第30話
第14話:少女とラスクと交通事故 後編2
しばらく動かなかった。ーーーが。
月のズボンを握っている、震えた手をゆっくりと離した。
そして、中級死神に怒号する拓真に向かって歩きーー走り出した。
ギュッ…!
その小さな体は拓真の、お父さんの体を抱きしめた。
「ーーーは?」
流石に予想外だったのか、拓真は呆然として立ち尽くす。
他の面々もそんな反応をした。
黄泉だけはその行動が分かっていたかのように微笑んでいた。
ーー死神は分からない。
「…ッうぇううっおどぉさぁん!ごめっんなさい、じょうずに、できな、くてごめん、なさいぃ」
張り詰めていた糸が解けたように、涙をボロボロと零しながら、涙声で話す。
鼻水も…。
何が、と言わずとも、拓真が練った”計画がせっかくできたのに怒らせてごめん”と謝っているのだろう。
佑茉はたぶん、はめられたことをあまり理解していない。
だが、”何か悪いことをしてしまった”と言うことだけが頭にあるのだろう。
そして、佑茉の記憶とともに現れた”拓真”の回想。
あれは、佑茉があの日、何があったかを分かりやすくするために黄泉が改造したのだ。
そして共有し、現状を把握させた。
本来あまりやるべきことでは無いが、今回の場合、そうする他なかった。
佑茉については、全く謝らなくていいし、むしろ半殺しにするぐらい怒っても良い。
だが、まだ佑茉は小さな子供だ。
そこまで、考えはいかないだろう。
子供が泣いている…拓真はまだ、呆然としていた。
月は思った。
子供が泣いているのだから、さすがに心変わりするだろう、と。
しかし、その考えを拓真は予想の斜め上を行く。
「…ったく。本当だよなぁ?全くその通りだ。せっかくできたのによぉ。こんな所に来させやがって。さっさと戻せや、ダボが」
陽と…いや、陽以上に口が悪い。
まるでどこぞのヤンキーのようだ。
「…やれやれ、公務執行妨害に暴言…自ら罪を増やすとは…頭が悪い人ですね」
涼しい顔で、中級死神は小さくな声で呟く。
佑茉に怒鳴っている拓真には聞こえなかったらしい。
月は、陽以上に口の悪いヤツを見た事がなかったーー故に…ヤンキーに耐える免疫が、なかった。
「…ヒッヒェェッッ!!ゆっ許してくださいぃぃ」
いつの間にか、陽の後ろに回っており、肩を持ってガタガタ震えていた。
「重いんじゃ、ボケェェェ!!!」
が、あっという間にはね避けられた。
どっちみち、どちらにもビビらされた月である。
全く、つい数十分前に話に行こうと少し勇敢に言っていたのはなんだったのか。
それはさておき、佑茉の話に時を戻そう。
佑茉はしがみつき、拓真は佑茉に怒鳴っている。
佑茉は話がしたい、と言った。
だからまず、佑茉が話せる環境を作らなければいけない。
(…さて、どうしようかしら?)
と黄泉は考える。
今、中級死神が拓真の手を拘束しているので押さえつけは良いが、軽く手刀で首を気絶ーーいや、それはだめだ。
起きた時、また怒鳴るのがオチだろう。
それなら、もういっそ……。
(…だめよ、だめ…平和的に…何か、考えなくちゃ)
グルグル考える。
陽は短気だし、あの口調だからだめ。
月は真面目で優しく、良い子だけれど、気弱な所が難点だから…。
頼んだら、頑張ってくれるだろうけど、彼の怒りは正直、あまり役に立ちそうにない。
…リヒト。
最近、自分からここに働きたいと言って働いてくれている子。
真面目で仕事に卒がなく、覚えが良い。
前から働いている先輩社員、月と陽ともすぐに打ち解け、お互い仲良く過ごしてくれている。
黄泉は目を閉じ、考え、決断をした。
「…リヒト、今から貴方の入社試験をするわ」
「えっ?はっはい??」
いきなり話を振られ、戸惑うリヒト。
他の人も驚いている。
「試験よ、試験。してなかったでしょ?」
「ここに入るのに試験が必要だから…平和的ね!」
黄泉が手と手を胸の前に軽く合わせ、微笑む。
「黄泉ぃ、ここは試験なんてーーー」
陽が言い終わる前に、月が即座に口を塞ぐ。
「※#〇〒*&¥:/☆〇♢♡!!!??」
陽がもごもごと、何か言って怒っているが、月には知ったこっちゃない。
