第29話

第14話:少女とラスクと交通事故 後編1


やった!殺った!殺ったぞ!

ブォォォンと車を走らせながら心の中でガッツポーズをする。

上手く成功した。

一瞬、来てくれないかと思ったが、向こうから来てくれて何よりだ。

なるべく、証拠となるものは残したくない。

今回の"交通事故"はギャンブルだった。

色々、全てが成立しないと全てが上手くいかなくなる。

つまり、不成立。

事故死に見せかけたかった。

事故死に見せかけなければいけなかった。

逮捕されないように、必死に考えてきた。

1ヶ月も前から。

1.優しくして佑茉を外へ連れ出す。

2.ラスクを買って油断させ、俺が離れても大丈夫なようにする。

3.歩道の向こうに俺そっくりな奴(友人)を立たせて佑茉を歩道におびき寄せる。

4.絶妙なタイミングで事故として佑茉を轢く。

5.車ですぐ撤収し、友人と合流、しばらく逃亡生活をする。

これだけだ。

友人は最初、驚いて反対したが、金を見せるとあっという間に協力してくれた。

自分で言うのもなんだが、金とは恐ろしいものである。

時には人の命も奪うーー今回のように。

だが、しかし。

「チッ」

アイツ、最後の最後で怖気づきやがって。

顔は見せないで良いっつったのに。

歩道まで佑茉を誘えば良かったのだ。

ーーー証拠が増えたらどうする。

同情心なんてもの、いらない。

これが元凶となって、警察にバレたらどうすんだ。

全部、アイツのせいだ。

アイツの事を考え、頭に血が登ったからか、手の、ハンドルを握る力が強くなる。

車のスピードも、速くなる。

判断が鈍っていた。

赤信号だった。

歩道には…人が1人、渡っている。

しまった。

そう思うには遅すぎた。

急いでブレーキを踏む。

しかし、それも遅かった。

キキキキキキーーーー

ブレーキの、高音が響き渡る。

人を避けようとして、左に逸れる。

車は、電信柱に衝突した。

同時に、意識も遠のいていった。

「…目には目を、歯には歯を、ね」

黄泉が突然ドアを見て言った。

「え?」

「レクス・タリオニスですか」

月は疑問符、リヒトは呪文のような言葉を呟く。

「報復律だよ。人が誰かを傷つけた場合、その罰は同程度ではなくてはいけない、または相当の対価を受け取る事でこれに変える事もできるって意味」

「…ふん」

丁寧にリヒトが教えた言葉に、ムスッとする月。

どうやら、焼きもちを焼いているようだ。

「良く知ってるわね、その通り。今、佑茉のお父さんが"こちら"に居らしたわ。下級死神がここまで連れて来るのだけど、少々手こずったみたいで」

来るのが遅れたらしいわ、と黄泉が困ったように笑う。

「中級死神が後援に来たそうです。それで、ようやく」

月が補足説明する。

チラリとリヒトを見、得意そうに笑う。

どうだ、と言いたいらしい。

リヒトは何の事か分からないらしく、愛想笑いを浮かべる。

「…死神はね、下級死神、中級死神、死神に分かれていて、下級は主に雑用…が多いかしら?中級は皆が知ってるような魂を刈り取り、下級の手助けをする役割を持っているわ。…それでも、中級でも駄目だった場合、死神の中での最高官、死神が全うするの。…まぁ、あの方達はよっぽどの事がないと動かないから。それだけ、強くてお偉いさんって訳よ。」

