第10話

7話:A happy day:Wednesday 百亭 葵


朝日直人は、驚愕していた。

別に、朝起きたら思ったより遅くて遅刻したとか、割と好きだった人が引退してたとか、そんなのでは無い。

ただ、目の前の大きな物に目を奪われたのには事実である。

「でっか…。」

「そうでしょうか…。」

隣の葵は不思議そうに呟く。

彼女は家まで連れて来てくれた。

俺が葵と出会うのは2日前に遡る。

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ある夏も中盤に差し掛かって来た頃。

新しいバイト(6話:小松凪より)にもなれ、その帰り道だった。

彼女…事、凪は帰り用事があるとかで途中で別れた。

彼女といると、仲の良い友人が出来た様でとても楽しい。勿論、恋人としての”好き”で、友達としての感情では無い。

言うのも何だが、異性として見ている。

”《今日》の彼女”

とてもじゃないが、信じられない。

そんな恋愛詐欺紛いの様な物があるのだろうか。

曜日事に彼女が変わり、最終的に誰かが俺の…彼女、未来の結婚相手となるのだ。

一体誰がこんな事を仕向けたのだろう。

酒でも飲んだ時、怪しげな勧誘にサインしてしまったのだろうか。

何も無ければ良いが…

「…ッ。すみません。」

最近どうにも人とぶつかってしまう。

何かの呪いでもかけられたのか?

