第5話
第4話:王子様の殺し事(おしごと)♡
「…クソッッッ!!!」
ダンッと、盃の中身がこぼれるほど強く、テーブルに叩きつけられる。
同時に、振動で自慢の髭と豊かな腹が揺れた。
その音に、従者が驚いたようにこちらを向くが、またすぐに何もなかったかのように、無表情に戻って前を見る。
ギリギリと歯ぎしりをする。
むしゃくしゃする、全く。
せっかく”婚約剝奪”に成功したと思ったのにーー。
あの王子、手の平返して、今や姫にぞっこんらしいではないか…。
国同様、犬猿の仲だったというのに。
強く、邪魔だった権力がさらに、面倒くささを増した。
王子の腹の立つ笑みを思い出し、大きく舌打ちをすると、残ったワインを一気に飲み干した。
「クヴェル・ルイ・ウィングランド…次は必ず殺してやる!」
野心に満ちた目が、暗がりにギラギラと光った。
***
「ここの報告書は不備がある、すぐに直せ。こっちの馬鹿げた申請書はなんだ?もう一度、練り直すように伝えろ」
冷めた口調で、サインの届かなかったーーつまり、許可されなかった書類をお付きに渡す。
「はっ」
お付はそう一言だけ発し、書類を持って部屋を出る。
お付きが完全に部屋から出たことを確認すると、背もたれに体重をかけ、ふーっと息をついた。
ルイとして生活しだしてから、1週間がすぎた。
この国については、十分すぎるほど理解した。
元々の持ち主?の記憶もあったのも理由の一つだが、王子としての多岐に渡る仕事のせいだ。
机仕事に外交、時には剣を交えーー。
こんなに忙しいとは思っていなかった。
それに、最近までリズの母国…クローク国といつ戦いの火ぶたが切られてもおかしくなかった。
ウィングランド王国はこの世界の最大権力を持つ、言わば中心の国。
そして、クローク国はその隣の国にして、二番目の権力を持つ。
仲は表向き悪くなく、お互いデメリットをだしたくがない故に政治的にも良い。
それもあって、政略結婚としてクローク国第一王女、リズがウィングランド王国に来たわけがーー。
国通しを仲良くさせる切り札も、ばっさり切り落とされる。
理由はただ一つ、王子が姫を嫌ったからだ。
明確な理由はないが、「…俺はお前に一ミリも興味はない。楽して玉の輿生活を送りたいなら別の所でやれ」と王子は言い、「あーそう!それならあんたの大事な戴冠式にでも婚約破棄してやるわよ!」と姫は言った。
これは、記憶に残っていた言葉だ。
転生した今、考えられないセリフだ。
「…どうやら”ルイ”と俺は真反対の性格のようだ」
紅茶を1口いただく。
カモミールの香りがした。
それだけで収まればよかったのだが、まぁ、現実そうはいかない。
娘を軽くあしらわれたのだ、クローク国が黙っていない。
それに国としても、2番目に権力を持っているクローク国の姫が振られたとなれば立場が悪い。
まさに、一触即発の時…転生し、中身が変わったことで、事態は免れた。
今は犬猿どころか、溺愛している。
婚約破棄の儀…もとい戴冠式の日に、クローク国も招待されていたため、その溺愛っぷりを直接見た。
そこから国通しも仲を取り持つことができたのだ。
こうして、二つの国は同盟をより一層強くしたため、切磋琢磨し権力を上げていった。
ちょうどこの前、正式な結婚披露パーティーも行われ、三日三晩は盛大に祝われた。
事は、良い方向へ進んでいるーーはずだが。
目を通していた書類にある人物の名前が書いてあるのを目にして、リズを思い出して緩んだ頬が引き締まる。
「…モブラン・ノブレス・オブリージュ…」
名前とともに書かれていた内容は、『鉱石が不足なので少し分けていただきたい』とのこと。
モブラン卿の国は、クローク国とクヴェル国の間で、確か五番目ほどの権力を持つ国だと把握している。
小さな国ではあるが、財力がある。
…が、その裏は国民から税を巻き上げてギリギリの生活をおくらせ、他国と協力して悪事を働いているという良くない噂も聞く。
その証拠に、ルイ(転生前の)が国を訪れた時、国民は窶れ、活気がないのに対し、モブラン卿は豪華な服にギラギラと大量の宝石を身に着けて出迎えてくれた。
すぐ破滅する国だろうな、と記憶していた。
今回、ルイがその名前に反応したのはそれが理由だからではない。
婚約破棄の儀の際、先頭でリズに突っかかっていた男が、彼ーーモブラン卿だったからである。
「俺の可愛いリズとの仲を馬鹿にしたんだ…覚悟はできているんだろう?ーーモブラン卿♡」
意地の悪い笑みを浮かべながら、書類をビリビリに引き裂いた。
