第15話

11話:A happy day:Sunday 曼珠 莢華


「…泣き出しそうなときも〜何時だってーキミがいてくれたから〜ーー……」

街の一角。

何ともベタな歌詞が聞こえてくる。

先に言っておくが、俺が歌っている訳では無い。

言わゆる路上ライブだ。

観客はそこそこで、反応も良い。

長年ここでライブをしていたのだろう。

歌も中々に上手い。素人の感想である。

2人組で、1人がボーカル、もう1人がギターだった。

たまにはこう言うのを聞くのも良いな、と思い観客の輪に加わる。

銀色の髪をした女性の横に立つ。

前に他の観客がいるので少し見にくい。

「…だから〜前を向いて〜歩こうー…ありがとうございました〜。」

立った処で丁度歌が終わり、礼を言っている。

それを境目に数人が帰って行った。

目の前の人も行ったので、お陰で見やすくなった。

これで終わりかと思ったが、次の曲のメロディが聞こえて来たので、今から2曲目が始まるのだろう。

「…貴方も、見に来たのか。」

「…え?」

楽器の音に混ざりながら、女性の声が聞こえた。…どうやら自分に話しかけているらしい。

他の客は歌に耳を傾けている。

「…私は曼珠莢華だ。日曜日…とでも言えば分かるかな?…君の彼女だよ。」

落ち着いた表情と声色で話した女性は、俺の横に立っていた、あの銀色の髪の人だった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

曼珠莢華(まんじゅさやか)。

同い年で大学生。なんと、東京大学に通っており1発合格だと話してくれた。

蘭と互角に話し合える人かも知れないと思った。まぁ、干渉してはいけないので話す事は出来ないだろうが。

彼女の事は大体分かった。しかし…

「…何でいきなり俺の部屋に…?」

6畳のリビングルーム。

家具も置いてあるので、2人だと少し狭い。

ローテーブルに4.5本ビール缶が並んでいる。

疑問を持ちながらも、流されるままにコンビニで酒を買い、家に来てここまで来てしまった。

「何でって…彼女だから当たり前じゃない?」

「んなストレートに…。」

「…心配か?」

「いや、うーん。」

そんな事では無い様なあるの様な…。

「…証明は…そうだな。」

俺の目を見る。心を見透かす様に。

ゆっくりと俺に近づいて来る。四つん這いになり、片手を口の横に翳し、俺の耳元で囁く。

「好き。」

「…は、はぁ?」

呟かれた緊張と照れと心臓の高鳴りで顔が赤くなる。

「…証明になると思って言ったが…駄目だったか?」

対して莢華の方は冷静に、かつ無表情で不思議そうに考えていた。

「もっと他に方法があっただろ。」

「セッ〇スとか?」

「そんな気軽に言うな!」

思わず顔を真っ赤にして怒ってしまった。

少し…恥ずかしい…から。

「すまない。私はそんな恥辱があまりなくてね。」

「そうか…。」

納得した様なない様な気持ちで呟く。

後…何だかこの口調聞いた事がある気がする。

頭の中で…記憶の中で、何か大切な物がある気がする。けれど、思い出せない。

きっと自分にとって何より大切な物。

だが、ポッカリと穴が空いたようにそこだけが抜けている。

都合の良い様にそこだけが。

「…直人君?大丈夫か?」

急に黙り込んだ俺を心配する目で見ている。

「…いや、大丈夫。少し感傷に浸ってただけだから。」

「…そう。」

莢華は深くは聞かず、静かに頷くとビールに口をつけた。

「…直人君。」

静かに話しかけられた。

それは話すのではなく、一人言の様だった。

「何?」

「…私はハッキリしない事が嫌いだ。目に見えない、非科学的な物も嫌いだ。それは、何も説明出来ないから。」

…それは、独白だった。

俺は何も話さず、ただ静かに話を聞いた。

「別に、直人君が話さない事を嫌味で語っているのでは無い。…ただ、好きな人の悩む姿を見ていたら…なんと言うかな、思ってしまった。」

微かに微笑む。

…外は雨が降っている。

窓のカーテンの隙間から光が漏れる。それが彼女を照らした。

白い光が薄暗い部屋に当たる。

「…だからー…」

彼女の顔がゆっくり近づいた。

フニフニとした柔らかい感触が、唇に触れた。

1秒、2秒、数秒間その状態が続いた。

強い風が吹き、カーテンが大きく揺れる。

それが優しく包んだ。

まるで、2人を隠す様に。

ゆっくりと唇が離された。

ツウッと白い糸状のモノが2人の唇から垂れる。

それは少しの間伸びた後、プツリと途切れた。

その行為は少しの高揚感と失望感があった。

「少し…少しだけ、傍に居させて欲しい。」

そう言い、哀しそうに微笑むとビールに口をつける。

彼女の頬が濡れた。

静かに無音で流れたそれは、涙だと言う事に気づくのに暫くかかった。

顔は俺の見えない反対方向に逸れていた為、表情は見えなかった。

涙の意味は分からなかった。

俺は彼女の表面的な事しか知らないから。

…いや、知ろうとしたく無かっただけかも知れない。

俺達は何もしなかった。

その場で動かず、ただただ酒を飲んだ。

それが異様に心地好く、気持ち悪かった。

ゆっくりと、静かに時間が流れていく…。

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