最終章

第30話

22話:正解は無い。だが、人は選択肢を間違える者である。


「…お前ッ!!」


唸るような声を上げる。

「…久しぶりだな、青年。…話をしようじゃないか。」

まるで戯言を聞くように軽やかな口調で話す。

「…話も何も…!莢華は…!今までなずなを忘れて…可笑しな事を…!」

色々聞きたい事と気持ちが溢れ、叫ぶ。

「…おいおい…。一方的に責めるなんてひでぇなぁ。そもそも説明したじゃんか。"幸せになる覚悟"。そのためにこんな大掛かりな計画をしてやったんだろ。」

そうだった…。

その事を思い出し、冷静になるために深呼吸をする。

少しして、落ち着いた。

感情任せで動いては、何も解決しない。

むしろ何も知らないままで終わると言う、最悪な状況にもなりかねない。

冷静になり、話さなければ。

今後の事もある。

「…そーだ。冷静になれ。…まず、何を話そうかね。」

そう言いながら、他人事のように興味がなさそうで、新しいビール缶を開けて飲んでいる。

ビール缶を見る度、先程まで隣にいて笑っていた莢華の顔が浮かぶ。

いくら死神の力で好きになっていたとしても、覚えているうちは心配になる。

「…あぁ。安心しろ、莢華達は元々存在していない奴らだ。私がお前のためにわざわざ用意した奴らだよ。」

"わざわざ"を強調し、嫌味ったらしく言う。

そもそもこの計画(?)をしたのは死神の方だろうに。

言ってもキレられるだけなので、言わないが。

そんな事より大切なものが、今目の前にゴロゴロあるのだ。

一つ一つ、解決するまで終われない。

「…これから質問攻めだぞ、死神。覚悟しておけ。」

死神は飲もうとした手を一瞬止め、ほくそ笑んだ。

「…そりゃ楽しみだぜ、青年。」

グイッとビールを飲む。

その顔は、何か面白い事が起こる予感をした顔だった。


***


死神の回答


…まず、何を聞こうか。

直人はそう思った。

聞きたい事は山ほどある。

だからこそ、頭の中でこんがらがって上手く口に出来ない。

死神はビールがあるからか、部屋を出ていく気は無いように見える。

自分の起こしたイタズラを、片付ける(最後まで見守る)のも仕事の内だろう。

「…えと、取り敢えず莢華達との生活は終わりなんだな?」

「と言うと、ハーレム生活終わりかって聞きてぇのか?」

「…嫌な言い方するな。まぁ、言えばそうだけど。」

ムッとする。

俺だって好きでこうなったわけじゃない。

できるならなずなとーー…

「…ん。そうだな。終わりだぜ。お前はこれから普通に生きてくんだ。…まぁ、普通とはいかないか。」

そう言いながらバリッとイカ天の袋を開けている。

…おつまみまで食べるつもりなのか。

しかし、俺は話を聞ければ良い。

「…今までの事はすべて無くなるのか?…記憶とかに影響はあるのか?」

「…あー…。そこは大丈夫。私が都合のいいようにイジるから。」

…なるほど。現実世界に異常はない、と言うことか。

まぁ、これも現実と言えば現実なんだけど。

死神は本当に何でも出来るらしい。

羨ましい、都合のいい奴だ。

「…最後だ。あの時の…"願い"は果たしてくれるんだな?」

死神はイカ天を口に入れ、ジッと俺を見る。

そして、フッと笑った。

「…何が可笑しーー」

「あぁ、果たすぜ。…お前の意思が変わらねぇ限りな。」

「…。」

その答えに思わず黙る。

安心とも何とも言えない、複雑な気持ちだ。

「…お前はどうだった?青年。」

「…どうだった…って?」

「…私が用意した生活はどうだったって聞いてんだよ。」

「…あぁ。死神の力で好きになって過ごしたけど…どの彼女達も良い人だったよ。」

言いながら、彼女達との日々。彼女達を思い出す。

赤芽は、いつもニコニコしていて、楽しそうに洋服を選んでは嬉しそうに話してくれる。

好きな事に素直に一直線!と言う子。

凪は、運動神経が良くて野球が大好き。元気を出してくれる子。

葵は、大人しくて謙虚だけど、笑った顔がとても可愛い。優しい子。

蘭は、真面目でクールな後輩。だけど、時々優しくて照れるところが可愛い子。

撫子は、落としやかで丁寧な人。接客上手で思いやりの強い子。

まほろは、ふわふわしたドジっ子。けれど、自分の思った事をはっきり言ってくれる子。

莢華は、酒が好きで酒豪。たまに何を思ってるか分からないミステリアスな子。

皆それぞれ個性があって、負けず劣らず良い子だった。

個人としてはとても良い子達だったけれど…。

俺にはなずながいる。

あの日、事故に遭ったとしても。

「……で?私はお前の願いを叶えに来たわけだが。…本当に変わってねぇのか?」

死神が、尋ねる。

俺の、願いはーー

"なずなの死体をくれ"

