第27話

第14話:少女とラスクと交通事故 前編


私のお父さんは優しい。

機嫌が良い時、お土産を買ってきてくれた。

らすく、と言うものらしい。

食パンを揚げて、砂糖をまぶしたそれは、とっても美味しかった。

一気にたくさん頬張ると、無くなってしまうので、最近は少しずつ食べることにした。

砂糖を口周りに付いた私を見て、お母さんは笑って、お父さんは「…馬鹿」の一言。

それでも、笑い合う家族が大好きだった。

お父さんも、お母さんも、大好き。

でも、お酒で酔ったお父さんは少し、嫌い。

いつもより声がおっきくて、くちが悪い。

お父さんがお母さんを叩いて、お母さんが泣いている。

怒 泣 叫 怒 泣 叫 怒 泣 叫 怒 泣 叫 怒 泣 叫 怒 泣 叫 怒 泣 叫

ずっとこの繰り返し。

この時、悲しくなって心がきゅっとする。

でも、あしたになったら、お父さんもお母さんもいつも通り。

「おはよう、佑茉」

って笑って朝ごはんの準備をしている。

お父さんはしんぶんを読んでいる。

ちょっと怖いけど、とっても優しい家族。

そんなある日、お父さんがいつになく、険しい顔をして帰ってきた。

今日はおしごとじゃなくて”おでかけ”って言ってたから、ご機嫌かと思ってた。

「おとーさん、らす…」

「うるっせぇ!黙ってろ!!糞ガキ!」

大きく怒鳴り散らした。

ガチャンッ!

と音がして、机からコップが落ちる。

お父さんの肘が当たった。

熱いお茶が床に散乱した。

足に水滴が飛び散る。

ビチャッと足に当たる水滴の熱さに、耐えるようにぐっと下唇を噛み締めた。

同時に白いワンピースの裾を握りしめる。

それからお父さんはずっと黙ったままだった。

お母さんは台所で料理をしていた。

"お通夜"の状態が永遠かと言うほど続いた。

お父さんは何やら茶封筒からたくさんの紙を広げ、ブツブツとなにやら呟いている。

その日はご飯をもらえなかった。

自分の部屋に行き、ベッドにダイブする。

泣きたいのを我慢して、ベッドの上でうずくまった。

涙が一筋、頬を伝った。

次の日、朝早く目が覚めた。

昨日は何も食べていなかったからかもしれない。

のそのそとベッドから起き上がり、居間の方へ向かう。

「……じゃない!!…は…ないの?……!!……行きます!」

「あーぁー勝手に出て行け」

お母さんとお父さんの大きな声が聞こえる。

びっくりして心臓が飛び跳ねた。

寝ぼけていたせいか、ドア越しだからか、お母さんの声が上手く聞き取れなかった。

しかし、ただ事では無いことだけは分かる。

全身が震え、嫌な予感でいっぱいになる。

このままでは、誰とも会えなくなる気がした。

幼いながら、頭で精一杯考えた。

自分の背より少し高いドアノブに手をかけ、ドアを開ける。

「おかーさん!」

開けた時、お母さんは今にも出ていきそうな状況で、お父さんは昨日と同じように紙を見ていた。

しかし、突然出てきた私を振り返って見た。

驚いているようだ。

怖かった。

家族が壊れる気がした。

ガラガラと崖が崩れ落ちていくような。

せっかく積み上げた積み木が振動で落ちるような。

心がバラバラに引き裂かれそうだった。

お母さんはドアを開ける手を止め、私を見た。

今にも泣きだしそうな表情だった。

だがすぐにまた、向きを返して、今度こそ出ていった。

お父さんは心底どうでも良さそうだった。

(あぁ、もう二度と戻って来ないないんだな)

幼いながらにそう思った。

しばらくドアを見ていた。

それからお父さんは変わった。

どう変わったかと言うと、説明が難しいけど。冷たくなった。

童話の"氷の女王"みたいに。

いつも無愛想で素っ気なかったけど、そんなもんじゃなかった。

会話は必要最低限。

食事はお父さんが決めた時間に出てくる。

2時だったり、8時だったり。

最悪、なかったりもする。

それから、帰りが遅くなった。

いや、いつも遅かったけど、それよりもっと。

帰って来ない日もあったし。

けど、1番悲しかったのは"らすく"のおみやげが来なくなったこと。

ご飯がないよりはマシじゃない?と思われるかもしれないけど、私は家族の思い出のものが無くなる方が嫌だった。

『ただいま』

とお母さんがドアを開けて帰ってくる。

『『おかえり』』

とお父さんと私で出迎えて、仲良くご飯を食べるーー。

今はまだ夢だ。

でも、またそう言う未来が帰ってくるかもしれない。

だから、どんなに辛くても頑張れた。

しかし、私の思いはある日、雨で濡れることになる。


***


ーー本当に大丈夫だろうか?

ーー上手くできるだろうか?

今更、緊張している自分にふっと鼻で笑う。

大丈夫だ。一大プロジェクト…事が進めば何もかも上手くいく。

後は…最終チェックと準備だけだ。

伝手も言葉も揃っている。

準備通り動けばいい、”操り人形”を動かすだけで…。

さぁ、ショーの開幕だ。

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