第6話

第4話:一ノ瀬 日華


母は、可愛いものが好きだ。

キラキラのアクセサリー。

フリフリのリボンに、レース。

女の子が好きなものが、好きだった。

そして、それは僕に押し付けられた。

「日華、可愛いわ」

うっとりした口調で、満足気に母は笑う。

それに合わせて「ありがとう」と貼り付けた笑みを浮かべる。

僕は母の『人形』だ。

母は僕を女の子だと思っている。

本当は女の子が欲しかったらしい。

だが、実際生まれてきたのは男の子…僕だ。

母は余程ショックだったのか、僕に『日華』と女の子らしい名前を付け、しまいには母好みの服を着させるようになった。

唯一、僕の味方だった父も、母の言動を見て耐えられなくなり、やがて出ていった。

「…日華、あなたはずっと可愛い子でいてね。お母さんの…可愛い"娘"でいてね」

良く母はこう言う。

その度に吐き気がする。

それでも怒りの感情を押し殺し、見えない仮面で蓋をする。

10年以上費やして作り上げた『笑み』は、母の機嫌を取るには容易いものだった。

「……もちろん。"私"は一生お母さんの可愛い娘だよ。」

今日も笑みを浮かべる。

姿鏡に写る自分は、嫌味なほど可愛くて、肩に手を置き、顔を僕に近づけてまた満足気に微笑む母も写していた。

早くこの牢獄から逃げられないかと、目をつぶった。


十年後。

"私"は、大人になった。

今はあの家を出て、1人で暮らしている。

家を出るのは簡単だった。

「可愛い一人部屋を作りたいから一人暮らししたい」

そう言うとあっさりOKしてくれた。

完全に自分好みの娘になったと思い、喜んでいるようだ。

嘘はすぐにバレる。

だから、ちゃんと部屋は可愛い感じにしてある。

『嘘』が『本当』だと思わせるように。

そして、仕事は服飾系に務めている。

やっと叶った、念願の自由。

それなのに…

「…なんでアイツがいるんだ…!」

アイツ…とは母のこと。

もちろん、一人暮らしなので誰もいない。

心の中にフッと母が浮かんでくるのだ。

あの忌々しい笑みを浮かべた母が…

そのおかげで可愛い服を着ることを止められていないし、部屋もこの通り。

自分は本当の意味で『自由』になっていないのだと、つくづく感じた。


眠れない夜が続く。

ふとすれば、浮かぶ母の顔と言葉。

呪いのようにしがみついて離れない。

「…もうやめて…やめてよ…」

自分の中で何かが壊れる音がした。

次の日、血にまみれた母と、手に持っている包丁。

そして、パトカーのサイレンの音がやけに耳に響いていたのを、今でも良く覚えている…


「…このままいけばあなたは懲役5年でしょうね…聞いてますか?一ノ瀬さん。」

目の前で面倒くさそうな顔を浮かべる弁護士が、資料を並べている。

事件を起こしたあの後、近所の人が通報し、私は逮捕された。

「………。」

何も話さない私に、これ以上話はできないと思ったのか、弁護士は帰っていき、私は牢へ戻された。

しゅるり、と髪につけていたリボンを解く。

これは初めて自分で買ったもの。

母を殺せば、自分の言動は止まると思った。

母の呪いから解放されると思った。

それなのに…気づいてしまった

「…私が…好きだったんだ…」

気づくと涙で視界がぼやけていた。

可愛い洋服も、メイクも、アクセサリーも。

ぜんぶぜんぶ、最初っから好きだったんだ。

母の行動のせいにして、着て。

自分の感情に気付かないふりをして、ずっと母のせいにしていた。

今更すぎる。

自業自得…なんという愚かな罪。

「…私ももうすぐ逝くから、お母さん」

リボンを髪に…ではなく、首に巻く。

牢の鉄格子にもリボンを巻き付け、腰を下ろす。

そのまま一気に滑るように足を蹴った。

「…っぐ」

くぐもった声がでる。

苦しくて、涙が目に溜まる。

手で首を掻きむしる。

しばらくして視界が曇ってきた。

意識も同時に霞んでいく。

一ノ瀬 日華、牢でーー









息絶えた。

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