第3話

2話:wish to see her


「…うっ…いって…。」

ボヤボヤとピントが合わない目が写したのは、満月の光が照らす夜空だった。

窓からでも良く見える。

(…何で…こう、なったんだっけ…)

強烈に痛む頭で思考を回転させる。痛むのは頭だけでなく、身体中もだが。

(確か、他の車と…ぶつかって…それで…)

今までに起こった出来事がフラッシュバックする。

なずなと話す。トンネルを抜ける。車と衝突。なずなの叫び声ーー…!!なずな!

「…ッなずっな…。」

ハッと我に返った様に目を見開く。

精一杯の力を振り絞り、左隣にいるなずなを見る。

そこからは、何が起こったか忘れるくらい強烈で無惨な光景だった。

頭から流れる血。体に刺さるガラスの破片。

車が潰れ、下半身が巻き込まれ潰れた状態のなずなが。薄く半開いた目に生気はなく、グッタリと頭が垂れたまま動かなかった。

自分がこれ程の怪我を負っていないのは、エアークッションが付いていたからだろう。

ーーなずなの方には、付いていなかった。

何とも皮肉な話だ。

自分がもし、なずなの言う通り運転を代わっていれば、なずなが骨折と流血など…重症だが、死ぬ事はなかったかもしれないのに。

「…ックソ!!なずなぁぁ…!!」

叫び声は出ない様な体、怪我なのに何時の間にか叫んでいた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


5年前。春。桜木高校の教室にて。


「どうしたんだ?朝日君。一体私に何の用かな?」


『水瀬さんへ。今日、放課後教室に残っていて下さい。』


なずなはそんな内容が書かれた手紙を左手に持ち、微笑む。

その手紙は俺、朝日直人が書いた物だ。

「…えっとさ、水瀬、さん。」

「うん。」

優しく頷く声。

その声に安心し、声を上げる。

「俺は、水瀬さんが好きです。付き合って下さい。」

人生で初めての告白だった。

人を恋愛として好きになったのも、初めてだ。

「……。」

桜色の唇をほんの少し開けながら黙っている。

まぁ、告白されたらそんなものだろう。

一秒。二秒。 何時もよりずっと時間が進むのが長く感じる。

退屈な授業が長く感じるのとは又違う、緊張と恥ずかしさで心臓がばくばくする、何とも言えない気持ち。

「…良いよ。付き合おう。」

「…え?」

予想外の言葉に思わず固まってしまう。

だって水瀬さんは明るい…方ではないけど、人付き合いは上手くて、相談·アドバイス上手。

男女どちらにも、良くモテた、高嶺の花ーークラスのマドンナ的存在だったから。

今日だって、見た目も中身も冴えない俺は、呆気なく振られると思って、余り気まずくならない放課後にしたのに…。

「ハハッ君から告白しておいて、固まるのは止してくれよ。…私が悪い事をしたみたいだろう?」

「いや、そうもなるよ。だって水瀬さんだよ?」

「…?何を言ってるんだ、朝日君。私は私だよ。そんな偉い人でも特別な人でもない。」

(…そう言う所が、本当に…。)

夕日で照らされたなずなの微笑む顔に、顔が赤くなる。心臓が、熱い。

そうだ。俺は何を言ってるんだろう。

そう言う誰にも縛られず、個人として、見る。

その堂々としたかっこ良さ、強さに惹かれたのに。

「…俺、水瀬さんの事守るから。男として。」

ドンッと胸を張って声を上げる。

「……。」

水瀬さんは目を見開く。…その数秒後。

「…ふっ。」

と微笑み、続けた。

「…それは頼もしいな。これから宜しく、直人君。」

サラッと下の名前で呼ぶ。本当にかっこいい。


    「…宜しく。なずな。」


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昔の追憶。なずなに告白をした日。…これが、走馬灯とやらだろうか。

ツーー…と頬に涙が頬を伝う。

なずなは俺にとってあの日からずっと大切な人だった。ーーそんな人がもう、いない。

こんな事実、一人で耐える事は出来ない。

 (もう、自分も目を瞑っていれば…)

記憶も意識も遠退きかけている。死は目の前だ。

「…なずな、もうすぐ俺も逝くからな…」

その時、月で照らされていたフロントガラスの光が影で覆われた。

車のボンネットも重みを感じる。


「…やあ、死ぬ気かい?青年。」


ニヤリ、と誰かが笑った。

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