第29話

21話:拝啓 短時を過ごした友よ


拝啓 短時を過ごした友よ


君はこれを見て、笑っているかもしれない。

だが、どうか最後まで見て欲しい。

…僕に出来るのはこれが最後だから。

難しい話はあまりしたくないから、思い出話でも書く事にしよう。

…僕と最初に出会った日を覚えているかな?

僕が道に迷って森に間違って入った時、君と出会った。

けれど、君は「興味無い。さっさと帰れ。」の二言で追い返そうとした。

どうやら、テリトリーだったようで、えらく不機嫌な君の顔を今でも覚えているよ。

その時、僕は10もいかない歳だった。

それなのに助ける事も慈悲の言葉を掛ける事もなく、追い返そうとしたんだ。

なんて、薄情な人だと思ったよ。

…あ、ここで怒って破り捨てないように。

君には最後まで読んで欲しいんだ。

最初に会った時から、君は不思議な空気を纏っていた。

どこか、人間味のない、人間とは思えない雰囲気。

…でも、それが何気に心地よくて。

自分でも不思議なんだ。

ここにいたい、と思ってしまった。

…もちろん、君とね。

それから、僕は君と話せるように努力した。

と言っても、ウザがる君を無視して毎日来た強情な男になっただけだけど。

それでも、君は無理に返そうとしなかった。

それどころか、日が経つにつれて話すようにもなった。

話も聞いてくれるようになったかな。

…僕が人間の話をすると、いつも興味を持って聞いてくれたよね。

外見は聞く気まったくないように、本を見ていたけれど。

それでも、表情が"楽しい"と物語っていた。

僕は、それだけで嬉しかったよ。

そして、心を開いてくれたのか、自分が何者なのか話してくれた時も。

…あれほど、嬉しかったものは無い。

次は…暗い話はあまりしたくなかったんだけど、知っていて欲しいから書くよ。

…暇、眠いからって投げ出さないでね。

僕が、"死"を知った時の話だ。

彼は、"紅"と名乗った。

自分は死神で、とても偉くて強い、とも言った。

何が起こっているか分からず、思わず「貴方は誰か。」と聞いた。

すると、彼は答えてくれたよ。

「俺は紅月の死神だ。死神一…いや、世界一最強の死神だ。」と。

それから、色々僕に教えてくれた。

紅月の死神とは何か。

何をしたいか。

そのためにはーー何が"必要"か。

僕は最初、反対した。

だってそれは、あまりに無謀で、あまりに残酷だったから。

…けれど、それは合理に合えば意見は変わる。

ある、提案をされたんだ。

「…お前の死神をくれ。そしたらソイツは救われる。」

その時…君の顔が浮かんだ。

僕は人間だ。

それは絶対に変わらない事で、決められた事だ。

そして、人間には寿命がある。

僕の方が先に…確実に君を残して逝くだろう。

だから、君にとって最善の行動を尽くすと決めた。

…この手紙を君が読む頃には僕は死んでいるだろうから、結末は君が教えてくれ。

この手紙に君の名前を書こうと思ったんだが、やっぱり自分で伝えた方が良いと思ったから書かない事にするよ。

その時が来たら伝えるから。

…あ、泣いちゃった。泣かないって決めたのに。

可笑しいね。

ここでは笑ってよ、何時もみたいに。

…次は、そうだな。

僕の過去の事について書いておく。

君には僕と言う名の人間がいたって事を覚えていて欲しいから。

…僕は、都会の大きな屋敷に住んでいた。

父と母と、それと…兄。

父は有名な銀行家で、母は元有名女優。

兄は何でも出来る天才だった。

年は10離れていて、僕が五歳になった時には兄は十五。

その時から何でも出来ていて、小さい頃は憧れだったなぁ。

…あ、だったと言うと語弊かもね。

確かに憧れだけど、あの頃の純粋な気持ちで今は言えないかもしれない。

父と母は厳しい英才教育をする人だった。

僕も弟だったけど、結構厳しく育てられてね。

水泳、剣道、茶道、英会話に哲学、バスケ…数え切れないほど数々の事を学んだ。

兄も同じだったんだろうが、やはり大きな格差があって。

本当に何でも出来た。

僕なんか何をしても霞むくらい。

絵画で銀賞をとっても、兄の金賞で。

水泳で新記録を更新しても、兄の全国大会で。

アメリカのマサチューセッツ工科大学に留学しても、兄のハーバート大学で。

色んなもので抜かされ、呆れられた僕は、兄のお飾り役でしかなかった。

父と母は兄を褒め、僕を罵倒・謙遜した。

そんな矢先の事だったんだ。

兄が失踪したのは。

父と母は慌てた。当然だと思った。

僕も兄自身は嫌いじゃなかったから動揺したよ。

兄は…僕に対しては無口で冷静だったけど、世渡り上手な人だったから。

人柄はそこまで悪い人ではなかったからね。

けれど、少しだけ寂しかった。

だって…その日は、僕の誕生日だったから。

結局、兄を探すのにその日だけでなく、何日も続き、見つかったのは樹海だった。

死因は首吊りによる、縊死。

自殺と見なされた。

後から使用人に聞いた話だと、右手に論文の大賞の症状を丸めて持っていたと言う。

そこには、一文ーー

『ごめん』


何に対しての謝りか、僕には分からなかった。

君には分かるかな。

…ごめんね。分かるはずないのに。

父と母は兄がこんな形で死ぬ事が許せなかったのか、事実を隠蔽した。

詳しく言うと、"自殺"と言う事実を隠した、と言った方が正しい。

世間の目を気にしたんだ。

あれだけ可愛がっていた自慢の息子でも、世間のために"死"を変えられた。

その事を考えると、途端、無気力になった。

兄は"事故"と言う名の死を遂げた。

世間一般的に。

兄の何のためにやってきたのだろう。

何のために、死んだんだろう。

何のために…メッセージを残したんだろう。

思う事は散々で、言いたい事は百あった。

それから父と母が言う事が雑音に聞こえ、何もかもに疲れた僕は、山に入った。

兄の気持ちを知りたかったんだ。

…本当は、樹海に入るつもりだったんだけど、そんな勇気は僕にはなかった。

そして、たまたま入った森で、君に会った。

ロマンチックだよね。

…今、君はどんな感情で見ているかな。

でも、どうか何時もみたいに笑って見てほしいな。…本当は、ちょっぴり哀しんで見て欲しいけど。

それと。

これは遺言じゃないよ。手紙だ。

…最後に見栄を張らせてくれ。

長くなったな。

簡潔に書こうとしたのに。

最後には何を書こう。

キン、あまり口を悪くしてはいけないよ。

パセリが嫌いだったけど、好き嫌いしてはいけないよ。

出会いは大事に、自分を大事に。

運動神経が良いから、自分の強みを活かして誰かを助けられるように。

後はーー

書こうと思わなかったけど。


『…ありがとう、ごめん。……愛してる。』


敬具 ▍▍▍▍▍

「……してる、か。」

キンは呟いた。

手紙はまるで濡れたように丸いシミが所々できていた。

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