月は振り向いた黄泉とアイコンタクトする。
月は分かっていた。
黄泉が何か、意図があって試験の話を持ち出したことを。
「(陽は任せてください)」
そんな意味で頷いた。
黄泉も、こちらの意図が組めたのか、頷くとリヒトを見る。
「……。分かりました。平和的に、ですね?」
リヒトは数秒考え、理解したのか、軽く頷いた。
そして、確認するように聞く。
「えぇ、お願いね」
「はい」
今度はしっかりと頷いた。
「ふざけんなよ?てめぇ」
「ごっごめん、なさい…」
「お止め下さい。後、暴れるのを止めていただけると嬉しいのですが。手が痛いのですよ」
拓真、佑茉、中級死神、各々3人の声が聞こえる。
配置は前述した時と変わっていない。
だが、佑茉は拓真の体を離れていた。
暴れるので、離れてしまったのだろうか。
その3人の中を、スタスタとリヒトは入っていった。
「はい、止めてください、拓真さん」
暴れても何も意味がないですよ、と佑茉と拓真を引き離す。
佑茉は黄泉が手を繋いだ。
「んッだと!?てめぇ!!良いからさっさと離ーー」
「シーーーー」
拓真が言い終わる前にリヒトが静止する。
人差し指を唇に当て、黙れ のポーズをする。
その威圧感のある雰囲気に思わず、拓真以外の4人も萎縮する。
「なっなんだよ…こっち来んな!」
リヒトが静かに拓真に近づく。
そして、拓真の耳元に顔を近づけ、囁く。
「さっきからギャアギャア騒がしいんだよ」
一言、言って耳元から離す。
「黙れっつってんだ。こっちはただ、話がしたいって言ってるだけなんだが。……あぁ、悪い。そんな事も分からない”ダボ”なんだもんな」
挑発するような言葉。
黄泉や陽は目を見開き、月は青白い顔を浮かべる。
今にも失神しそうだ。
佑茉も驚いている。
今、3人が思っている言葉は、
(何が平和的だ!その真逆じゃん!!)
である。
口調は違うが、思っている事は同じ事である。
陽は少し面白そうにしていたが。
(……驚いたけど、今は賭けるしかないわね)
黄泉は静かに祈った。
どうでるか、緊迫する空気の中、皆がゴクリと息を飲む。
「………………チッ」
拓真が舌打ちをする。
「「「………へ(え)??」」」
陽、月、佑茉の呆けた声が聞こえる。
まさか、まさかである。
また、怒鳴ると思っていたので、舌打ちだけに驚きが隠せない。
10以上も下の青年に挑発され、辱めを受けたのか、これ以上屈辱的な思いをしたくないのか。
色々考えられる事はあるが、また怒鳴らないで助かった。
「わーったよ、聞くから。そんだけだぞ。てめぇの話、聞いたからな」
リヒトを睨みつけ、仕方なくと言う具合に話した。
「…で、何だよ」
佑茉、と拓真は見る。
佑茉がおずおずと拓真の方へ歩み寄る。
そして、
「お父さん、らすく美味しかった!」
そう、一言言って泣き笑いをうかべる。
「ーーーは?」
拓真は呆然とする。
月と陽は(そのために…)と唖然としている。
黄泉はなるほどね、と納得した。
黄泉は佑茉の過去(記憶)を知っている。
(怖い所もあるお父さんだけど、あの事故の時、言えなかった言葉。思い出の中にある、家族の事を忘れていない、と言う、子供ながらのメッセージなのかもしれないわね)
「…お前、そんな一言を…」
拓真は怒鳴る気力も失って呆然とする。
「…私にとっては大事だもん。私はもう満足!!一緒行こ?」
ニコッと佑茉は笑う。
拓真は完全に呆けていた。
「さぁ、それでは行きましょうか、拓真さん。後、佑茉さんも。…それでは、失礼します」
最初に挨拶をした中級死神がペコりと90度、丁寧に腰を折ってお辞儀した。
他の者も軽く、しかし丁寧にお辞儀をし、ドアを開けて出て行く。
拓真も渋々と言う感じで出ていく。
佑茉がドア付近まで来て、黄泉達を見る。
その顔は少し寂しそうに見えた。
「ばいばいっ!」
だが、最後に笑顔で挨拶して出ていった。
子供らしい、愛らしい笑顔で。
バタンとドアが閉まる。
カフェに久しぶりの静寂が訪れた。
ホッと息を着くことなく、皆、静かにドアを見ていた。
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