第25話

19話:家にラブソング


ピンポーン

家のチャイムを鳴らす。

『…はーい。』

少しして、声と共に鍵が開けられる音がした。

「…やぁ、直人君。久しぶりだね。…取り敢えず、家に入れてくれないか?」

早朝 朝六時。

朝日直人の家に来た。


***


「…莢華…どうしたの?」

「…どうしたもこうしたも…私達は日曜日しか会えないのだから、時間は有効に使わないといけないだろう?」

朝にアポ無しで来るのは、彼女と言えど、あまり良くないのは分かっている。

だが、私達には時間が無い。

時間を効率的に使わなければ。

「な、なるほど…取り敢えず、入る?」

「…あぁ。お邪魔させてもらう。」

家に入り、手を洗う。

何回か来た事があるので、家の構造は大体分かっている。

手を拭き、リビングへ向かうと、直人君がキッチンでお茶を淹れていた。

ローテーブルにスマホを置き、座る。

暫くして、直人君が二つのカップを持ち、やって来た。

「…すまないね。朝から来るのは悪いとは思っていたんだが。」

「大丈夫だよ。元から起きる予定だったし。」

「…そうか。」

そう言い、カップに口を付ける。

温かい麦茶だった。

芳ばしくて、美味しい。

「…莢華、今日は髪結んでないんだね。」

「…あぁ。時間がなくて。今、結ぶよ。」

鞄からヘアゴムを取り出す。

それを右腕に付け、髪を無造作に手櫛でといた。

クルクルと髪を巻くと、ゴムで止めた。

真ん中に綺麗にお団子が出来上がる。

両サイドは、ひと房、髪を垂らしておいた。

きっちり結ぶより、少し緩めが良いからだ。

「ハハッ、何時もの莢華だ。」

「…何言ってるんだ。結んでなくても、私は私だよ。」

本当に、何を言ってるんだ、と思った。

「…莢華らしいね。」

「そうだろう。」

フッと笑みを浮かべた。

「…あ、そうだ莢華。」

冷蔵庫を開けながら、直人君が声をかける。

牛乳を取り出し、グラスにトクトクと注ぐ。

「…なんだ?」

「今日七時から大学行かなくちゃ行けないんだ。帰りは…夕方頃になる。…せっかく来てくれたのに、ごめんね。」

「…そうなのか。突撃訪問で来た私も悪いが、早く教えてくれれば良かったのに。」

「…いや、莢華に久々に会えて嬉しくてさ。」

照れくさそうに、直人君は笑う。

本当に思っているのが、伝わる。

「…そうか。私もだよ、直人君。」

今度は、こちらが笑う。

「…家には居てて良いから。ゆっくりしてて。」

「分かった。…私も、少し寝るとしよう。恥ずかしながら、朝には弱くてね。今日起きれたのが珍しいくらいだ。」

「…そうなんだ…ソファとか、使ってくれて良いからね。」

「あぁ。」

いつの間に出したのか、ロールパンを口に加え、モグモグと食べながら頷いている。

最後の少し大きな一欠片を牛乳で押し流した。

「…ングッ。」

「…やると思ったよ。いくら忙しいからって、

押し流したら駄目だよ。」

トントンと背中を摩ってやる。

数秒の後、落ち着いたのか、ハーと短い呼吸をしていた。

立ち上がり、玄関に行き、靴を履く。

「…ごめん、莢華。行ってくる。」

「…行ってらっしゃい。」

バタン

一応、鍵を掛ける。

いくら彼氏の家とは言え、人の家だ。

泥棒でも入ったら、困る。

少し静かだった部屋が、1人になると静寂に包まれる。

「……。」

振り返るとリビングへ向かった。

そのままソファに座り、倒れるようにして横になった。

「…"行ってらっしゃい"だなんて、言う日が来るとはな。」

目を閉じる。

ウトウトと眠気が襲う。

そのまま、意識は遠のいていった。


***


挨拶をすると、思い出す。

自分が"孤独"だと言う事を。

普通を見ると、思い出す。

自分が"特異"だと言う事を。

私の親は、育児放棄の人間だった。

私の事はまるで興味がなく、物心ついた時には親が私に興味がなく必要では無いと知った。

しかし、五歳までは無事に育ててもらえた。

暴力や、精神攻撃はなかったものの、食事の時はお金を渡し、遊ぶ時は四畳の狭い空間に居ろと言われた。

元々、泣きも喚きも笑いもしなかった私は、扱いやすかったのだろう。

