第12話

9話:A happy day:Friday 河合 撫子


「京都…ですか?」

俺、朝日直人は教授の言葉を反芻した。

「うんうん、そう。今年の1年のお迎え会も兼ねて、レポート地が京都に決まったんだよ。」

目の前の教授は、自慢(らしい)の髭を弄りながら、楽しそうに話す。

お迎え会とは、1年生の入学を祝う会で、学科毎に行う。ちなみに自由参加だ。

レポート地と言うのは、レポートを書く地点の事で、そこの事を調べるのだ。

「だからさぁ、朝日君に行って欲しくて。現地調査だよぉ。お金は大学で負担するからさ。」

「…まあ、良いですけど。」

渋々、と言った感じで言っておく。

「…えっ本当?ありがとう。じゃあ、宜しくねー明日から。」

「…え。明日から?」

聞いてないんですけど。

明日と言えば、金曜日だ。今日から行かなくちゃいけないじゃないか。

何も予定のない暇人で良かった。

新幹線のチケットを取って…あ、蘭にいけない事伝えなくてはいけない。

今日は木曜日だからレポートの手伝う日だったからだ。

急いで連絡する。

「…は?そう言う事は早く言いなさい。来週は倍にして待ってるから、覚悟して置く事ね。」

ブツっ。言うだけ言って切れた。

最近の脅しは、彼女にも言われるらしい。

「…用意するか。」

先ずは教授からお金を貰う為、教授の部屋まで歩いていった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

約3時間。

新幹線に乗り、漸く京都に着いた。

出たのが夕方だった為、着いた頃にはすっかり辺りは暗くなっていた。

腰あたりが少し痛い。大きく伸びをする。

「…飯でも食うかぁ。」

時間が時間なので、泊まってきて良いと言われたので遠慮なく過ごそうと思う。

ホテル(と言うか旅館)はもう教授の方が取ってくれてあるので、そこに行く前にご飯を食べようと言う話である。

寿司、焼肉、京野菜を使った物…何を食べるか迷いながら、京都の町を歩いた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