「…いっいえ。私こそ、申し訳ありません。」

ぶつかった女性は、深々と頭を下げる。

カシャン。

彼女のカバンから鏡が落ちる。

それはクルクルと何回か回転し、地面に止まった。

白い6つの花弁の花が描かれた赤い鏡。

それを拾い上げる。

「あ、ありがとうございます。…これ、大切な物なんです。ありがとうございます。」

2回お礼を言い、フワリと花の様に笑う。

ピンク色に染った頬と笑窪が可愛かった。

ドキッとしてしまう。

彼女達と接する事で、出会いができ、好きになる。

何人もの人達に恋するなんて、周りからは可笑しい、おふざけに見えるだろう。

失礼だと思われても仕方ない。

でも、好きになるのだ。彼女達も知っている。

…いずれ、運命の相手を1人、選ぶ事になるとしても。

彼女の方は…顔が赤い。俯いているので、良く見えないが。

このまま帰っても良いが、今までの前例がある手前、簡単に彼女と別れるのはいけなかった。

「…あ、あの!」

沈黙の中、彼女の方が口を開く。

「私、百亭葵と申します。私と、その…仮のお付き合いをして頂けませんかッ…?」

緊張。勇気。羞恥。

様々な感情が伝わる。

「…不躾に、変な事を話しているのは、存じております。しかし…。」

彼女が横に目を逸らし、また顔を伏せる。

長い睫毛が震えている。

「…分かりました。何がともあれ、貴方の彼氏(仮)になれば良いんですか?」

「は、はい。私…実はもう直ぐお見合いがありまして。それは、親が決めた相手で…1度も会った事が無いんです。だから、不安で…。」

見合い結婚。何処かしらの家では、その様な事があるのだろう。

今は、恋愛も自由な時代だ。正直、この様な事があるとは驚いた。

しかし、彼女が嘘を付いている様には見えない。そもそも付くメリット(理由)が無い。

「…す、全ては私が悪いんです。もう18なのに、結婚する相手もいないものですから。…お父様が呆れて見合いを設けたんです。」

「…じゅ、18…。」

まだ若い。"もう"とかでは無い。

どんな所で育ったらそんな事になるのだろう。

到底庶民の頭では考えられない世界だ。

「だから、仮の俺を出す事で、見合いを取り消す…と。と言うか、俺で良かったのか?通りすがりだったし。」

「良いんです。直感がそう、言ってるんです。見合いまでに挨拶をする時にお話して頂けるだけで…後は、自分でどうにかしますので。」

「駄目だ。」

「…え?」

彼女が驚いた顔で俺の顔を見つめる。

僅かな失望も見えた。

「…仮の彼氏は良いんだ。俺は君の本当の彼氏じゃない。けど、仮の彼氏として言う。」

すうっと大きく息を吐く。

彼女に近づく。

「…百亭葵。貴方を放っておけない。」

そっと耳打ちをする。

「俺と、ーーーー。これが、条件です。」

彼女の目が大きく開く。

それと比例する様に頬がりんご色に染まった。

「…わ、分かりました。宜しくお願い致します、直人さん。」

「…こちらこそ宜しく、葵。」

そっと手を差し出す。その手を葵がゆっくりと握る。

明後日。彼女の家に行くまで。

これが、彼女との出会いだ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

2日後。

いよいよ彼女と家までやって来た。

それは良い。だが。

「…これ、本当に葵の家か?」

「はい…そうですよ。」

少し疑問形で葵が答える。

いや、確かに葵の言葉遣いや所作から、薄々感じていた。

しかし、いざ目の前にすると信じられないのが人間の性と言うものだ。

目の前にある、大きな家…いや御館は、俺が何十年働いたら建てられるのだろうと言うくらい大きな物だった。

見かけは洋風で、白い壁にワインレッドの屋根が良く目立つ。

周りは黒の格子が建てられ、見上げる程ある門は、セキュリティの高さを見せられた。

家の外から見る庭は、色とりどりの花で着飾られた、庭園と呼べる代物だ。

「ようこそいらっしゃいました。朝日様。」

どうぞこちらへ、とお付き(執事)らしい人が出迎える。

門が開けられ、中へ入る。

真ん中に館へと沿った石畳を踏み進む。

温もりが伝わる。

自然と手を繋いでいた。

家のドアもまた1段階上で、木製の両面扉。

高級な木を使っているのが伝わる。

そしてそのまま、先程の執事について行き、ある部屋で止まった。

今まで、ここに来るまで沢山の部屋を見て来た。その中で、1番大きな部屋だった。

執事が扉をノックし、開ける。

「旦那様、失礼します。例の方をお連れしました。」

「分かった。…入れ。」

「どうぞ。」

旦那様の命で、執事が直人達を通す。

そして「失礼しました。」と扉を閉めて出ていった。

部屋の中は、物数は少なく、調度品が一、二点置かれていた。

真ん中に、大理石のローテブルと焦げ茶色の椅子。

右には棚があり、いかにも高級感を醸し出している壺があった。

「こんにちは。私は百亭桜雅、葵の父だ。」

少し白髪交じりだが顔立ちは整っている。

昔は大層モテただろう。

「妻の菊花です。本日は宜しくお願いします。」

ボブヘアで、何処かフワフワとした印象を受ける。葵は母親似だ。

「宜しくお願いします。」

緊張が走るが、2人に合わせ何とかやり過ごす。

「まあ、座ってください。家から遠かったでしょう?」

労いの言葉を掛けられる。

「いえ、彼女の家に行くのは当たり前ですから。」

「ハハッそうか。」

今の所、どちらも良好的だ。

後は上手くいくか…。

「いやはや娘が18なのに付き合う人もいないと言うものですから心配でしたが、貴方がいて良かったですよ。」

笑っているが、目は笑っていない。

どれ程の者か、値踏みする様な目だった。

葵は萎縮している。

目の前で言われれば、葵の様な純粋な子は、そうなるだろう。

「いえいえ、まだお若いですよ。私も葵と出会えて良かったです。」

葵の顔が赤くなる。

顔色がコロコロ変わる。可愛い。

話を続ける。気になる事があった。

「失礼だったら申し訳ないのですが…百亭と言う名をお聞きした事があるのですが。」

”聞いた事がある”と言うのはテレビなどで、とかと言う意味だ。

「お恥ずかしい話ですが、私は会社の社長でね。…百亭グループと言えば、分かるだろうか。」

百亭グループ。

あの商品と言えば。この商品と言えば。

そんな感じで、有名商品をバンバン売り出している有名企業。

やはり、葵の家柄は大きなものだった。

だが、この話が空気を悪くする原因となった。

「…気を悪くしたらあれだが、私は会社を大切に思っている。それと同時に、娘の事も大切に思っている。だから、困るんだ。…会社目的で近づかれちゃ。もし、そうでなくてもほんの少しでも下心があるなら帰って頂きたい。」

「貴方ッ…。」

菊花さんが驚き名を呟く。

それでも気持ちは同じだろう。

厳しい言葉。当たり前だ。大事に育ててきた娘をこんないきなり渡せられないだろう。

グッと高まる気持ちを抑え、話す。

「…俺は、葵さんの彼女です。何時か、結婚したいとも思っています。そんな生半可な気持ちで来ていません。貴方が会社を大切に思う様に、俺も葵を大切に思っています。彼女と居れないなら、俺は何をしてでも貰いに来ます。」

一気に思った事を吐く。

その言葉に百亭夫妻は驚きで言葉が出ず、葵は顔を真っ赤にしていた。

「……そうか。」

「…素敵な決意です。」

2人とも微笑み呟いた。安心した様に、リラックスしていた。

その後は時間が許す限り、談笑した。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「…今日は、ありがとうございました。」

葵が深々と頭を下げる。

話が終わり、玄関先でお見送りしてくれた所だ。

「…止めてよ。正式に彼女になったんだからさ。」

ハッと思い出した様に、また顔を真っ赤にさせた。

葵は、2日前の事を思い出した。


《彼女に近づく。

「百亭葵、貴方の事を放っておけない。」

そっと耳打ちをする。

「俺と、仮じゃなくて正式に付き合ってください。これが条件です。」》


「あ…。ごめんなさい…夢みたいで。」

嬉しそうに微笑む葵が、とても可愛いかった。

「…夢じゃない。」

笑窪を親指で触れる。

そのままゆっくりと抱きしめた。

2人の影を、夕日が照らしている。

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