第16話

12話:これは愛で恋じゃない


「…君は何がしたいんだい?」

目の前の奴が聞く。

「…知るか。」

ぶっきらぼうに答えた私に、軽く笑う。

腹が立つ。

こっちが聞きたい、と思った。

足を組み直し、手も組む。

丸太に直で座っているので、尻が痛い。

ここは森だ。木に囲まれたスペース。

そこが自分…とこいつの場所だった。

「君は人間じゃあ無いんだろう?」

「ああ、お前みたいな馬鹿じゃない。人間。」

さっきのお返しに毒をつき、笑ってやる。

だが、それを涼やかに交わすように違う質問をした。

「…そろそろ名前を聞かせて欲しいね。」

「…ハッ!お前に教える名前はねぇよ。」

可笑しかった。名前など、意識した事が無かった。

人間とは、こんなものを一々気にするのだと、こいつから学んだ。

お前、人間。そう、言えば良いのに。

名前なんぞ必要ない。思っていた。

「僕はね、…」

「あーあー良い、良い。どうせ忘れるし。」

名前を言おうとした所を遮る。

聞いたら認めてしまう様な気がし、忘れてまうと思ったから。

こいつは諦めたかの様に笑った。

「…何時か君は名前を知ろうとするだろう。」

「何言ってんだ?予言のつもりか?」

「予言…そうかもね。……君と僕が別れる時、きっと…。」

ふっと何時になく哀しそうな笑みを浮かべ、呟く。最後は消え入りそうな声だった。

だから、私には聞こえなかった。

「…あ?何て言った?」

「…何でもないよ。」

「…?」

結局、何も教えてくれなかった。

「…あれ、君ブレスレットなんてつけるんだね。意外だ」

「なんか文句あるか」

その後は、何事も無かったかの様に普通に談笑した。

それは、自分の中で自然と大切な、楽しいものとなっていた。

それに気づくのはもう少し先の事である。


数年後。 森の中で。

「よぉ。」

あいつが近づく音が聞こえたので、丸太に胡座をかきながら挨拶する。

「…こんにちは。」

挨拶を返すのに少し間があった。

心做しか、元気が無いようにも見える。

ただ、何時もの優しい笑みを崩さない。

「…どうしー…」

どうした?そう聞こうとして、止めた。

聞いちゃいけない気がした。

自分の脳が駄目だと警告を鳴らした。

こいつに遠慮したのは初めてだ。

気になるなら、ハッキリ言えば良いのに。

自分で、そう思った。

「…今日はですね、君に名前を付けに来ました。」

「…はぁ。私は要らないと言ったろ?」

「いいえ。必要になります。…その時が来ました。」

何を言ってるんだ、こいつ。

意味が分からない。

意味深な言葉は嫌いだ。ハッキリ言って欲しい

「早く…早く、しないと。君と僕が会えなくなる前に…!」

「…?」

あいつは焦っていた。何かから追われている様に。

分かっているのは1つ。

何か、私に伝えたい事があると言う事だ。

「…君の、名前はーー」

あいつの言葉が事切れた。

そのまま前のめりに倒れ込む。

私の肩にこいつの頭が乗った。血が右頬に、肩に、腹胸辺りにかかる。

「…カハッ!」

吐血しながら。

腹からはある筈のない刃の先端が見えた。

倒れたあいつは血溜まりが広がり、真っ赤だった。

彼岸花の様に赤く、紅い。

「…は?」

犯人は刃を抜くと私を睨む。

刃から血が滴る。

理解する間もなく、こちらも襲ってくる。

全身を覆う黒のマントに仮面を付けていた為、顔は見えない。

ナイフを突きつけて来たので足蹴りで落とす。

相手は一瞬怯んだが、また体勢を戻し襲いかかる。

拳を作り腹を殴る。

「グッ…!!」

くぐもった声が聞こえる。

それから間を開けない内に足で蹴り、地面に叩き落とした。

「チッ…クソッ!!」

舌打ちした。声からして男だ。

「お前が何を目的として殺ったかは知らねぇが、こいつは私の…暇つぶし相手だったんだよッ!」

力任せに首を肘で殴った。

ゴキッと音がした。首の骨が折れた音だ。

呆気なく男は敗れた。

「…ふん。人外の力、舐めんな。」

殴って殺る力くらい、ある。

この対戦はあいつが殺られてから僅か数秒の事である。

「…あ、そだ。あいつ…。」

まだ、生きているかもしれない。

人間は私が思っている以上に脆い。

あいつに近づく。

彼の前に座る。

「…すみ、ません…殺られて、しまい…ました…。」

「…おう。…てか、これかよ。気づいてたんだろ?」

「…ハハッ…気づい、てたか…そう、なんです…」

こいつはゆっくりと話した。

自分がいずれ死ぬ事は分かっていた事。

死の予感が、ずっとしていた事。

だから…最後の瞬間まで誰かといたかった事。

誰かと話していたかった事。

「…もう、駄目…かな…。」

「…駄目じゃ、ねぇだろ。まだいける。」

「…駄目、だよ…だから、聞いて欲し、い。」

「なんだよ…。」

「…君の、名前はーー…。」

「…ハッ!安直じゃねえか…ハハッ。」

名前を聞き、乾いた笑いが出る。

あいつは話さなくなった。動かなくもなった。

私の手からゆっくりと温かみが消えていく。

あいつの体はほのかに冷たい。

頬が濡れている。伝う。

それは自然すぎた。気づかなかった。

あいつの事は多分、好きだった。

でも、恋じゃない。それよりも深く、難しい気持ちだ。これは、"愛"だ。

この気持ちを知って良かったのかは定かでは無い。

ただただ、黙ってあいつを見ていた。

「…らしくない事、すんじゃねぇな。」

あいつが言った名前を反芻する。

墓と一緒に名前を入れてやる。

投げやりに思い、笑った。泣き笑いと化していた。


「…"キン"か。笑えるね、人間。」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「…新しい子を紹介するわ。」

ほら自己紹介して、と促す。

「今日から新しく入った。名前、は…」

思わず口篭る。

あいつの顔が浮かぶ。何時まで経ってもウザイ奴だ。お節介。

「…名前は、"ゴールド"だ。宜しくッ!」

笑ってやる。

あいつの名前が私にある限り。

これは…愛で恋じゃない。

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