第11話
8話:A happy day:Tharsday 卯木 蘭
「…先輩、これ見てください。」
「…あ、ああ。」
突然前から、声が降ってきて驚いたが、返事をする。
ここは大学のパソコン室だ。
学生が色々調べ物が出来る様にと設置されたらしい。
それこそ今、使われている。
そして、俺に声をかけて来たのは、卯木蘭。
大学2年生の後輩だ。
茶色の髪と目。髪は三つ編みにし、左肩に掛けている。クールでしっかり者。
パソコン(機械)に長けており、噂ではプログラミングなどがプロ級らしい。
色々な所で賞を貰ってるとか無いとか。
何より頭が良い。
東大も1発合格出来るくらいらしいが、本人は「家から近い所が良い。」と受けなかったと言う。
何故、彼女の事をこんなに知っているかと言うと、彼女の事をストーカーしてる…とか、そんな気持ち悪い変質者行為はしていない。
彼女に頼まれたからだ。
数日前、木曜日。
「…先輩。」
「…ん?」
大学の廊下で呼び止められる。
振り向くと後ろに1人の女性が立っていた。
手には書類を持っている。レポートかもしれない。
後輩だ。何年生だろうか。
「朝日先輩ですよね。私は卯木蘭、大学2年です。」
どうやら彼女は俺の事を知っているらしい。
自己紹介は不要そうだ。
「どうしたんだ?」
今の所、彼女との接点が思いつかない。
何処かで会った事があっただろうか。
「先輩に手を貸して欲しくて。…アシスタントになって欲しいんです。」
「別に良いけど…なんで俺に?」
「…先輩って何のサークルにも入ってないから調度使いやすそうだなって思いまして。」
いきなりの毒舌。理由が酷い。
「そんな言われ用じゃやる気がなぁ。実は、『先輩としたかったからです。』…とかじゃないの?」
赤芽、凪、葵の顔が浮かんだ。
半分、八割型冗談で言った。声真似付きで。
…さてさて、毒舌後輩の反応は…。
毒舌に言われたお返しだ。
「…ッ。」
フルフルと肩を震わせ、顔を真っ赤にしている。
思っていた反応と違い、思わず固まる。
「…別にッ。そんなんじゃ、ありません、からッ。」
声を振り絞る様にして話す。…図星、だったのだろうか。
先程までのクールな顔が一瞬で消えるくらい、それはそれは可愛い”照れ”の顔。
これがよく言う"ツンデレ"と言うやつなのか…と思いつつ彼女の顔を見る。
彼女は顔を斜めに背け、軽く深呼吸すると元のクールな表情に戻った。
「…はァ。取り乱してすみません。取り敢えず、来週の木曜日、パソコン室でお願いします。」
そう言い、スタスタとパソコン室の方向に向かっていった。
「…手伝ってやるか。」
結局、ツンデレと言う名の可愛さに負けた。
廊下の階段前。
1人、蘭は蹲っていた。
書類にクシャリとシワができる。
手に力を入れたせいだ。
「…ッ。なんで、こんなにドキドキしてるのよッ。全部あの男のせい。バカっ。」
蘭は、暫く動けずにいた。
今思い出しても可愛い、と思ってしまう。
「…?先輩、ちゃんと見ましたか?確認して欲しいんですけど。」
ムスッとした顔で、片手をパソコンに置いている。
「…ああ、ごめん。ちょっと考え事してた。」
「ハア…しっかりして下さい。」
コトっと机に何か置かれる。缶コーヒーだ。
「あ、ありがとう。」
彼女はフイっとそっぽを向く。
「…別に、手伝ってくれてるから…その、差し入れとかじゃ、ないですから。」
「…差し入れなんだ?」
「…は?違います。そんなんじゃないです。恥ずかしい勘違いは、今の内に取り消して置いた方が良いですよ。」
「相変わらず冷たいなぁ。」
「先輩がそんな事言うからです。」
それより、と大量の書類を置く。
彼女に頼まれた仕事は、翻訳された英文を打ってくれ、との事だった。
その他に、中国語、フランス語、ロシア語がある。
1人じゃ間に合わない為、暇かつ、タイピング可能な人物を探していたらしい。
まさに、うってつけな人物、と言う訳だ。
カタカタとパソコンを打つ音だけが響く。
ピタリと音が止んだ。彼女の方だ。
俺に背を向けたまま、首だけを振り向かせる。
彼女の緊張した横顔が見える。
「…あの。」
「どうしたんだ?間違ってたか?」
「…いえ、これは…その。私の心内を晴らす為に言う言葉です。だから、気にしないで聞いて下さい。」
「…うん?」
つまり、何が言いたいのだろう。
手が震えている。動揺しているのは数日前以来だろうか。
「…私は貴方の事がどうやら気になるみたいです。だから…その好きで、す。付き合って、下さいッ。」
後半は消え入るくらい、小さく真っ赤にしながらだった。
「…。」
呆気にとられていた。
彼女から言い出すとは思っていなかったからだ。つまり、
「…良いよ。」
「…えっ。」
今度は彼女が呆気にとられていた。
だが数十秒後、彼女はいつも通りのクールな表情になっていた。
「…ふん。別に付き合ってあげても良いわよ。…嫌いでは、ないし。」
最初に告白したのはそっちだろうに何故、上から目線なのだろう。敬語も抜けている。
「…ツンデレだし、仕方ないか。」
「…はぁ!?ツンデレって何よ。ツンデレって!」
「先輩には敬語ー。」
「…ッ。付き合ってあげたんだし、別に良いでしょッ……です。」
…少し素直、とも入れてあげるか。
少し距離が縮まった放課後。
木曜日。何時もの放課後。パソコン室で。
今日も2人のパソコンを打つ音が響いている。
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