第23話

17話:着物と遠距離恋愛


私…河合撫子は、悩んでいますの。

私は京都生まれ、京都育ち。

立派な京都人(?)なのですわ。しかし、直人さんは、京都で育っても生まれてもいないんですの。つまり…

私達は"遠距離恋愛"と言うもので…

しかも、会えるのはたったの"金曜日"と言う1日ですの。

これは、まぁ決まりと言うか、なんと言うか…

暗黙の了解と言うものなのですわ。

それは、仕方がない…"神に運命抗わず"でして。

ですけれど、不思議な縁で繋がって、恋人になった以上、それも気になるところですの。

他の皆様方…は、私よりは直人さんから近いでしょう。

それだと、私には出来ない事が沢山出来るのだと思うと、胸が痛いのですわ。

…しかし、この痛みは病院に言っても治らないように、直人さんに言っても駄目ですの。

直人さんが駄目と言うわけでは決して、ないのですけれど、好きな人に心配して欲しくないですし。

ですから、私で解決しなければいけないのですわ。

でも…1人で解決出来るとは思えませんわ。

それが出来たなら、こんなに悩んでいませんもの。

取り敢えず、私の妹、桔梗に尋ねて見る事にしましょう!

何か良い助言を頂けるかもしれませんわ。

私は自室から出ると、廊下を歩きましたわ。

そして、隣の部屋をノックしましたの。

こちらが桔梗の部屋ですのよ。

「…桔梗、いらっしゃいますの?」

「…なあに、姉さん。」

ノックしてすぐ、桔梗は出てきましたわ。

良かったわ、いらして。

「…少し相談がありまして…宜しくて?」

「…えぇ?姉さんが相談?珍しいね。」

驚いたように、こちらを見ていますわ。

確かに、あまり誰かに相談など、した事がないかもしれませんわ。

…お勉強していらしたのかしら?

机にノートやパソコン、筆記用具がございますわ。

「…で?それで、どんな内容なの?」

勉強してるから早くして、と目が物語っているように見えて怖いですわ。

「…取り敢えず入りなよ。」

そう言い、椅子を取り出し、ポンポンと手を置きました。座って良いのですのね。

気遣いに感謝しながら、座りましたわ。

「…その、実は私…お付き合いしている方がございまして…」

「…え、うん。知ってる。」

何当たり前な事言ってるの、と言葉を続けましたわ。

「…え?私、お話しましたの?」

「…いやいやいや。姉さん、何言ってるの。朝日直人が来てからのあの雰囲気で分かるでしょ。…もしかして、気づいてない?」

「…そっそうでしたの。全く知らなかったですわ。」

「マジか…。」

呆れたような、同調したような眼差しを向けられているように思えるのですが、幻覚ですわよね?

後、何故フルネームですの?

「…それで、直人さんと私は、遠距離恋愛ですから、何か…したい…と思いまして。しかし、出来る事は限られますし…。…どうしたらいいんですの?」

キュッと手に、力が籠りますわ。

バタンッ。

驚いて、下を向いた顔が上がりました。

パソコンを閉じた音でしたわ。

桔梗がキラキラとした目で私を見ています。

…どうしたのでしょう。

「…何それ、可愛い。恋バナじゃん。」

「…え、」

ポカーンー…

私の方が驚いて、固まってしまいましたわ。

「…姉さんから恋バナが聞けるなんて、思ってもみなかった。」

「…え、」

どう言う事ですの?

「姉さん、良いよ。良いですよ。話を聞こう。」

…何故か、乗り気になりましたわ。

別に良いのですけれど、何か複雑ですわ。

「…コホンツ。…それで、姉さんは遠距離恋愛中の朝日直人と何かしたいと。」

「…えぇ、そうですわ。」

「…んー、普通にどっちかが会いに行くのじゃ、駄目なの?」

「…それでも良いのですけど、私達、金曜日にしか会えないですの。それに、お互い遠慮してしまうんですの。」

「…なるほどね。」

状況を把握した、というように頷きましたの。

「…じゃあ、さ。電話とかは?」

「…電話…ですの?」

「うん。電話だったら別に会いに行かなくても良いし、遠距離恋愛だったら尚更特別って感じがしない?」

「…そっそうですわね。」

…電話、考えてもみなかったですわ。

「…こ、今夜電話してみますわ。」

「…そうしなよ。…あ、そのお礼って言うかさ、頼みがあるんだけど。」

「…何ですの?」

桔梗は、パチンと両の手を合わせ、"お願いのポーズ"をとります。

「…町でさ、ちょっと買い物してきて欲しいの。…これ。」

スマホを少しいじり、私に向けました。

…これは、化粧品ですわね。

口紅や、アイラインなどがありますわ。

「…これさ、家のお店で着物を着てくれた人にメイクサービスしようと思って。」

これ、お金ね。と私の手にお札を乗せました。

「売り上げの向上になりますわね!」

なんて素敵なアイデアですの。

これで、もっと沢山の方に着物を楽しんで貰えますわ。

「そう!そう言う事。んじゃ、宜しく。」

「分かりましたわ。」

相談のお礼を言い、私は桔梗の部屋を出ました。

一旦自室に戻り、準備しましたの。

絶対、完璧にお使いを果たして見せますわ!

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

家を出まして、少し歩きましたわ。

…確か、化粧品のお店は歩いてすぐでしたわね。

歩きながら私は考え事をしました。

桔梗には、電話を勧められまして、話は終わりましたけど、どうしたら良いのでしょう。

電話を鳴らして、その後は。

上手く、お話出来るかしら。緊張しますわ。

…直人さんとは、とても良いお付き合いをさせて頂いていると思いますが、…このままで、良いですの?