朝。9時。

俺は京都の町の1区、東山区に来ていた。

「東山区を見に行ってねー。」

と教授に言われたからだ。

結局、昨日は旅館で出されるお食事を頂いた。

京野菜を分断に使ったものだった。

とても美味しかったので、教授に自慢しなければいけない。

これくらいの意地悪は許して欲しい。

教授の事はさて置き、東山区をよく見る。

何処を調べるか、見なくてはいけない。

ご飯処"小戸屋"、飲食店の"モルタ屋"など、京都ならではの外観、店が沢山並んでいた。

こんな物があるのか、とメモを取りながら左を向いた時、歩いていても聞こえるくらいある店から声が聞こえた。呉服屋だ。

「…え〜たまにはこう言う服も良いなぁ?どうだ、なかなかに似合うだろ。」

着物を着付けて貰い、仲間に見せている人。

「…似合う…キン…良いんじゃない…。」

「だろ?」

ゆったりとキンと言う名の少女を褒める人。

「何ゆっくりしてんのよ、ゴ…キン、音。」

この中で1番しっかりしてそうな人。

この人達が声の主で間違いなさそうだ。

「ゆっくりしてるって…そう言うお前だって、ちゃっかり着物着てるじゃん。ツン子。」

ハッと鼻で笑っている。

「…何がツン子よっ!もう少しまともな名前にしなさいよ!」

どうやら3人で京都に来たらしいが、外国人に見える。

キンと言う少女は金髪、音は青と紫、ツン子は茶色。日本語を話していたので、違うと思うが。

ただの、普通の、会話をしているだけだが何故か気になる。

思わず見入っていた。バチッ。

1人…キンと言う人と目が合った。

「…あ、」

ヤバい。バレた…?と思い、目を逸らしたが遅かった。話しかけられる。

「おーい、そこの兄ちゃん、気になるなら着てったらどうだァ?」

「…へ?」

どうやら着物が気になると思われたらしい。

まぁ、人を見てたのがバレるよりは都合が良く、何よりレポートを書くのに良さそうだったので、近づく事にした。

「コラッ!…ごめんなさい、こいつ全然反省のない奴で…。」

「いえ…。」

「貴方も…着る…?」

「いえ…。」

色々話しかけられ、恐縮してしまう。

「…さぁ帰ろうぜ。"おじゃま虫"になる前に。」

「…そう、ね…。」

「んもう、最初からそうしなさいよ。」

キンは意味ありげに笑い、他2人を連れて矢継ぎ早に出ていった。

「…お客様?出て行かれましたの?…あら、お代が。」

後ろから声がし、振り向くと店の奥から女性が現れた。

淡いピンクの長い髪と目。髪を赤い大きなリボンで止めている。

赤に、白の牡丹が描かれた着物が良く似合う人だった。

「…あら、いらっしゃいませ。私は河合撫子と言いますわ。ここの一人娘ですの。」

お嬢様言葉で丁寧に述べる。

「ああ、そうなんですね。俺は着に来たんじゃなくてーー。」

先程までの事を説明する。

「まあ、そうでしたの。東山区は素晴らしい店がまだまだありますから、他にも見て行くと良いですわ。」

「そうですね。」

「…そうですわ。折角のご縁ですし、私が京都内をご案内しますわ。私、生まれも育ちも京都ですの。」

「本当ですか?ありがとうございます。…でも、店は?」

まだ、昼間。真逆、こんな早めに店は閉めないだろう。

「それは大丈夫ですわ。…桔梗!」

「…なぁにー?撫子姉さん。」

ひょこっと出てきたのは、高校生くらいの女子だった。桔梗と言うらしい。

「少しこの人を案内するのですけど、大丈夫ですよね?」

「…えー。別に大丈夫だけどさぁ。」

「では宜しくお願いしますわ。」

「…はぁい。」

面倒くさそうに間延びした声で答え、こちらに来た。

「行くなら早く行きなよ、姉さん。店番の意味、ない。」

「分かりましたわ。…行きましょ。」

クイッと袖を引っ張られる。

その仕草に少しドキドキする。

彼女が引っ張った袖はやがて手に変わり、町を歩いた。

「…ここは、二寧坂通りですわ。古い町並みがとても素敵な場所ですの。…あ、あそこはチルメン細工館ですわ。吊るし雛が可愛いのです。お一ついかが?」

「あ、いや……買おうかな。」

断ろうとしたが、赤芽達4人の顔が浮かび、気持ちが変わる。

店に入るなり、沢山の吊るし雛、小物があった。

色とりどりの人形達はどれも可愛らしかった。

手作りらしい。

(赤芽は赤、凪は黄、葵は青、蘭は紫、かなぁ。)

人形を見ながら、自然と彼女達の事を考える。

思わず顔が綻ぶ。

「…何だか楽しそうですわね。」

右横を見ると、河合さんがピンクの人形を持ち、こちらを見ていた。

「…そう見えますか?」

「ええ。見えますわ。顔が緩んでますもの。」

「…そっそうですか…。」

少し、恥ずかしい。頬をグルグルと回し、緩みを直す。

「……彼女、いらっしゃいますの?」

寂しそうな顔で見ている。その目は、哀しみに呑まれながらも奇跡を待っているように見えた。

「…はい、いまー」

その中で言うのは辛かった。が、伝えなくてはいけない。

「私では、駄目ですの?」

答えを遮る。聞くのが怖かったのかもしれない。

「…金曜日。」

ポツリ、とつぶやく。

ピクリと彼女の体が震えた。目が開く。

「…そ、それは…」

「付き合ってください、河合さん。」

彼女の頬が赤くなる。

「私は撫子ですわ。河合は他に居ましてよ。」

悪戯っぽく微笑む。

「…撫子、宜しく。」

「…宜しくお願いしますわ、直人さん。」

手を握った。今度はしっかりと、離さないように。

「…撫子は桃色かな。」

「その色、好きですわ。」

人形。良いのを見つけるのは、ゆっくり探さないとな、と思う直人だった。


「…撫子姉さん、好い人見つかって良かったぁ。大好きな姉さんの彼氏は素敵な人じゃないと。」


物陰から、桔梗は呟いた。

彼女の店番がちゃんと出来てなかった事がバレるのは、その数分後の事である。

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