はじまりの予感

第1話

■はじまりの予感



◇◇◇◇◇◇◇◇






あ、雨……





雨は突然降りだした。


しとしとと、音もなく。




あたしは教室の窓の外をぼんやりと眺めた。




雨は嫌い。


あの日を思い出すから―――





―――……


一年前―――






乃亜のあ姉入るよ~」


あたしたち家族は隣のくすのき家と親しくしていた。


家も隣同士、一つ年上の乃亜姉のあねえとは生まれた時からずっと一緒に育ってきた。幼稚園、小学校、中学校は勿論のこと。



友達が居ない、両親は海外赴任中あたしにとって乃亜姉はあたしの全てだった。



乃亜姉はあたしが少し心配になるぐらいおっとりとしていて優しい。だからか、あたしの話し相手はもっぱら乃亜姉だった。学校がつまらないこと、クラスの男子に告白されて『無理』って一言言ったら強引な手段に出て何とか物にしようとしてきたとき返り討ちにしてやったこと、クラスメイトの女子の陰口やいじめに辟易してること、ほとんど毎日日記のように乃亜姉に報告してた。



この日も例外じゃなかった。両親揃って海外赴任をしている一人の広い家に帰るより乃亜姉と喋ってると「寂しい」なんて思ったことなんて一度もなかった。



友達とも、親友とも、幼馴染とも言える間柄だったけれど乃亜姉のことは一こ上と言うことで一応「お姉」と呼んでいる。 そう、彼女は私にとっての唯一の家族だったんだ。




「乃亜姉いないの~?」




いつもならあたしが来たら、走って出迎えてくれるはずなのに……



乃亜姉も人形みたいに可愛いからあたしと同じ悩みを抱えていることが多くて、お互い励まし合ったり、同情したりで、彼女もたぶんあたしの話を楽しみにしてくれてた気がする。



この頃あたしたちは学校が変わって……と言うか乃亜姉が高校進学して異なる環境を夜通し話しては笑いあっていた。




乃亜姉は最近、恋をしたようで、その『好きな人』とのことをあたしに話し聞かせた。



あたしの方は……そうだな、あんまり学校が好きじゃなかったし、そもそもお喋りが好きな方じゃない。


だからあたしはいつも乃亜姉の恋バナの聞き役に徹していた。



女子間のお喋りって得意じゃないけど、と言うかむしろ嫌いだったし、この頃クラスの女子が固まって誰々が好きとかキスした、とかで盛り上がってたけど、あたしはその輪に入りたいと思わなかったし、入らない。





『くだらない』




と、思っていた。何で女って好きな男のことだけであんなに盛り上がられるんだろう。


バッカじゃない?





恋する余裕があるんなら数式の一つでも覚えた方がよっぽど楽だったし、楽しい。


だからその意味なんて分からなかったし、理解しようとも思わなかった。



そんなあたしがクラスで『浮いた』存在だったのは確かで、でもそれを恥じたこともなければ嫌な気持ちになったこともない。



あたしは、最近その理解できない『恋バナ』と言うヤツを聞かされてる。


でも、不思議だね……



乃亜との話は全然苦じゃないし、むしろもっと聞きたいと思ってたんだ。



だって『恋』をした乃亜姉はとても




きれいだったから。




「乃亜姉?いないの?」



あたしは無断でリビングまで歩いていった。


リビングに乃亜姉の姿はなかった。


「乃亜?」と声を掛けて勝手知ったると言う具合であちこちの部屋を歩いて回ったらバスルームから水が流れる音が聞こえてきた。




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