第28話
第14話:少女とラスクと交通事故 中編
「佑茉、出かける準備をしろ」
お父さんが突然そんな事を言った。
私の部屋のドアがバンッといきなり開いたから、とてもびっくりした。
あまりの唐突さに動けないでいると、
「…行きたくねぇのか?買い物」
お父さんが優しく聞いてきたからまたもやびっくりする。
だって最近イライラしてたから。
お父さんが勉強机の椅子に座っている私を見下ろしている。
どっちなんだ?
選択を待たされているようだった。
そんなの…答えは決まっている。
「…いく!!かいもの、いく!」
元気よく回答した。
きっと、これが正解だ。
「…良し、そんじゃ行くぞ」
お父さんはくるりと向きを返して背を向ける。
お父さんの背中はおっきくて頼もしかった。
「うん!」
ピョンッと椅子から飛び降りて、お父さんの背中を追う。
ーーお父さんが悪い顔でニヤついてた事を知らずに。
***
(かっいものっ!!おっかいものっ!)
鼻歌を歌う。
ワクワクした。
買い物出来るという事ではなく、お父さんとお出かけ出来るという事に。
お父さんはポッケに両手を突っ込んで辺りを見回している。
(…何か気になるものでもあるのかな?)
「…佑茉、ちょっと待ってろ」
いきなり話しかけてきて、びっくりしたけど、こくりと頷く。
お父さんはある店に入った。
数分後。
「……ほら、飯。今日食べてねーだろ」
お父さんが手渡したのは、ずっとずっと食べたかった、"らすく"だった。
「…らすく!!!」
目がキラキラと輝く。
そのくらい、嬉しかった。
「(ぐうぅぅぅぅぅぅ…)」
同時に、お腹が鳴った。
そう言えば、全然食べていなかった事を思い出す。
「いま、たべていい?」
上目づかいで聞く。
(お父さんは背が高いから目線が上がるのは当たり前だけど)
「……好きにしろ」
つまり、おーけー。やった!
茶色のマスキングテープで閉じられた袋をピリピリと破く。
テープが手にくっついていたので袋に貼り付ける。
サクサクサクサクサク。
いつもと変わらない、優しい甘い味。
美味しい。
一つ一つ、噛み締めるようにゆっくり食べた。
今、いる所は家より少し遠い、街道。
大きなビル、美味しそうな店、高そうな店、潰れた建物。などなど。
右を見ても、左を見ても、建物ばかり。
もちろん、道路も大きい。
今、右斜め前にある道路は十字路。
久しぶりのお外で、ここにある物全てが、物珍しく感じる。
ピタリ。お父さんが歩くのを止める。
それに合わせて、1歩遅れたけど、私の足も自然に止まった。
「どうしたの?」
「…ここで待っとけ。用事がある。すぐ戻るから見つけたら走ってこい。」
2つ、命令して私の返事も待たずに歩いていく。
ぽつん。
私は1人、道端に残された。
仕方なく、左端の建物と建物の間の隙間に座る。
どんなに話してもだめだ。
そんな事、数年と一緒にいれば、自然と分かる。
サクッとらすくを手に取り、口に運ぶ。
口が幸せに包まれる。
んふふ。
思わず、顔がほころぶ。
(これなら大丈夫かも?)
もうひとつ、口に入れた。
どれくらいたっただろうか。
多分、数十分くらいだけど、もっと長く感じた。
(遅いなぁ……)
すぐ戻るって言ったのに。
ぷくぅ、と頬が膨らむ。
らすくも残り僅かだ。
袋の底には、パンくず(カス)が溜まっている。
本体は2、3個といったところだ。
ギュッと袋を握りしめる。
チラリと道路を見た時…
「……あっっっ!!おとーさん!」
十字路の右斜め前の所にお父さんがいた。
統一性のない髪、黒色の半袖シャツ、ジーンズに白のスニーカー。
後ろ姿だけど、分かる。
お父さんだ。
もう横断歩道を渡ってしまっている。
信号は…まだ青だ。
"あお"なら渡っていいとお母さんが教えてくれた。
『お母さん』
思い出し、ちょっとチクリと心が痛んだけど、まずはお父さんと会わなくちゃと思い直す。
小さい足を右、左、右、と動かしながら、信号を目指して走る。
数秒で信号に近づいた。
息が荒い。
お父さんの背中もどんどん近くなる。
後ちょっとーーー横断歩道を渡ろうとした時、チカチカチカ。
青色が点滅し始めた。
赤色に変わる…!ーーーでもっ!!!
ダッと最後の力を振り絞り、足を動かす。
それがいけなかった。
お父さんに会いたかった、ただ、それだけで。
たったったっ走る。
半分渡り終えた、その時。
お父さんが振り返った。
ゆっくりと振り向いて、私をしっかりと見た。
「…え……………?」
お父さんじゃ、ない?
ピタリ、と自然と足が止まってしまった。
歩道だから止まってはいけない。
それは分かっていた。
頭では。
体は言う事を聞かず、両足はしっかりと地面に着いていた。
お父さん…らしき人、はそんな私を見て、笑った。
プップーーーーーーーーーーー。
クラクションが私の思考を掻き消す。
「君!逃げなさい!!ちっ小さな子供が!道路に!」
…子供って、私のこと…?
色んな人の声が聞こえた、気がした。
聞こえる前には、ドンッーー
大きな衝突音と共に私は空中を舞っていた。
一瞬だったけど、車には『本物のお父さん』が乗っている気がした。
お父さん、らすく美味しかったよ…。
ふっと優しく微笑むお母さんと無愛想な顔をしたお父さん、その2人の片腕と手を繋いだ私。
記憶の中の思い出が溢れ出した。
その記憶は、遠くなっていく意識の中に掻き消されていった。
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