第13話
第7話:桐生 隆二 後編
「はいっ!!隆二くん、どうぞ!」
バレンタイン当日。
まだ少し肌寒い日、鼻や耳を赤くした阿莉沙は俺にチョコを渡してきた。
ピンク色でハート型の容器を赤いリボンでラッピングしている。
「おぉ!サンキュー!!」
チョコを大事に受け取る。
「…開けていいか?」
「…駄目!」
リボンを解こうとした手を止める。
茅野は両手を前に出して、恥ずかしそうに止める。
「え、」
「…照れくさいから、またあとで見て。」
視線を斜め右にズラして頬を赤くし、マフラーで口を隠した阿莉沙は、また後でね、と言うと足早に去っていった。
(ーー同じ教室なんだけど…)
可愛いなぁ、と思いながらゆっくりと隆二は教室の方へと足を動かした。
「…お前、何ニヤニヤしてんだよ。」
その日、教室に入って開口一番に友人に言われた言葉がこれだ。
ニヤついていたか、と口元を触ってみる。
少し、口角が上がっていた。
視線を上げると、自分の席に座って友達と話していた阿莉沙と目が合う。
お互い照れくさくて、視線を外す。
その無言のやり取りを達平はジッと睨んでいた。
目があーあーモテる男は良いですねーと語っていた。
「…んで、そのチョコはどーしてんだよ。見当たらんけど。」
チラチラと達平は視線を動かす。
「あー靴箱に置いてきた。阿莉沙に後でって言われたから」
だって見てたら食べたくなるだろ。
「忠実な犬かよ」
ツッコミが冷たい気がする。
でもそれが、一般男子のちゃかしであることを俺は知っている。
キーンコーンカーンコーン。
予鈴のチャイムが鳴る。
俺達は自分の席に着いた。
1時間目、俺の嫌いな数学が始まる。
「づかれたぁぁ…」
俺は数学で能力(?)を使い果たしていた。
「数学でそんなにやられるか…?」
数学が得意な達平は何も分かっていない。
達平は見た目こそ頭が悪そうに見えるが、その実頭が良かったりする。
大丈夫?と阿莉沙が心配する。
ありがとう、と言って達平も心配してくれよ、と思う。
それを言うと、俺が心配した方が怖くないか?と言われ、納得した。
束の間の笑いが零れた。
***
「ったく、水戸センのヤツ体力有りそうだからって資料運びさせやがって…」
放課後、俺は水戸と言う先生(通称水戸セン)に少し手伝わされていた。
教室から1番遠い資料室まで行かされ、運び終わる頃にはヘトヘトだった。
教室の窓からオレンジ色の夕日が零れ落ちていて、夕方と言うことを教えてくれた。
黄昏。
夕方は昔その名前で呼んでいたと阿莉沙が教えてくれた気がする。
タソガレヤ、その呼び方が段々変わっていったらしい。
阿莉沙も頭が良くて、物知りだから。
さて、と一息着いたところで昇降口に向かった。
ガタッと音を立てて扉を開ける。
靴を取ろうとして、ふと気づく。
チョコが…増えてる…?
いや、違った。
変わっていなかった。阿莉沙のチョコがちゃんとある。
なんでそんなことを思ったんだろうと鼻で笑う。
良かった、と呟きながら、それを手に取り、ふと思った。
(ここで食べようか…)
家でも良いが、貰ったチョコが早く食べたい。
欲望が抑えきれず、昇降口の右隣のベンチのある空きスペースに移動する。
ドカッと椅子に腰を下ろす。
シュルリとリボンを解く。
パカッと蓋を開けると、ハートや四角、丸…など、色んな形のチョコが入っていた。
「うまそー…」
丸型のチョコを1粒取ってみる。
ポンッと口に入れた。
甘すぎず、苦すぎない、丁度良い甘さのチョコが口の中で溶けていく。
「うまぁ…」
ありがとう、阿莉沙と思いながら一つ、また一つと食べていく。
3口目の時、急に喉が焼けるような痛みが走り、ベンチから崩れ落ちる。
呼吸が乱れ、息をするのも苦しくなってきた。
目から涙が出てくる。
「ぐっ…うっうわぁぁ…!」
耐えきれず、悲鳴をあげた時、
「…ふっふふ。あは、…あはは!!」
「アハハハハハハハハ!!!」
俺がコンクリートの床にのたうち回っている中で、絶叫、悲鳴に近い狂った笑い声が聞こえてきた。
「…??!!」
苦痛に顔を歪めながら、見上げると
声の主は、ーーーー宵間だった。
「……ぐっ、よっ宵…間…?」
信じられなかった。
まさか、宵間が…
でも、なんで…
「アッハハハ…はーーあ…」
笑い終えたと言わんばかりに、わざとらしくため息を着く。
一瞬、真顔になった宵間の顔は恐ろしく冷たかった。
「隆二くんが死んじゃうから、簡潔に話すね♡」
そうして、俺の意思に沿わず、話し出す。
「私、茅野ちゃんてだーい嫌い♡」
…何言ってるんだ、コイツ?
♡がわざわざ語尾につくような話し方で宵間は話す。
宵間はキャラが変わったようだった。
何時もの、暗い感じが全く持ってない。
「だってあの娘、私のジャマばーっかりするんだもの。私が笑った時、覚えてる?澄んだ瞳で見つめていたの、気づいてた?それもぜーんぶ、全部ジャマするの。あの娘が…あの、娘が…!」
笑った時と言うのは、自己紹介の時だろう。
…見つめていたのは知らなかった。
要するに、宵間は俺が好きだったけど、俺は阿莉沙と付き合った。
それが許せなくて俺を殺した?
「ひどいひどいひどいひどい!」
とうとう宵間が取り乱した。
簡潔に話すと言ったのは、何処に言ったのだろう。
今にも意識を失いそうだが、聞かないといけない気がして、本能的に意識が残っている。
「…だからね、私、バレンタインにあげたの。貴方に。休みの間にコッソリ茅野ちゃんのと入れ替えて♡」
「……!」
意識が朦朧として、もう喋ることすらできない。
だが、お構い無しに宵間の話は続く。
「毒を仕込んだの、苦労したのよ」
「ちゃーんと私の話を最後まで聞けるように、分量を計るの、頑張ったんだから!」
頬を紅潮させ、自信満々に話している。
自慢も何も無いのだが。
「でももう限界みたいだね…煌乃、悲しい。まぁ話せて良かった♡…じゃあまたね。…おやすみ」
三日月のような形で弧を描いて宵間は笑う。
綺麗な、でもゾッとするような微笑みを浮かべて手を振っている。
あぁ、最後に見るのは阿莉沙の顔が良かった。
視界が白く霞んでいく。
ゆっくりと意識が途絶えていく。
俺は目蓋を静かに閉じた。
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