三章

第17話

12.5話:記憶の中で君を呼ぶなら


なずなが亡くなる4年前。

高校2年生の頃だ。

《今日》の彼女…どころか彼女達の事を知らない。…死神の事もだ。

「直人君、海に行かないかい?」

「…海?」

2人だけの教室の端。机に肘を着いたなずなの言葉を繰り返す。

「そう。海だよ、直人君。」

ニコッと笑う。

少し開いた窓から風が吹く。

サラサラとなずなの長い髪が靡いた。

その姿に思わず見惚れてしまう。

「…。おーい、直人君ー?駄目だね。どうしようか。うーん…。」

悩んだ結果、なずなは何かを閃いた様に小さく笑い、直人に近づいた。

手を近づけ、頬に人差し指を近づけて置く。

大きく息を吸い、声を出した。

「…直人君!!後ろ!」

「…へっ!?え?!」

その声にビクッと肩を震わせ後ろを見る。

「…?何も無いよ?…掲示板とかくらいしか…」

そう言いながら向き直る。

プニッ。

頬に何かが刺さる。

「…ん?」

「…ふふ、アッハッハッ!直人君、上手く引っかかったね。」

面白そうに笑い、余程面白かったのか、指で目元を拭っている。

「…騙されたね。ドキッとした?」

かと思ったら、今度はドキドキさせるような事を言う。

万能かッこの人はッと思った。

「…あ、あれかぁ〜。最近流行ってるやつ。」

ドキドキする心臓を抑える為に話す。そして、

思い出す。クラスの男友達が「こんなイタズラをやってくれる美女いねぇかなぁ。」と言っていた事を。

「竹田、ごめん。」

先…越しちゃった。竹田の恨みに満ちた顔が浮かび上がる。

ごめん…今度、アイス奢るよ…。

「…ん?竹田?なんで今、クラスの竹田が出て来るんだ?」

「…え、あ、ああ。何でもないよ。」

「…ふうん。気になるけどまあ、いっか。…直人君の面白い顔が見られたから。」

「…それはもう良いでしょ。」

少しいじける。

「…それで?海は、海はどうするの?」

誤魔化すように話題を変えた。

「…そうだね、行くのは良いんだろう?何時、行こうか。」

「…2日とか、どう?」

「良いよ。空いてる。」

「…さっきの。」

「ん?」

「絶対いつか騙してみせる。」

宣言する。…このドキドキを、なずなにこれから沢山与える。

与えられるだけじゃなくて。

「…楽しみにしてるよ。」

なずなは笑った。

「…。」

「…。」

無言の時間が流れる。

気まずい空間ではなく、心地好く緩やかな時間。

「…直人君。」

「うん?」

「私、直人君との予定を決める時間が好きだよ。…また、一つ一つ楽しみが増えてく感覚になって。…2日はどんな日になるのかな?」

楽しそうに微笑み、スマホに文字打ちをしている。

…カレンダーに予定を入れているのだろうか。

なずなのスマホのカレンダー。

その所々に俺との予定が入ってるんだ。

胸がきゅうっと締め付けられる。

なんだかとても嬉しい。

俺はそっとなずなに近づいた。

「なずな。」

「…ん?なんだー…」

フニッ。

頬ーーではなく唇が重なった。

その数秒後。そっと、ゆっくり離した。

顔が火照っている。耳まで。

「…ハハッ騙された。」

イタズラめいた笑みで笑ってやる。

なずなは目を見開いたまま、固まっていた。

驚きで言葉が出ない、と言う顔だ。

「…あ、ごめんッ。やっやりすぎたかな…?」

なずなはハッとしたように俺を見る。

「…ハハッ。直人君は何時も私の予想の斜め上を行くね。」

頬に少し赤みを増しながら髪を撫でる。

「…いや、別に直人君からしてくれるのは珍しいから、嬉しいよ。」

笑う。何時ものなずなの笑顔だ。

それにホッとした。

嫌がられたらどうしようと思ったから。

…そんな事はないと思うけどね。

「…直人君、何か心配に思ったか?」

「…え、いや。何も…。」

図星だ。それを見透かされ、視線をズラす。

「……視線をズラす癖。直人君が嘘を付く時の癖だよ。」

「…え。」

気づかなかった。自分にそんな癖があるとは。

「…悪い子には、そうだなぁ…。」

手を顎に置き、考えるポーズをする。

そしてすぐにイタズラめいた笑みを浮かべた。

するとポケットから何やら取り出すとそれを口に含んだ。

「…キュン死させてやろう。」

「…は、え?ちょ、」

待たない、と言わんばかりになずなは近づき、顔を俺の耳元に寄せた。


「……𝐼 𝑙𝑜𝑣𝑒 𝑦𝑜𝑢。」


やけに発音の良い英語。

耳元で囁かれたので、それはとても良く聞こえた。

それからすぐに頬を両手で包むと唇を重ねた。

なずなの舌が俺の口に入ってくる。

こ、これはいわゆるインサー……ん?

コロンッ。

口の中に甘い味と感触が伝わる。

これは……飴?

そう言えば、キスする前なずなが何か取り出していたような…。

あの時のが、飴だったと言う訳か。

キスしながら飴を入れるなんて…なんて上級者…。…さすが、なずな…。

ドキドキと心臓がはち切れるくらい死にかけた。

川の向こう岸にいるのは…死んだ飼い犬のポチ…?

「…三途の川から戻ってこーい。」

なずなの声で我に返る。

「…ポ、ポチに会えました。」

「良かったね。そしてなんで敬語なんだ。」

嬉しそう…と言うか楽しそうな顔で話す。

「…て言うか、なずなも照れてるじゃん。」

ジトッとした目でなずなを見る。

「……そりゃあ、初めて…やったし。あんなのこちらも緊張するよ。」

素直に話すなずなにも、さっきの行為を思い出したのにもドキドキした。

「…でも、ま。お互い様って事で。フェアだろう。」

「…そうだね。」

お互い顔を赤らめながら話す。

「…なずな、そういやーー」

「…完全下校時刻です。校内に残ってる皆様は全員お帰りください。」

校内放送が俺の声を遮る。

「…帰ろっか、直人君。」

「…うん。帰ろう、なずな。」

「あ、そうだ。帰る前に自動販売機に寄っていいいか?教室で飲んでから帰ろう。」

「良いね。」

席をたち、財布以外手ぶらで歩く。

誰もいなくなった教室。

2人のいた机はスマホと鞄だけが置かれている。

直前まで持っていた2人のスマホ画面が光っている。

そこには"2日 直人君(なずな)と海デート"と書かれたカレンダーのページが開かれていた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「……ハッ…!」

ガバリとベッドから起き上がる。

夢から醒めたみたいだ。

今見た夢を思い起こす。"何時の記憶"だろう。

"なずな"

その言葉を聞く度にズキズキ頭が痛くなる。

なんだろう。この思い出したくても思い出せない感じ。

「……うっ………」

思わず、反射的に胸を掴む。

痛い。痛い。物理的に痛いのでは無く、心が。

ギュウッと胸が締め付けられる。

顔が頬が濡れる。

ポタポタと布団に丸い染みが出来る。

忘れてはいけない思い出だった。

大切な人 好きな人 大事な人 世界一愛してる人

多分、そうだ。絶対に、そうだ。

俺の直感がそう、言っている。

夢の中で見た、"なずな"と居る記憶は楽しかった。そんな楽しい記憶、夢があるなら欲しい。

知らない記憶だけれど、確かに"あった"記憶。

だから…

そんな記憶が良い。


記憶の中で君を呼ぶなら

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