第19話
14話:デートにホームラン
カキーーン…
あたしの打ったボールが綺麗に弧を描き、見事当たった。
「おお!すごい!ホームランだ。」
打ったあたしより喜んでいる後ろの彼は、ビックリながらあたしの彼氏。
朝日直人。
出会いはぶつかってお互い一目惚れって言う、何ともときめく展開だったけど、事情が事情で最初、胸内は素直に喜べなかった。
けれど、こうして"火曜日"にデートするうちにそんな事どうでも良くなっていた。
まあ、元々"そう言う為"の彼女だった訳だし。
そうやってクヨクヨしてるのもあたしらしくない。
だから、振り切って毎週火曜日、こうして会っている。
「凄いな、さすが凪。」
「でしょ!」
笑ってVサイン。
彼がドキッとしたのが分かる。
以外に反応が純粋なんだよね、と思いつつ、次の打球に集中する。
カキンッ。
良い音が響き、ボールは宙を飛ぶ。
「熱いなー。」
バットを置き、着ていた半袖のロングカーディガンを脱ぐ。
軽く畳んでバッグの上に置いた。
半袖白シャツから少し日焼けした腕が覗く。
(……ちょっと焼けたかな。)
今まではあまり気にしてこなかった日焼け。
アウトドア派だったから、何時も日焼けするし気にしてなかったんだけど。
「…さすがに彼氏出来たらね。」
「…ん?凪ー何か、言った?」
直人が尋ねてくる。からの、空振り。
野球はあんまりやって来なかったらしい。
技術は初心者くらい。
「…あークソ。かっこいいとこ見せらんないな。……折角練習して来たのに。」
そんな、独り言が聞こえた。
ドキッ。
心臓が大きく音を立てた。
そのまま打ったから、勿論良い打球は打てなかった。
「…あれ?凪が外すなんて珍しいね。」
聞こえてた事を知らない直人は、あたしの打った球を見ながら言った。
「……直人のせいなんだけどね。」
「え」
「…直人、前見て。次、来るよ。」
「わ」
カキンッ。
慌てて打つ姿は何だか可愛い。
カキンッ。
こっちは準備万端で打ち、綺麗に飛んで行った。
「…あ。終わった。」
早いな。一人でやるより随分早く感じる。
「出よう。」
あたしは直人に声をかけた。
「うん。」
直人は頷き、荷物を手に取った。
あたしもカーディガンを羽織り、バッグを肩にかけるとバッティングセンターを出た。
「…これからどうする?ご飯?」
右腕に付けている腕時計を見る。
時は既に12時を回っていた。
「そうだね。どこ行きたい?」
「…んーなら、ここの新しく出来たパスタ屋に行きたいな。」
「良し!行こっか。」
「おー!」
片手を上げて返事する。
「おー!」
直人もやってくれた。以外にノリの良い人だ。
「えー…」
スマホを片手に道を調べる直人の、空いた手を見つめる。
それをパッと握った。
直人が驚いた様に見る。
「…たまには良いよね!」
「…もちろん。」
そう言って握り返す。
手は握り直され、あたしと直人の指が絡めあう。
「パスタ、何食べよっかなぁ。お腹空いてきた。」
「俺も。」
他愛もない話をしながらパスタ屋に向かった。
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「…お待たせしましたー。」
店員さんが明るい声で運んで来た。
あたしの前にナポリタン、直人の前にカルボナーラを置いた。
「ごゆっくりどうぞー。」
「凪ってナポリタン好きだったんだな。」
お手拭きで手を拭きながら話す。
「そうだけど。子供っぽいかな?」
怒ってはない。
ただ、なんだかちょっとだけ、引っかかった。
「いや、ごめん。そう言う事じゃないんだ。…ただ、凪の好きな物を見つけられて嬉しいって言うか。」
「…直人、そう言うところ。すぐ謝るところ。そこ!直して。…好きな物見つけてくれたのは嬉しいけどさ。」
何言ってるんだろ、あたし。
こんな、女の子らしいような人じゃなかったんだけどな。
直人に出会って、あたし随分変わってるかもね。
そう、思いながら少し火照っている顔を消し去るようにフォークにパスタを絡める。
それを口に運ぶ。
「…ナポリタンって、昔懐かしって感じで好きなんだよね。」
「…確かに。小さい頃、良く食べてたな。…ケチャップ口周りに付けて。」
恥ずかしそうに過去を思い出すように、目線が斜め上を向いている。
「…へー。直人の可愛いところ、知っちゃったな。」
「え、何その含み。…まさか、弱みにしたりしないよね?」
「…ふっふっふっ。そんな事もあるかもしれないしないかもしれない。」
含みを含んだ笑みを浮かべる。
その手、乗った。
「じゃあ〜先ずは野球に付き合ってもらおうかな。」
「やっぱりあるじゃん。…しかも、また野球。」
「野球とバッティングはまた一味違うよ。…それに野球しないと遊んだーって気がしないよね。」
「…そんなもんかな?」
「そんなもんだよ。」
ニッとあたしは笑ってパスタを口に入れた。
「…。」
ふと、手を止めパスタを見る。
なんか、彼女らしい事した方がいいかな。
クルクルとフォークに巻き付け、直人に目を向ける。
「…直人、あーん。」
「……へ!?」
直人が声をあげる。
「…ちょ、直人!声、大きい。」
近くに居た人がチラリとこちらを見ているのが見えたので、軽く会釈しておく。
「ご、ごめん。」
「…ごめん、無し。……ほら。」
「…いただきます。」
恐る恐る、と言った感じで近づき、パクッと口に運んだ。
「真面目か。」
呆れるように笑う。
「…だって、初めてだったし。」
「…ふーん。直人の初めて、あたしがとったんだ。」
「…紛らわしい言い方しないで!?」
