第26話

第13話:小さなお客様 後編


「んっ…んぅ。…あれ?」

少女が寝てしまってから、数十分。

少女はカフェの二階のプライベートスペース、黄泉の部屋で寝ていた。

他に月と陽、リヒトの部屋があるが、一応女の子と言う事で黄泉の部屋だった。

「…あ、起きた?…あぁっ!泣かないで」

少女が寝るのを見守っていた月が、あわあわと慌てる。

「黄泉さん…お姉さんなら今、キッチンにいるんだよね。…一緒に行こうか!」

月が優しく諭して少女の手を引く。

少女はこくりと頷いた。

2人はゆっくりと階段を下りる。

階段を下りた先はキッチンになっている。

フワリと甘くて香ばしい香りが広がっている。

フレンチトーストだ。

甘酸っぱい苺のジャムをたっぷり使った。

黄泉がそれをリヒトに手渡し、別の料理を作る準備を始める。

「あら、起きたのね。月、ありがとう。…早速だけどホールを手伝って欲しいの。……今日はお客様が多くて」

黄泉が月と少女に気づき、手を休めずに話す。

「分かりました」

褒められて嬉しい反面、黄泉の複雑な表情が気になった月だった。

少女は、邪魔にならないようにするためか、階段に座っていた。

リヒトがそれに気づき、合間を縫って落書き帳とクレヨンを渡している。

少女は楽しそうに落書きを始めた。

「確かに多いな…」

ぐるりとカフェ全体を見回す。

どこも、満席状態だ。

主にご老人が多いが。

「月っ!これを3番テーブルに持って行って。これは、4番に。お願い」

また、すぐにキッチンに消えていく。

「…はい!」

月は返事をしてテーブルに運ぶ。

お客様が多くて、1人で回すのが大変だろう。

ーー少し焦りを感じた。

月も本当は手伝いたい。

簡単な料理くらいはできると思う。

前に1度、まかないを作ったこと(”少し”黒焦げになった)があるし。

あの時、陽が絶妙に上手かったのがムカついたので、あまり思い出したくない思い出である。

でも、手伝えない理由は実はそれだけでは無い。

黄泉しか、この『特別な料理』を作れないのだ。

そう言う力が、黄泉にはある。

だから、月達が作っても、ただの『美味しい料理』になるだけなのだ。

(月は”美味しい”ではないが。)

「おいッ!月、ホール手伝え!この感傷ノロケ野郎!!」

ーーお客様がいるので止めていただきたい。

大半、吃驚してこちらを見るのである。

あ、勿論過去を見終わった人達が、ね。

はぁーとため息をつき、

「すみません、後できつく叱っておきます」

と陽の頭をむんずと掴んで下げさせて謝る。

ーーすみません、嘘つきました。

”きつく叱っておきます”の部分です。

僕が後で怒られそうです。

目を瞑り、心の中で謝る。

陽のイタズラに満ちた顔が見えた気がした。

急に背筋がゾッとして身震いする。

そして、一息つくまでずっと震えながら仕事をした月だった。


***


「えっと、森石 佑茉ちゃんね。彼女も、また…」

「……。」

黄泉が口ごもる。

佑茉もまた、黙って頷く。

多分、黄泉が口ごもったところは分かっていないだろうが、名前を呼ばれたので頷いたのだろう。

5人は4人席+椅子1つで座って話している。

落ち着いたので、彼女の問題を解決する事になったのだ。

前世の記憶に関する物は本来、記憶が戻っていない者に話してはいけないのだが、

此処に来るのはご老人が多いので、なかなか彼女のような小さい子は来ない。

デリケートであり、理解させるのも難しい。

ショックも大きいだろう。

佑茉は机を見て俯いている。

さっきから、コツコツ足に何かが当たっているのだが、十中八九、佑茉だろう。

きっと、足をブラブラさせているに違いない、と月は思った。

陽なら殴っていた。

(勿論殴り返されて泣くんだろうけど)

自分の泣き虫さに苦笑いがこぼれる。

誕生日席にいた黄泉が立ち上がる。

「キッチン行くわね。…佑茉の料理を作るわ」

「…分かりました」

黄泉はキッチン向かった。

ーーキッチンーー

キッチンの引き出しから天ぷら用の鍋を取り出し、油を入れて180度に調整する。

コンロの真上の棚から食パンを取り出し、縦長に7〜8本になるように切る。

数分して、フツフツと湧いてくる。

温まったようだ。

先程切ったパンを鍋に投入する。

跳ねないように、ゆっくりと。

約3分後、良い香りが広がる。

パチパチ、ジュワジュワ、キッチンに音が奏でられる。

油で揚げられ、パンの小麦の匂いがより、1層引き立てられる。

こんがりと狐色に焼けると、サッと取り出す。

新聞紙に置くと、油が染み付いた。

大体パンから油が取れると、砂糖をまぶした。

狐色のパンに星屑のような砂糖がたくさん付いている。

それを、縁に赤い花柄模様が描かれた白い皿にラスクを乗せた。

ーーーのだが、ふと、何かを思いつき別の皿も用意する。

ーーラスクの完成だ。

黄泉はそれを持って、机で待っている5人の方へ向かった。

「あっお疲れ様です」

「お疲れ様です。良い匂いですね」

「なっげぇなぁ。来る前にゲームワンステージクリア、できたぜ?」

陽がスマホを片手にヒラヒラっと見せる。

黄泉さんは笑っているが、怒っているに違いない。

『お客様の前でそんな言葉遣いしないの』と。

ーーーこれは後で火の粉が降りかかるだろうな、と月は思った。

「…佑茉、これはラスクよ。”揚げ耳”とも呼ばれるらしいけど、貴方にとってはラスクでしょう。何も怪しいものは入れてないから」

黄泉が優しく諭すように話す。

「あっ黄泉さん。過去の話について説明はしておきました。…子供なので気休め程度ですけど」

月が右手を半分あげて報告する。

「あら、そうなの?ありがとう」

「…えへへ」

黄泉に褒められて月は嬉しそうだ。

「良かったな、月」

「へっいつも通り気持ち悪いヤツじゃねーか」

陽に悪態をつけられ、今度はしゅんとする。

表情の落差がすごい。

「あの…食べても、良いの?」

佑茉が遠慮がちに聞く。

黄泉達はハッとする。

「…!!ごめんなさい、つい話し込んでしまって。良いわよ」

「ごめんね…」

黄泉が即座に誤り、月とリヒトも謝る。

陽は言わずもがな。

佑茉はふるふると首を左右に振る。

そして、皿に盛られたラスクを1つ、手に取る。

それを小さな”おちょぼ口”に入れる。

一瞬、佑茉が”美味しい”と言う驚きの表情を浮かべる。

だが、すぐ何かを思い出すように食べる手が止まった。

森石 佑茉 (6) ふわっと蘇る。

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