第5話

4話:小さな希望


 「さあ言ってみろ、青年。」


言われるまでもない。俺の願いはたった一つだ。決まっている。

「なずなを生き返らせてくれ!」

「駄目だ。」

「え?」

思考が停止する。小さな希望がポッキリ音を立てて折れる。

「何でだよッ!」

少女の襟首を掴み突っ掛かる。

そんな直人を冷静な目付きで見詰めながら話す。

「そもそも死人を蘇らせる事はやっちゃ駄目な事なんだ。自然の原理上ってやつ?」

「…クソッ!」

掴んでいた手を離し、投げやりに言葉を吐く。

「どうすれば…。」

「そんな君にプレゼント~!」

チャチャーンッと言いながらポーズを取る。

「ーーは?」

怒気を孕んだ声が出る。息吹かしみも混ざる。

「まぁまぁそう固くなるなって。君にはなずなを上げる事は出来ないが、"なずなに似た七人の女性"と運命を巡らせてあげよう。その中から一人、好みを選べ。そいつと幸せに暮らしな。…つまりな、」

あ、これは三つ目に入らんから、と話を進める。

「お前の、三つ目の願いはなんだ?」

自信のある笑みでこちらを見ている。

「俺はーー」

心臓がバクバクする。

俺の、一言で人生が大きく変わる…それ程の窮地に追い込まれた気分だ。

その時。なずなの顔が浮かんだ。

こちらを見て語りかける。


『直人君。願い事って物はね、自分の為に使う物じゃないんだよ。』

『人に使って初めて、願いは叶うんだ。それは…』

ーー幾分か、素敵だろう?


七夕の日、言われた言葉。

また、涙が出そうになる。

「…俺は、なずな以外の人は入りません。」

「…ん?願いは良いのか?」

面白そうに、だが、不思議そうに尋ねる。

「だからーー…………。」

なずな、ごめん。と心で謝った。

俺は、なずなの願いには応える事が出来なかった。

本当に最低だと思う。それは、死神も驚くくらいに。

「本当に良いんだな?その願いで。」

「はい。」

俺の気持ちは変わらない。

「…でも、ま。プレゼントは贈っておくよ。」

「要らないんですけどね。」

「気持ちだよ。きーもーち。」

(死神に人の心なんてあるんだろうか。)

「おい、コラ。聞こえてんぞ、テメェ。」

この人(?)はエスパーか何かかも知れない。

後、口が悪い。頗る悪い。

「…何かやだなー。飯食った後の好きなデザート、食われた気分じゃん。やだなー。」

「勝手に人の願いを食べ物にしないで下さい。」

どんな気分なんだろう。例えが悪すぎる。

「ハハハッまぁ良いよ。ーー死神だからね。」

ピリッとした空気が一瞬、張り詰める。

流石、死神。

「じゃ、記憶消すよ。持ってても邪魔だから。なずなの記憶も一時的にね。」

「は!?そんなのお断りだ!」

「だってさ、折角色んな女がいるのに、『なずな、なずなぁ』ってなってたら、一発アウトじゃん。…彼女の為にも幸せになった方が吉なんだよ。」

幸せになる覚悟を持ちな、と言う。

「……。」

幸せに、なる覚悟…。

「…準備は良い?」

少女の赤い瞳が俺をジッと見つめた。

「…はい。」

色んな記憶が逆再生されていく。

「…あ、”3年前”なずなが何があっても自分のせいにするなってよ。」

「…ぇ、」

思い出したような死神の声が、小さく聞こえた。

だが、意識を失う寸前で、深く考えられず、意識は遠く霞んでいく。

ーーパチンッと指を鳴らす音が聞こえ、俺の意識は失くなった。


死神は倒れ、意識の失くなった直人を立ったまま見つめる。

そして、声を上げて笑い始めた。

「ハハハッまさかこんな願いをされるとは!」

しゃがみ、さすさすと直人の頭を撫でながら独り言を呟く。

ニイッと意地悪く口が弧を描く。


「…まさか"なずなの死体をくれ、"だなんて ね…!」

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