「ハハッごめんッ。…次ボーリング行こ。」
「良いよ。」
談笑し、笑う。
皿に残ったパスタは残り僅かだった。
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「いやぁ、美味しかったね。」
「うん。カルボナーラも…ナポリタンも…。」
"ナポリタン"と言ったところで顔を赤くしている直人。
ウブだなぁ。こんなんで7人も(あたし含め)射止めた(付き合えた)のが不思議だ。
まあ、運命で決まったのだから仕方ない。
神様がサイコロを振ったら、人間の有無を問わず、そうなるのだ。
あたしはそう言う非科学的なモノは信じないが、あっても良いとは思っている。
…こうして、時には素敵なモノも運んでくれるのだから。
今、お店から出た後、川辺沿いの道を歩いている。
夏特有の新緑の葉が生い茂る木々が立ち並ぶ。
それが川の青と映え、鏡のように反射して映す。
時折、風に吹かれてサラサラと水面に揺れている。
綺麗だなー、と思っていると。
「…あ、そこのお姉さん!どいて!」
「…え?」
あたし?と言うのと、声に自然的に反応と言う事で振り向いた。
左には、グラウンドがあり、草野球をしていたようだ。
少年が大きく身振り手振りしながら、呼びかけている。
上を向くと、弧を描きながらボールがあたし目掛けて飛んできていた。
「…あ、あーそう言う事…。」
普通の人なら飛び上がって逃げるだろう。
だが、
(…これくらいなら、取れるかな。)
ボールが何処に落ちてくるか考えながら、手を伸ばす。
「…な、凪…!!」
直人があたしの肩を掴み、後ろに引っ張る。
そして別の方の手で、伸ばし、ボールを掴んだ。
あたしは直人の背中に両手を軽く置きながら、見ていた。
「…あ、ねえ!兄ちゃんこっちこっち!!」
両手を大きく振りながらこっちを見ている。
右手にグローブをはめている。
「…お、おーー!」
そう言い、直人が思いっきり投げようとーー
「…直人、あたしが投げるよ。…これでも、元野球部だからね。」
直人が投げようとした手を掴み、自信満々の笑みを浮かべ、話す。
パッとボールを直人から取り、思い切り投げた。
白いボールは空中を飛んだ。
Uの字を反対にしたように、綺麗に形を描いて。
パシッと良い音を立てて少年がグローブで掴んだ。
「…ありがとーー兄ちゃん、姉ちゃん!!」
ここまでハッキリ聞こえる声でお礼を述べた。
「…おー、もうこっち行き過ぎないようになー。…あ、そうだ。直人、ちょっとあっち行こ。」
手を取り、少年達のいる方へと向かう。
「ねーねー少年!あたしも混ぜてよ。野球、したい。あたし、得意だよ。」
フレンドリーに話しかける。
あたしは緩い坂を下る。
「え、良いよ!やろーぜー!おい、皆。このねーちゃんがやってくれるって。」
「おーまじかよ!姉ちゃん、何やる?」
「んー?バッターやらしてよ。さっきこの兄ちゃんとバッティングセンター行ってきたから準備運動はバッチリだよ。」
バシバシと直人の背中を叩く。
「ちょ、凪。痛い。」
直人の声が聞こえた気がするが、無視する。
先ずは野球。あるからにはしたい。
「んだよー。カップルかよ。ずりぃ。てか、バッティングセンター行きたい。」
「ノロケ。」
ジトッと呆れたような恨んだような目を向けられる。
この年でも気にするんだなー。こう言う事。
「そうだよ。もう少しおっきくなってから行きなよ、逃げるものじゃないしね。」
ワシワシと少年の頭を撫でてやる。
「ちょ、止めろよ。姉ちゃん。」
止めろ、と嫌そうに手を掴んで来るのに表情は嬉しそうだ。
後ろから殺気が刺してるのは気のせいかな?
気のせいだ。気のせいにしよう。
殺気を放っている人に後で甘やかさなければ、と思った。
「さて、打つとしようかな。…バット貸して。」
「えー、ほい。」
以外に、素直。バットは使い込まれたように、所々傷があった。…この子は草野球だけをしてる子じゃないのかな。
「ありがとう。」
バットを握る。久しぶりの感覚。
バッティングセンター以外で握ったの、本当久しぶりだな。
…ずっと逃げてきたもんね。自分から。野球から。
『…残念ですが、部活ほどの野球はもう出来ません。…軽い運動などはできますが…』
医者の申し訳なさそうな顔と言葉が思い浮かぶ。
今では多少は遊ぶ程度には出来る。
気持ちが乗らなくて、"一生野球とはもう関わらない"と決めていたけれど、やっぱり自分には野球がないと駄目だと気づき、また始めた。
…こうやってウジウジしてるのもあたしらしくないしね。
「姉ちゃん?打たねーなら変わってよ。」
少年の声でハッと我に返る。
「打つよ。ごめん、ちょっと集中してた。」
「本気かよ。…そーゆーの、嫌いじゃないぜ。」
キラキラと満面の笑みを浮かべ、少年はあたしを見上げた。
「…生意気な。」
「ほらー投げるぞー!」
そう言ってピッチャーが投げる。
子供と言えど、投げる速度はまぁまぁ速い。
直人の顔が浮かぶ。
ふと、思った。
他の人とのデートとはちょっと違うかもしれない。
こんな、子供と遊ぶようなデートじゃないだろう。…でも、これが1番あたしにあってるんだよね。
カキーーン。
「…あーー!?」
「…姉ちゃんすげー!」
「凪、やっぱり凄い。」
色んな人達の感嘆の声が響く中、ボールは青空に向かって飛んで行った。
デートにホームラン。
凪の顔は満面の笑みを浮かべていた。
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