この離れたままで、直人さんに愛想を尽かされたら。

とんでもないですわ!

直人さんに限って、有り得ないとは思いますけれど…。

もし、そんな事があったらどう致しましょう。

…離縁…とは大袈裟かも知れませんが、そんな事があるかもしれませんわ。

…直人さんには、私の他に7人も彼女が居ますもの。

1人くらい減っても、構わないのでは…

ゾワゾワッッ。

急に背筋に寒気が走りました。

何とも言えない、恐怖と心配が、私に襲い掛かります。

…私は誰よりも直人さんと離れている身。

1番、"そうなる"可能性が高い人なのでは………

ないですの?

ピタリ、と足が止まりました。

恐怖と絶望で、まるで足に鉄の重りが付いているかのように重く、重く、私にくっついて離れませんでした。

折角、桔梗が相談に乗ってくれまして、吹っ切れたと思えたのに。

また、こうネガティブになってしまうなんて。

とてもじゃないですけれど、何も出来る状態ではありませんでした。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

それから、何をしていたか覚えていない状態で帰って来ました。

帰って来た頃には夕方で、もう時期日が暮れそうでしたわ。

空白の時間を思い出す事なく、自室に篭もりましたわ。

"何も考えたくない"

これが1番今の私の心境に近いと思いますわ。

…私は、直人さんにとって、あまり要らない存在なのかもしれませんわ。

考えたくなくても、思い浮かぶ不穏な言葉。

…このような事を考えてしまう時点で、私は駄目な女なのかもしれませんわ。

彼女、失格。

ポタ、ポタポタ。 ポタポタポタ。

次々止めなく溢れる涙が、頬に収まらず、ベッドに零れ落ちました。

私は…どうしたら、良いんですの…?

プルルルルル、プルルルルル

その時、1階から電話の鳴る音が響きました。

店はもう、閉めていますし…誰、ですの?

電話の音が鳴り止みました。

「…はい。……え、……はい、分かりました。」

この声…桔梗ですわ。1階ですから、中々内容は聞こえませんけど…。

所々途切れた声しか聞こえませんわ。

「…姉さーん、電話ー。」

桔梗の間延びした声が、1階から届きます。

「…わ、私…?」

「…姉さーん、早くー!相手待たせちゃうよー。」

…この気持ちで、あまり気乗りはしませんが、相手を待たせるのはいけませんわ。

無礼に値しますわ。

ゆっくり立ち上がり、廊下を歩き、階段を降りました。

「…姉さん、遅いよ。…はい、代わって。」

どこか不服そうな、怒ったような顔で受話器を持っています。

私に怒っていると言うより、相手が気に食わないような…そんな感じでしたわ。

…クレーム客でしたら、どう致しましょう。

そう、考えている間に、桔梗が受話器を私の手に強引に押し付けました。

…私が中々取らなかったですけれど。

「…はい、代わりましたわ。…遅くなってしまい申し訳ございませんわ。」

『…全然良いよ、撫子。』

「…え、な、直人さん…!?」

『…久しぶり。…撫子の声が聞きたくなってさ。……金曜日って長いね。』

照れたような声が、電話越しに聞こえました。

1番聞きたくて、聞きたくなかった声。

「……私は…必要ないですの?1番傍に…近くに居られない私はッ必要ないのでは、ないで…すのッ…?」

涙声で、本音が漏れました。

今まで思ってきた事が、止めなく出てきます。

「…私達はいつも金曜日にしか会えなくて、それに追い討ちを掛けるように遠距離で…どうしようもないんですの…それは分かっていますわ。けれど…何かしたいと言う気持ちが沢山あって…その気持ちがどんどん膨らんでいくのですわッ。誰かに相談しても、拭いきれない不安や恐怖があって、素直に気持ちが軽くなりませんの。……貴方はーッ」

"本当に私が必要ですの?"

『…撫子、ごめんッ。』

「…え、」

思っていなかった、返答でした。

『…撫子を、こんなに不安にさせてるなんて…思ってなかった。…でもね、その気持ちは俺も同じなんだ。』

「…直人さんも…同じですの?」

『…うん。ただでさえ、中々会えないのに遠距離だし、毎週会いに行ける訳でもないし。だから、撫子に愛想尽かされるんじゃないかって。』

「…そんなッ…私は…!」

『…うん。分かってるよ。不安だったけど、撫子がそんな子じゃないってすぐ思えたから。…こうして、安心してた。けど、誰もがそうじゃないって。簡単にそう思えないって、今、知る事が出来た。ありがとう。』

「…どうして…そんな事が…私の方が…お礼を言うべきですのに。」

『…そんな事ないよ。…一人で抱え込まないで、話してくれて嬉しかった。』

それに、と直人さんは話を続けましたわ。

『…こう言えるのは、君の事が好きだから、大切だから、言えるんだよ。』

ようやく、止まりかけた涙が、再び頬に流れました。

私は…何か、大切なものを見失っていたようですわ。

少しの間を空けて、私は呟きました。

「……月が綺麗ですわ。」

見えていまして?貴方には、月が。

『…うん。とっても綺麗だ。』

その返事と同時に、私は振り向き、窓を見ました。

もう夜遅い、どっぶりとした暗闇が、煌々とした月に照らされています。

今夜は、貴方と同じ月を見れて良かったですわ。

それだけで、幸せですの。

もう、大丈夫ですわ。

強くなりましたわ、私も。

この夜が永遠に続きますように、と月に祈りました。

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