子供二人が三階の子ども部屋で…と言う感じでしたよね」

月が静かに呟く。

「えぇ。その亡くなられた場所にでるそうよ」

黄泉も月と同じように静かに呟いた。

「おーい。何してんだ?さっさと行ってアイス、食おうぜ」

おおう、相当アイスを楽しみにしている。

まぁ、自然に囲まれてるとはいえ、暑い。

何か冷たいものが食べたい。

だから、今回は陽に賛同した。

「ふふっ分かったわ。早く行きましょ」

黄泉がドアの前に来る。

陽はポッケに手を突っ込んで待っているが、今にも入りたそうに足がソワソワしている。

月も置いてけぼりになるのは嫌なので、タタッと2人の元へ駆ける。

3人が、ドアの前に集まる。

陽が待ってましたと言わんばかりに口を開く。

右手の拳を胸の前に握りしめながら掛け声を放った。

「よしっ!そんじゃ、行くぜ!!」

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