第27話
20話:枯れる花は嗤う
高校3年生の時、髪を伸ばしていた。
自慢の髪だった。
銀色に、ワインレッドの毛先。
誰にもない髪色で、自分らしくて、自分だと思えたから好きだった。
けど、切った。
高校3年の冬の初めだった。
***
高校一年生
入学式の時だったかな。
直人君に出会ったのは。
出会ったと言っても、見かけただけだったが。
最初に思ったのは、"優しい人"だった。
清掃員さんが困っているところを助けていた。
そんな人もいるんだな、と感心したのを覚えている。
それからだったね。
直人君の事が気になり始めたのは。
好奇心だったんだ。
同じクラスだったから、どんな相手か無性に気になって。
気づいたら、目で追っていた。
そんな、ある日だった。
カタン
朝、靴箱の扉を開けると、何かが滑り落ちた。
落とさないように、掴む。
(…手紙…?)
それは真っ白な一通の手紙だった。
誰にも見せてはいけないと何故か思い、辺りを見回し、誰もいない事を確認すると、開けた。
『水瀬さんへ。今日、放課後残っていてください。』
一行の文が、真ん中に書かれた手紙。
差出人は、あの朝日直人君だった。
驚いたよ。
まさか、あちらも知っていたなんてね。
同じクラスだから、知っていても当然だが、あまり関わった事がないから、余計に驚いてしまった。
(…話…話、か。)
何があるのだろう、と胸がワクワクした。
***
現実は、予想の斜め上を行った。
「…付き合ってください。」
まっすぐとした目で、私を見る。
一瞬、思考が停止した。
本当にこんな事ってあるのだな、とただ一言、思った。
私なんかが…と思ったが、答えは決まっていた。
自然と口が動いていた。
幸せだったよ。正直。
こんなにあって良いのかと思うほどに、たくさん直人君からは幸せをもらった。
修学旅行、デート、手繋ぎ、放課後に話したり…
自分だけでは…今まで気にしていなかった事が、全部特別で…できた事が嬉しかった。
高校三年で、打ち砕かれるとは知らずに。
…儚い夢となる事を知らずに。
それは、高校三年の冬の事だった。
「…すまない、直人君。今日は少し用事があるから、先に帰っててくれないか?」
その日は日直で、先生に出席簿を出していなかった。
「待っとくよ。」
「…いや、私が人を待たせるのは嫌でね。駄目か?」
「…そっか。分かったよ。またね、なずな。」
「…あぁ。また。」
手を振り、別れた。
「……。」
出席簿を閉じ、一呼吸置いた。
「…おやぁ?まだ、こんな時間に生徒が残ってんのか。…ま、邪魔するぜ。」
声の主は、窓から飛んで入って来た。
スタッと軽やかに着地する。
私は驚かなかった。
その人は、生徒でないと一目見て分かった。
フード付きの黒のワンピースに黒のロングブーツ。
目が隠れるほど長い金髪の髪。
ストレートな髪はサラサラと揺れ、やがて落ち着いた。
「…窓から入ってくるとは、豪快だね。何の用で来たのかな?」
その人は、一瞬驚いた顔をする。
見えない者でも見たかのような顔だ。
私のよく知っている、顔。
「…こりゃ驚いた。」
ボソッと呟いたかと思うと、話しかけてきた。
「…お前こそどうしたんだァ?しかしつまんねぇな。驚きもしねぇ。…まるで、最初から分かってたみてぇだ。」
「…まぁ、ね。」
薄ら笑みを浮かべ、呟く。
「…それで、君こそここへ何をしに来たのかな?まさか、学校へ用はないだろう?」
「あるわけねーだろ。目的はお前だ。」
そう言い、指さす。
「…失礼だね。一体私に何の用かな?」
指と指を絡め、顎を乗せる。
「…お前だから単刀直入に言わせて貰うぜ?お前は…三年後に死ぬ。」
目を見開く。
何となく、分かっていた事だった。
彼女を見て、確信が生まれた。
「…そう言うのは普通、一年後とかじゃないのかい?」
「…うるせーな。早く遊びてぇから早めに教えに来たんだよ。」
「…随分いい加減だね。死神とはそんなものなのかな?」
「…そこまで読んだか。お前と話すなら有意義な話になるだろうな。」
死神は笑った。
「…お褒めに預かり光栄だが、私はあまり多くを語らないよ。話すなら、君が話してくれ。」
「…笑えるぜ。やっぱりお前は面白い、水瀬なずな。」
嘲笑。
「…名前も知っているのか。流石だね。どこまで知っているか、聞いてみたいものだ。」