少し棘を持つ、含みのある言い方な説明。

でも、表情は笑顔を崩さない。

「…でもよー確か下級死神って魂を刈り取る仕事はなくねーか?」

机に座り、足を組み、左手を上げ、分からない、と言うポーズをする。

右手は机に手を置き、体を支えている。

「…陽、質問の前に机から下りなさい。お客様の前よ。それにはしたないわ」

黄泉が少し、怒ったようにジッと陽を見る。

「へーへー」

常に黄泉に怒られている陽は、怒った黄泉の恐ろしさを知っている。

今、ここで反撃しては火の粉が降りかかりかねない。

ストッと両手をポッケに突っ込んで右足から着地する。

ーー身軽な動きである。

陽は運動神経ならカフェ内で1番だ。

勉強は月の方ができる。

が、しかし、どちらも阿呆では無い。

それなりに学力はある。

見えないが。

「今はね、下級死神の昇級試験をしているの。それで佑茉のお父さんが選ばれたのね。…なんで抜選されるかは、陽は知ってるわよね?」

黄泉が陽を見据えている。

"ここで"言わなくても分かるわね、と目で訴えているようだ。

陽はチラリと佑茉を見る。

今、カフェには佑茉がいる。

今さっき自分の壮絶な過去…記憶を見たばかりだ。

整理したいだろうし、何より気持ちと頭が追いついていないだろう。

いくら陽でも、少しは小さな子供に気を使う気持ちくらいある。

「…わーってる」

短い返事をした。

昇格試験。

悪人はそのまま地獄に落ちるか、この試験を受けるかによって道が別れる。

まだ会話がまともにできる人、構成の余地があるとみなされた悪人は、下級死神になる事で、罪を償うのだ。

もちろん、面接や筆記もあるので、それだけとは言えないが。

ちなみに、抜選基準は悪人から選ばれる。

善人(普通の人)はなるべく、穏やかに冥界に行きたいだろう。

それでないと、思いとどまってしまう理由ができかねない。

悪人は大抵、暴れたり逃げたりするので、昇格試験にはピッタリなのである。

まぁその他、理由はあるのはあるのだが、ここでは言わないでおく。

「…あの、お取り込み中すまないんですけど、佑茉ちゃんどうしますか?俺みたいならあれですけど…そんなわけでもないですし…」

ハッと全員が我に返る。

「そうね…ごめんなさい。自分達の事に現を抜かして」

「ごっごめんね…!」

「……。」

申し訳なく、謝る一同。

陽を除いて。

佑茉はフルフルと頭を振る。

そんなことない、と言っているようだ。

「…私、お父さんに会いたい。このまま、会えないの、やだ」

「…大丈夫よ。もうすぐ…あっちから、」

来るわよ、と黄泉が言ったーーその時

「うるっせぇぇ!!離れろ!!この黒ローブ野郎!」

声とともに、バーーンッッとドアが開く。

それと同時に、怒号がカフェに響き渡る。

その声に佑茉らが吃驚して、ドアを見る。

「黄泉さん、私くしども、中級死神で御座います。只今、森石拓真を連行して参りました。未練が残っているようなので、連れて来て参りました。」

とても、丁寧な口調で中級死神の1人が話す。

流暢な言葉は、執事を連想させた。

ただ、見た目は黒いローブで身を包んでおり、顔も骸骨の面で顔を隠している為、格好は不気味である。

勿論、中身(?)も死神だが。

そして…森石拓真。佑茉のお父さん。

金色に染めた髪、睨まれたら子供は泣くであろう切れ長の目。

黒の半袖シャツにジーンズの格好をしており、まだ大きな声で怒鳴っている。

それを、先程話していた死神の他、2名が拓真の両手を後ろに組ませ、その手を掴んでいる。

「ありがとう…思ったより、暴れるわね。自分も死んで、人も…殺して、少しは反省してるかと思ったわ。」

冷徹な目で、拓真を見つめる。

その言葉は端から信じていないように感じ取れた。

…それが、後ろ姿からヒシヒシと伝わった。

自然と月は佑茉の肩に手を置いていた。

「…いたい」

「…!!ごめん!自然にっ!!」

「…良いよ。わざとじゃないんでしょ?」

ホッと息を着く。

なんだかな、と月は思った。

佑茉は時々、大人びている時があるように感じる。

緊張しているのか、元からの性格なのか、月には分からなかった。

月は、と言うか他の人もーー人の過去を見る事はできない。

ーー黄泉を除いて。

黄泉は色んな未練などがある人の手助けをする役割がある。

手助けをし、閻魔様の元へ行けるようにする。

そして、その人達の事をまとめたものを書類に置いて、送る。

だから、黄泉はここに来た人全員の過去を知っている。

送り届けるのは月と陽の仕事だ。

これで、カフェに立ち会ってから言った人達が、何人かが分かる。

「コイツが何の用があるってんだ!!なんもねぇからさっさと帰せ!」

怒号で我に返る。

キュッと何かが掴んだ。ーー佑茉だ。

月のズボンを握っている。

その手は震えていた。

怯えている。

あんなに怒鳴られたら、誰だってビビるだろう。

現に、月もビビっている。

今にも泣きそうなくらい。

けれど、子供の前で泣くなどみっともないったらありゃしない。

しかも男の涙ほど要らないものは無い。

「だっ大丈夫だよ?僕に着いたままで良いから…話したいことがあるんだよね?それにね、脅すわけじゃないんだけど、ここにあんまり長居しちゃいけないんだ。…ここの住人になってしまうから…」

ほら、話に行こう?月はポンッと佑茉の背中を叩くーーと言うか、添えた。

佑茉はしばらく動かなかった。

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