第2話


お風呂?それもこんな時間に?


今日は雨も降ってないし特別寒い日でもない。


若干の違和感を抱えつつも。お風呂中だったらしょうがないか。


それとも例の『好きな人』と使ってる?


それを想像するのも何だかイヤだったけれど、家で彼氏と風呂を入るなんて大胆なこと乃亜姉がする筈もない。


一応「来たよ~」と言う意味で茶色い木でできた扉をノックしたけれど返事がない。


脱衣所にはいない、ってことか。ってことは脱衣所には入っていいよね。親しき中にも礼儀ありだ。


「乃亜姉?」と声を掛けながらそっと脱衣所の扉を開けると、やっぱり乃亜姉は居なくて。その向こう側のすりガラスの扉のバスルームにもシャワーを浴びてる気配はない。


ここで若干の違和感を覚えた。


普通、お風呂を入るときって着替えや下着を用意するものじゃない?それが見当たらない。






何かが変だ。




乃亜姉には彼女のいっこ上のお兄さんがいる。あたしは明良兄あきらにいって呼んでる。もしかしてお風呂を使ってるのは明良兄かもしれない。


しかし


「明良兄?」と聞いても返事がない。




「乃亜?開けるよ?」別に女同士だし、この歳になってもお風呂に二人で入ったことも何度もある。けれど一応断りを入れて引き戸を開けると


あたしは目を開いた。



乃亜姉は制服姿のまま水のたまった浴槽に左手を突っ込んで浴槽のへりに頭を置いていた。乃亜の茶色い髪は半分程水に浸かっていて、その左手首から真っ赤な血が出ていたから。





「乃亜!!」





あたしは靴下のまま乃亜姉に走り寄ると水の中に沈められた左手を慌てて取り出した。


浴槽の面積、水の量、そこに浮かんでいる赤い出血の量からしてまだ時間が経ってないことを素早く頭の中で計算した。


あたしは風呂場を一旦出ると学校の鞄からスマホを取り出し、タオルの棚からタオルを取り出した。



頭がパニックになりそうだった。



けれどやることはまるでルールブックを読むようにスマホで119を押しながら、首にスマホを差し入れ分厚いタオルで乃亜姉の手首の傷を覆った。



乃亜姉の体はまだ温かかった。



「乃亜!しっかりして!」



抱き起こし、慌てて乃亜の手首をタオル越しに掴むと、乃亜姉はあたしの腕の中で小さく呟いた。







「か……みし……ろ、せ…んせ……」







かみしろせんせい!?



誰よ!それ!





動脈を切ったぐらいで人は死なない。ただ出血が多いと手遅れになる。冷静な自分と、パニックを起こしそうになる自分と闘いながら何とか119番に通報した。



発見は早かったみたいで、恐らく乃亜姉が手首を切ったのはあたしがこの家に来る直前。五分前後と言った所か。傷口もそれほど深くなかった乃亜姉は一命を取り留めたものの、ショック状態で一年も眠ったままだ。




自殺未遂だった。




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