「…んなの自分で考えてみな。それか、死神にでもなるか?ヒマだし、めんどくせぇぜ?」
「…お断りしておくよ。悪いが、私は非科学的な物は信じない質でね。」
「そうかそうか。そりゃあ残念だ。せっかく出来そうな奴がいるのに。惜しいぜ。」
本当に、少しだけ悔しそうだった。
「…すまないね。」
呆れたように、笑った。
怖くなかった。
昔から"こう言うの"は良く見えていたから。
ただ、友人と世間話をするように、彼女と話した。
「…驚いたぜ?驚かないのもそうだが、見えるんだな、お前。…今更か。」
「…あぁ。昔から、ね。たまにあったんだ。」
皆に見えないものが、私には見えていた。
学校で 病院で 道端で 店で 家で
ありとあらゆる場所にいて、その度に見なかった事にしていた。
「…アイツには話してねぇのか?…ほら、朝日直人ってヤツ。」
笑顔が消える。
「…話さないよ。教えたとしても、反応に困るだろう。それに、私が信じていないからね。」
「…ふーん…以外に臆病なんだな、お前。」
人間は面白いな、とショーを見ている子供のように話した。
「…そうかもしれないね。私自身、私が良く分からない。」
片手で頬を支え、視線を逸らす。
「…お前みたいな奴が一番苦労しそうだな。平気装って自分で全て抱え込んで、平気にしようとする。私にゃ、一番理解できないタイプだな。」
「…ハハッそう言われるとは思わなかったよ。」
初めてだ。
この、全て見透かされそうな感じ。
ヒリつく。
「…どーせ、言わないんだろ。朝日直人に。」
何が、と言われずとも分かっている。
「…言わないよ、絶対にね。」
「…絶対、か。」
楽しそうに笑ってる。
「…あぁ。直人君にはこれまで通り、過ごしてもらうよ。…いつか、亡くなるのは私だけでいい。」
「…泣けちゃうね。」
全く泣く様子はなく、笑っている。
「…直人君にはご長寿でいてもらわなくてはね。…私が困る。」
「…そーかい、そーかい。」
普通の返事だった。
呆れたようでも、面白がってるようでもなく。
「…死神ちゃん、一つ、良いかな?」
「…おい、ちゃん付けは止めろよ、気色悪ぃ。何だよ。」
「ハハッすまない。…君、名前は?」
「…名前ぇ?んなの聞いてどーすんだよ。」
「…そう言う事じゃないよ。単純に君の名前が知りたかったんだ。それに、私達は誰にも言えないような不思議な関係だ。…三年後、また会うかもしれない。…知っておいても悪くないだろう?」
1目置いて、彼女は口を開いた。
「…そーかもな。だが、生憎私には名前が無い。」
「それなら私がつけてあげようか。」
「…お、マジで?聞くだけ聞くわ。」
話に乗った。
先程までのシリアスな空気が嘘みたいだ。
「…ふむ……キン…とか、どうだい?」
彼女は大きく目を見開いて、黙っていた。
「…すまない。安置すぎたかな。…君の髪、金色だったから。素敵だと思って。」
「……安置すぎんだよ。それに、名前はなくても呼び名はあるっての。」
ハッとしたように、笑って答えた。
先程までの楽しむような笑いではなかったが。
乾いた…哀愁を漂わせる笑いだった。
「…ほう、何かな。」
今度は、私が興味を示した。
「………ゴールドだよ。」
そう言い、スタッと一蹴りで窓に着地する。
「…帰るのかい?」
「…あぁ。仕事は終わったしな。んじゃまー」
「もう一つ、良いかな。」
「…んだよ。質問が多いなぁ。」
心底面倒くさそうにこちらを見ている。
「…直人君に会ったら、伝えて欲しいんだ。……何があっても、自分のせいにはしないで欲しいってね。」
「…ん。」
今度こそ、窓から出ていった。
行きと一緒で、軽やかに。
「……。」
しばらくして、立ち上がった。
無言で、鞄の中に入っている筆記用具の中から、ハサミを取り出す。
無造作に髪を取り、ハサミを入れる。
が、視界が歪んで上手く切れない。
「…あれ、可笑しいな。泣くはずじゃなかったんだが。」
泣くような…人ではないと思っていたのに。
ジャキン
ハラり、とずっと伸ばしていた長い髪が、冷たい床に落ちた。
次々と切れていく。
涙は止まらなかった。
さよなら 私 さよなら 直人君が好きだった私
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