丁度六歳になる前に、施設に入れられた。

母は言った。

『…莢華、お前は間違いの子だ。ただ、偶然にして生まれただけ。』

父は言った。

『…お前は不義。なんの価値もない。何処か別の所で才能を夢見るんだな。』

そこからはトントン拍子に私の人生は進んでいった。

何もする事がなかったから、本を読んだ。

ただ、ひたすらに。

施設にあった本を、棚から棚まで、あればひたすら読み漁った。

そうして足りない知識を補い、施設の皆が知らない事も、少しずつ覚えた。

そして、知らぬうちにドンドンと知識は吸収され、高校生になる頃には偏差値80と賢くなっていた。

高校を卒業と同時に、施設を出た。

何故か、生まれ育った場所と遠く離れた大学を選んだ。

本能的な何かだったのだと思う。

遠いので、引っ越した。

寮に住み、目立たずにひっそりと過ごした。

一度、親が来た事がある。

多分、気が変わった、一度だけ娘に会いたい、など都合の良い言葉を並べ、住所を調べあげたのだろう。

それか、金を積んだか。

金だけは持ってる人だったと、記憶している。

『…お前を役立ててやる。少し頭を貸せ。』

父の同窓会に自慢をする為のおめ引き役をやれ、との事らしい。

だが、断った。

あれは、必要とされたわけではない。

ただ、自分の得になるように"道具"として利用しようとしただけだ。

絵を描くには筆と紙が必要なように、良いように見せるには、出来の良い娘が必要。

筆がなかった、ただそれだけである。

『…そうか。最後まで出来損ないの奴が。』

『…いつまでも変わらない木偶の坊ね。行って損した。』

悪態を付き、出て行った。

まるで、断るのを分かっているようだった。

それも、そうか。

どうせ、何の期待もなく来たのだ。

自分達に責がないように、様子を見に来ただけに違いない。

気があるのなら、仮面を被るのが上手い人だ、上手い綺麗事を吐いて近寄るだろう。

善人ヒーロー、偽善者の外面は、年々構築され、成り上がる。

しかしそれももう、私には関係のない事だ。

昔の事であり、深い傷とはなっていないから。

感傷するような過去ではなく、"あった"過去として、考えているからだ。

それでも…直人君。

君が私を"過去"から、"孤独"から救ってくれるのならば、その時は是非…手を掴んでも良いだろうか。


***


「…華、莢華…!!」

「…ん…」

眠い目をこすりながら、起き上がる。

目の前に、直人君が立っていた。

心配そうに、こちらを見ている。

「…直人君か…すまない。結構寝てしまったようだ。」

「…別に良いけど…。まさか、朝からずっと寝てたの?徹夜明け?」

「…あぁ…そう言ったら良いのかな。課題もそうだが…酒を多く飲んでしまった。」

意識すると、頭がズキズキしてくる。

「…全く…。酒好きも良いけど、程々にしなよ?」

「…そうだな。心配させてすまない。」

「うん。」

前を見ると、窓が淡いオレンジ色に輝いていた。

それが夕方と言う事を知らせている。

スマホも、五時三十分と表示されていた。

「……。」

ふと、名案を思いつく。

「…直人君、タコパをしよう。」

「………ん?」

訳が分からない、と顔が物語っていた。

「…どうした、直人君。もしかして、タコパを知らない事はないだろう。たこ焼きパーティーの略称だよ。」

「…知ってるよ、そのくらい。けど、唐突だったから、理解が追いつかなかっただけ。」

少し不満そうな顔をしている。

「…なるほど、それはすまない。…で、どうなんだ。」

「…良いよ。たこ焼きなんて久しぶりだな。」

「…私もだ。さて、時刻は夕方だ。買い出しに出かけよう。」

「…了解。」

直人君は財布を、私は鞄ごと持って外に出た。


***


「…直人君、直人君。デスソースがあるよ。買おう。」

サッと買い物カゴに入れようとする。

が、直人君に取られる。

「何するんだ…。」

「…なんて物買おうとしてるのさ!デスって書いてるよ?意味、"死"だよ?分かってる?」

直人君が、切羽詰まった顔と声で私を見ている。

「…あぁ。分かっている。だから言ってるのだが。…ロシアンルーレット、てきな?」