あの日、魂を取りに来た死神に願った事。

それは残酷にも変わらない。

自分が可笑しな事を言っているのは分かる。

けれど…そんな方法じゃないとーーなずなは戻って来ないじゃないかッーー。

藁にもすがる思いで願ったあの日、何が何でも彼女を取り戻したいと願った。

死神の"プレゼント"も貰って過ごしたが、やはり気持ちは変わらない。

彼女が…なずなが欲しいーー。

「…なぁ、死神。」

ポツリと独り言のように話しかける。

「…んぁ。なんだ?」

寝ぼけたような声で返答が帰ってくる。

「……なずなは…本当に返って来ないのか…?」

直人は絶望に等しい顔をしていた。

俯き、今にも倒れそうなくらい弱々しい。

「…淡い期待持たせねぇように言うが、死人は戻って来ない。」

ピクリ

直人の肩が震え、止まる。

「…何度願ったって、祈ったってやったって。人は一度死んだら二度と戻って来ない。…それに死人が生き返ったら世界がゾンビで埋まるぞ。」

半分冗談で言ったのだろうが、ここには誰も言い返す気力のある人はいなかった。

「…そうか、もう、帰ってこないんだな。なずなは。」


"俺のせいで"


ツーーー…と一筋の涙が頬を伝う。

なずなはこれから一緒に残りの二年間の大学生活を過ごして、卒業して仕事もバリバリ働いてーー。

もしかしたら結婚して幸せな家庭を築けていたかもしれないのに。

その未来を、運命が、俺が失わせたんだ。

ただただ失望感と喪失感が増していくばかりで希望の一つもない。

どうしたら…どうしたら、なずなは幸せになれる?

どうしたら、なずなは…俺の元に帰ってくる?

帰って 帰って 帰って 帰って 帰って 帰って 帰って 帰って 帰って 帰って 帰って 帰って 帰って 帰って 帰って 帰って 帰って 帰って 帰って 帰って 帰って 帰って 帰って 帰って 帰って 帰って 帰って 帰って 帰って 帰って 帰って 帰って 帰って 帰って 帰って 帰って 帰って 帰って 帰って 帰って 帰って 帰って 帰って 帰って 帰って 帰って 帰って 帰って 帰って 帰って 帰って

帰って来てよ、"なずな"。

プチン

俺の心の中で何かが切れた。

「…あ、」

そうか…戻ってこないなら…やっぱり"返して"、もらったらいいんだ。

なずなは俺の隣にいてもらわなくちゃ。

なずながいないと駄目なんだ。

あんな…一瞬の事故だけでなずなが帰って来ないなんて…許せない。


『直人くんは直人くんのままで良いんだよ。』


声がした。

バッと振り返るが、そこには笑うように照らされる満月のみ。

同時に、伊達眼鏡をかけて微笑むなずなの顔が浮かんだ。

都合の良い、言葉。

だが、俺を救うには充分な言葉だった。

「…死神。」

ビール片手に暇そうにしている死神がこちらを見た。

「…ようやく決めたか?朝日直人。」

「…あぁ。宜しく頼む。」

それは肯定の言葉だった。

「…青年、朝日直人の言葉を受けた。その願い、五柱の死神が必ず、叶えよう。」

そう言い、パチンッと指を鳴らす。

ドサリ

朝日直人は床に倒れた。

心なしか、笑っているように見える。

死神はそれを冷ややかに見つめると、飲み終わった缶ビールを投げ捨てた。

カランカランと、静かな部屋に乾いた音が響く。

残った液体が僅かに零れた。

窓が開き、冷たい風の入るベランダへ出る。

そしておもむろにポケットからライターと煙草を取り出した。

ベランダの壁に持たれ、火をつける。

シュボッと良い音を立て、チロチロと火が燃えた。

「…今夜は良い月だなぁ。」

その一言は、煙草の煙と共に夜に溶ける。


***


月明かりの指すワンルーム(一部屋)


「…結局あれは何だったのかな。」

あれとは、事故の時の死神である。

『…さぁ、悪魔だったのかもしれないね。』

彼女の哀しそうな声が聞こえる。

「…そうかもね。」

あれは結局分からずじまいだった。

あれだけ不思議な体験をしたのに、平然と恐怖心も興奮もないのは、三年前から始めた"彼女探し"の方がよっぽど不思議で輝いていたからだろう。

もしかしたら、"あれ"は二人の幻聴で妄想で、本当は何もなかったのかもしれない。

分からない。

それでも二人は今ある幸せの方が幸せだった。

長方形の縦長の箱を見つめる。

そっと手で触れた。

直人は"一人"呟いた。















「…愛してるよ、なずな。」


[完]

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る