席を立ち、引き裂いた書類をごみ箱に捨て、部屋を後にした。
***
さて、どうやって抹殺(社会的に)しようかと廊下を歩きながら考えていた時。
「ルイっ…王子!」
目の前に、俺の最も愛する人、リズが駆け寄ってきた。
(呼び捨てにしようとして直した。可愛い)
「リズ!どうしたの?」
抱きしめたい気持ちを抑えて尋ねる。
「今日はとても天気が良いでしょう?だからピクニックでも誘おうかと思って」
(めちゃくちゃ行きたい。死ぬほど行きたい)
だが、自分には早急にしなければいけない殺し事(おしごと)がある。
「……ごめん。今日は公務で忙しいんだ。誘ってくれてありがとう。また今度、”必ず”やろう」
”必ず”を強調していった。
(これもリズのため…ああ、リズの誘いなんてこれまで一度も断ったことないのに…)
これもあのクソ野郎(モブラン卿)のせいだと、更に憎しみがわく。
大体構想は練れたので、後は実行するのみだ。
「…それは仕方ありませんわね。また今度お誘いするわ」
リズは一礼してその場を後にした。
後ろのお付きも同じようにして、静かに去っていく。
「…早く終わらせてリズを幸せにしなくちゃね」
ルイは復讐のため、また公務室に戻った。
***
数日後。
「…ああクソッッ!!なんなんだッこれはッ!!?」
一室で、男、モブランは悲鳴をあげた。
場所は、ウィングランド王国の第一王子、クヴェル・ルイ・ウィングランドの公務室だ。
なぜ、急に呼ばれたのか(ほぼ強引に、縄で縛られてきた)不思議だったが…。
疑問はすぐ解けた。
その答えは、縄で縛られ身動きの取れない自分の前に立つ男の見せる、一つの紙にあった。
『アボス国の国民全員は、ルイ王子との契約に基づき、書類にサインをしたその日から、ウィングランド王国の国民とし、働くものとする。』
何度見ても、信じられない内容だった。
「おい!どういうことだ!!勝手に奴隷(国民)を横取りするな!」
縄を解こうと暴れながら叫ぶ。
が、後ろの兵ががっちり腕を掴んで止めに入る。
その言葉に、愉快そうに笑みを浮かべながら、ルイは言った。
「…お前は婚約破棄の際、リズ(との関係)を馬鹿にした。だから、お前の所の国民に声をかけたのだ。良い条件で国民全員雇うから、ウィングランド側につけ、と。そうしたら皆、迷うことなくあっという間にサインしたぞ?」
そういってポン、と机に置かれた山の書類に手を置く。
おそらく、アボス国全員のサインのかかれた書類だろう。
「…っ!!…貴族は!貴族は黙っていなかっただろう!?私と一緒になって豪遊していたのだ、納得するはずがない!」
藁にも縋る思いで叫んだ。
だが、王子の一言でぽっきり折られる。
「…貴族?はっそんな裏切りの塊を丸々信じ込んでいたのか?あいつらは一言、袋いっぱいの金貨と今後の安泰を言ってやったらあっという間に寝返ったよ。ふふ、本当に愚かで面白い奴らだ」
証拠の写真を見せつけられる。
もう、他にいうことはなかった。
言わせる隙さえ、なかった。
目の前にいるのはあの耽美秀麗な王子ではない、ーー悪魔だ。
たったほんの少しの悪口。
それだけで国一つを滅ぼされた…。
これからアボス国の領地はウィングランド王国のものとなり,私は刑罰か、死に至るだろう。
生気のない目でぐったりとする私の頭を、ルイは掴んだ。
「いいか?その”モンブランのような”甘ったらしい脳で記憶しておけ。リズを馬鹿にしたらどうなるか…。…ああ、もう関係ないかもしれないな。もう二度と、生きることはないのだから」
そう吐き捨て、乱暴に掴んでいた手を離した。
そして、無言でお付きに手を差し出す。
「…ま、まて!命だけは…!」
お付きは、そっとその手に剣を握らせた。
ザシュッ
静かに音が響き、首から勢いよく血しぶきが舞った。
モブランがしゃべることは、二度となかった。
その光景をルイは冷ややかな目つきで見つめた。
これで、リズに危害が加わることは、もうない。
その安堵と嬉しさで、思わず笑みが浮かぶ。
兵が信じられないものをみるような目を向けるが、どうでもいい。
この世からリズの邪魔になるものが皆消えてしまえば、それでいいのだから。
「…リズ、これで”俺の創った”異世界で二人一緒に、幸せに暮らせるよ」
血の付いた剣を持ちながら笑う彼の影は、まるで悪魔のようなものが映っていた。
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