「…駄目です!……せめて、ワサビでお願いします。」

私が少しガッカリした顔をしたのか、訂正する。

…良い人だ。

その恩に応じて、ワサビをたっぷり入れてあげよう。

密かに、決意する。

「…ねぇ、莢華。絶対今何か悪い事、考えてたでしょ?」

「…そんな事、ないさ。」

「…ほんとかなぁ。」

「…それより、酒だよ。直人君。…何が飲みたいかな?やはり、ビールか?」

「…いや、うん…。ビールで…って莢…」

「さぁ、行こうか。」

直人君の言葉をスルーし、ガラガラとカートを押しながら酒コーナーへ向かう。

「…んー…ビールに、レモンサワーに、ジンジャーエール…あ、これも…」

「…そろそろ止めなさい、莢華。」

手の甲を重ねられ、止められる。

私の後ろから、直人君が手を出して止めていると言う状況だ。

「…その手を離してくれ。酒が買えない。」

「…ストッパー代わりだよ。もう、十分でしょ。」

カゴに入った沢山の酒を見、ジトッとした目で私を見た。

「…後、もう少し減らしなさい。」

直人君がお母さんのようになっている。

酒を二、三本取られた。

「…そんな、非道な…。」

「莢華の事を思ってだよ。」

「…そう言われれば、諦めなくてはいけないね。」

「そうしてください。」

酒を戻し、丁度良くなったところで、レジへ向かった。


***


「…ハー、買った、買ったね。」

袋を片手で持ち上げ、笑う。

「本当だね。これで、後は作るだけだよ。」

同じく袋を片手に持った直人君。

「…あぁ。直人君の腕の拠り所を確かめさせてもらおう。」

少し、意地悪を言ってみる。

「…任せてよ、って言いたいところだけど、簡単だからそこまで見るものないよ。それに莢華ほど、料理上手じゃないし。」

「そうかな。」

自分で言うのも何だが、料理はそこそこ上手いと思っている。

ずっと一人暮らしだったし、手馴れた、と言う感じだ。

「…そうだよ。」

「…まぁ、2人でやったら早いさ。」

そんな会話をしながら、家路に着いた。


***


ザクッザクッ

歯切れの良い音を立て、キャベツを切る。

隣では、直人君が生地を作っていた。

「…このくらいで良いかな?直人君。」

「…あ、うん。完璧。…次、タコ切ってくれない?」

「分かった。」

切り終わったキャベツを、ボウルに入れる。

パックに入ったタコを取る。

透明なフィルムを取り、タコを取り出す。

先がクルンとした、赤く大きなタコ。

滑らないように気をつけながら、手でしっかりと持ち、1口サイズに切っていく。

「…生地、出来たよ。キャベツも入れておくね。…あ、紅しょうがとかも。」

「…あぁ。ありがとう。」

こちらももうすぐで出来るから、待っててくれ、と言い二つ目のタコを切る。

切り終わり、新しい皿を出して乗せた。

他にも、取り皿、箸、コップやらを持ち、リビングへ行く。

直人君はたこ焼き器の丸い穴、一つ一つに油を塗り、温めていた。

「…わ、いっぱい運んでくれてありがとう。皿は、こっちに、コップは…」

私の両手から次々と物を取り、テーブルに置いていく。

「…すまない。助かった。」

「…いや、俺の方こそごめん。いっぱい持たせちゃった。」

「…それは良いんだが。この話は置いておいて、取り敢えず焼こう。」

「うん。お腹空いたね。」

「…あぁ。」

すぐ上にある時計を見ると、時刻は午後六時半を過ぎていた。

道理で、と思った。

ジュウゥゥと良い音を立てながら、生地が流し込まれる。

素早くタコを入れる。

直人君にバレないように、こっそりワサビも入れた。

「…うわぁーもう、美味しそう。」

「…ハハッそうか?…でも、確かにそうかもしれないな。」

酒の蓋を開け、飲む。

プシュッと開く音がし、泡が立った。

「…はー美味しい。直人君、ん。」

片手で酒を渡す。

「…ありがとう…ってもう飲むの…。」

そう言いつつも、蓋を開けている。

ゴクッと一口、飲む。

「…これで、直人君も共犯だな。」

なんて、冗談を言う。

「…あ、図ってたな。」

分かった、とでも言うように私を見る。

「…さてね。」

目を逸らし、酒をもう一口、飲んだ。

「…おっと、そうだ。直人君、」

「ん?」

「…ほら。」

缶を直人君の前に見せる。

「…あ、」

直人君も、気づいたように、缶を見せた。

「…乾杯。」

私は笑うと、そう呟いた。

カチンッ

グラスの当たる音が響く。


***


「…もう、お腹いっぱい。」

さすさすと直人君がお腹をさする。

「…そうだな。たこ焼きとは、以外に腹が膨れるものだな。」

「…ね…。」

「…たこ焼きの生地を使ったデザート、あれも美味しかった。」

実は、少し生地を残しておき、具をチョコなどに変えて焼いたのだ。

初めてやったので、面白かった。

「…うん。…あ、後、莢華。」

「…ん?」

「…予定通りにしたよね、ワサビ。」

「あぁ。」

思い出す。

直人君は、あの時の衝撃的な味が蘇ったのか、渋い顔をする。

結局、当てたのだ。

そして、それが嫌だったのか、私に同じ経験をさせようと、ワサビを入れた。

私は見事当て、食べたのだが、悪いが私はワサビに強かった。

平気で食べていたので、直人君は気づいていなかった。

もうそろそろワサビ入りが出てきてもいい頃なのに、と焦り顔の直人君に、事実を教えると、呆気に取られた顔をした。

あれは、本当に笑った。

あれほど、笑ったのは初めてかもしれない。

「…顔が火照った。熱い。…窓を開けよう。」

ベランダに繋がる窓を開ける。

それから、テーブルに戻り、座って酒を開け、飲む。

テーブルに酒を置く。

スマホを取り、イヤホンを付ける。

少し、いじる。

「…終わったよー。」

洗い物が終わった直人君がテーブルに来た。

「…あぁ。ありがとう、直人君。座りたまえ。酒を飲もう。」

ポンポン、と床を叩く。

「…良いけど、食べてる時も飲んでたでしょ。」

「…悪態は付けないでくれ。」

「…ハハッごめん。」

笑い、私が差し出したビール缶を受け取る。

「…直人君、今日はありがとう。」

「…どうしたの?急に。」

「…また、君と酒が飲めて良かった。」

「…うん。」

「…直人君、最初に会った時を覚えているか?」

「…路上ライブのこと?」

「いや、正確に言えば、家に来た時の事だ。」

「あぁ。うん。もちろん。」

「…あの時、私が言った事を覚えているだろうか?」

「…うん。」

「…あの時の言葉…少し、訂正しよう。」

「……。」

『…非科学的なものは信じない。』

「…少し、信じたくなったんだ。」

目を少し、伏せる。

「…うん。」

「…目に見えない、非科学的な、実物しないものを。…なんで、そう思ったか、聞かないでくれ。」

「……。」

無言を、肯定と取る。

残りの酒を全て飲み干した。

「…私は、」

「…良いなぁ、酒。」

風が、大きく吹いた。

私の言葉を、風が、言葉が、遮る。

直人くんでも、私でもない声。

「…私も飲めるんだぜ?未成年ではないしな。…あ、でも不思議辺りに怒られるか。」

その声の主は、ベランダの欄干に立っていた。

金髪に、顔が半分隠れるほどの前髪。

黒いレインコートのようなワンピース。

後ろにフードが付いている。

「…ッと。」

飛び降りるように、スタッと部屋に入ってきた。

「…は、」

「…え?」

私、直人君は、何か分からず、その人物を見るしか無かった。

「…ありがとな、莢華。出番終了だ。」

なんで、名前を知って。

その人物は、パチンッと指を鳴らした。

フッ

”莢華”が、その場に消えた。

「…は、え、莢、華?」

俺は訳が分からず、すぐ隣にいた莢華の方を見る。

そこには、彼女はいなかった。

ただ、床に無惨に転がる、ビール缶があるのみ。

「…そろそろ思い出してもらおうか、青年。」

不敵な笑みを浮かべる。

その瞬間、全ての記憶が早送りのように、再生されていく。

「…お前ッ!!」

憎悪、怨嗟、嫉み、悔恨、怨恨、遺恨

様々な感情が溢れ出る。

「…久しぶりだな、青年。話をしようじゃないか。」

グイッと落ちたビールを拾い、飲む。

唄うように、哂う。

後ろで、満月が輝く。

俺を嘲笑うかのようだった。

彼女はそうーー『死人の華』

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