第3話

第2話:婚約破棄の儀ってなんですか?


「さあ、時間がありません!急いで支度しますよ!」

紙を結い終わり、化粧を始めるメイド。

その間に、今までのことをまとめる。

(私は死んだと思ったら、ウィングランド王国の王子、クヴェル・ルイ・ウィングランドと婚約を破棄する姫…アルメール・リズ・クロークに転生していた…。そしてその儀は!今から!開催されるわけで!!)

大変いい迷惑である。

目覚めたら、転生していただけでなく、知らない相手との婚約破棄をしなくちゃいけないなんて。

(…これが隼人くんだったら…。喜んで婚約破棄を訂正して、今度こそ結婚するのに…)

そう、前世の私は、大好きな彼と結婚できなかった。

デート中、信号無視の車によって、事故死したのだ。

せめて結婚してから死にたかったと、深くため息をつく。

(隼人くんのいない人生なんて…いらないよ)

直後。

ギュッッと、背中あたりを強く締め付けられた。

思わず、「イッッッ!!?」とうめき声をあげてしまう。

「申し訳ありません。まだまだ締め付けられそうだったので」

(もう十分ですけど!?)

そういいながら、さっさと再度、ドレスを着せる。

「さあ、これで支度が整いましたわ。…いってらっしゃいませ」

メイドはなかば強引に私をドアの前まで歩かせる。

(婚約破棄するんなら、こんなにおしゃれにしなくても良いのでは?)

そう半分愚痴りながら、愛実こと…リズは広間を目指して廊下を歩いた。


        ***


「王子、そろそろご準備を…」

遠慮がちに、臣下が催促する。

遠慮…いや、怯えか。

「…わかっている。」

王子は短くぶっきらぼうに答える。

指先をからめた両手が、カタカタと震える。

(…あぁ、俺の愛しの愛実…”ここでも”すべて愛してあげるからね…)

顔が酷く歪むのを感じながら、籍を立った。


         ***


「姫様のおなーりー」

(ほんとに”それ”言うんだ…)

周りの声を聞いて、つっこむくらいには、緊張はほぐれていた。

見事、メイドによりドレスアップした私は、ゆっくりゆっくり、転けないように裾を持ちながら階段を下りる。

(…何この高さのヒール〜!!?高すぎるんですけどー!?)

推定、5センチほどある。

ヒールは履いているが、これほど高いのは履いていない。

皆、私を見ている。

「…あれが、クローク国のリズ姫…」

「思ったより可愛らしいな。だが、少したどたどしくないか?」

「これならうちの娘の方が…。あぁ、でも今日は結婚式ではなくて、婚約破棄でしたわね。」

「それなら、わたくしの娘を紹介しようかしら!」

「あら、抜けがけは良くなくってよ!」

クスクスと、言いたい放題の貴族達。

階段にいても聞こえるくらいには、聞こえさせようとする悪意を感じる。

(…何あれ!聞こえてるっての!腹立つー!本来、私が言われることじゃないのに…)

あまりの言われように、言い返す気力も勇気もなかったが、注意をそらすには十分だった。

(…あっ…!)

ガクンッ

気づいた時には遅く、階段を踏み外した感覚がした。

(やばい…この高さじゃ怪我する…!)

ドサドサッッ!!!

衝撃を受けながら、転ぶ…が、落ちた割には、衝撃が少ない。

「…良かった。愛実、間に合って…!」

目の前で突然声がし、パッと顔を上げる。

そこには…

(…び、美男子…!!)

まるで、アニメや漫画から出てきたような、黒髪黒目の王子の顔。

眉毛はきれいに切りそろえられ、キリリとしている。

髪は程よく伸ばされており、サラサラだ。

声は低音ボイスで、耳に良く響く。

クール系…少し、冷酷さがありそうな顔だ。

急いで駆けつけたのか、ほんの少し、汗をかいている。

肩を持って支えていることから、どうやら彼が助けてくれたようだ。

そこまで考えて、ハッとする。

「…あ、ありがとうございます…助けてくれて…」

『…良かった。愛実ちゃん、間に合って…!』

(…………ん?)

ふと、彼の言葉を思い出した。

「…さっき、愛実って……??」

「…え?うん。愛実ちゃんでしょ?…もしかして俺の事…忘れちゃった?」

クール系には似合わないような、言葉遣い。

と言うか、この言葉遣いは私が1番よく知っている。

「……隼人くん!!?」

「あぁ良かった。覚えてたんだね」

「…忘れるわけ…ないじゃない。片時も忘れたこと無かったよ…!」

思わず、彼を抱きしめた。

ザワザワと、周りが騒ぎ出すが、そんな事、気にもならなかった。

顔や体格は全然違うのに、なぜだか前世(?)の彼を思い出してしまう。

雰囲気…と言うのだろうか。

もう、私全てが今、目の前にいる彼を、『隼人くん』だと言っている。

そこでふと、疑問ができた。

「…なんで私だって…こんなに姿違うのに…」

「…それは俺だからだよ。俺が愛実に気づかないわけないじゃん」

根拠の無さすぎる言葉だと、皆は言うだろう。

それでも…

「…隼人くん…!!

「愛実ちゃん…」

私の目はハートマークになった。

そしてまた、抱きしめ合う。

(ああ、もう好き…!好きすぎる…さすが私の隼人くん…!)

優しく私の頭を撫でてくれる手も、私の欲しい言葉をくれる口も、甘くーそして真っすぐに見てくれる目も…。

何一つ変わっていない。

彼は、隼人くんなのだ。

「…リズ様とルイ様が仲が良い…!?一体、何があったのだ…?」

「なんてこと…今日は本当に婚約破棄の義ですの?」

周りは困惑しっぱなしだ。

それすらも、面白く感じてしまう。

「…さ、早く愛実と早く二人きりになりたいし…(愛実補給したいし…)さっさとこんなありえない式を壊そうか」

そっと抱きしめていた体を離しながら、隼人くんはつぶやく。

「うん!…でもどうやって…?」

疑問に思った直後、ふわりと体が宙を浮く。

隼人くんが…私を”お姫様抱っこ”したのだ。

あまりにも軽々とやるものだから、驚いてしまう。

(めちゃくちゃ王子様…!好き!!)

ああ、真近でイケメンの(しかも彼氏!今は破綻寸前の婚約者?だけど)顔見れるとか最高…至福…眼福…。

このルイって人、めちゃくちゃまつ毛長…。

距離が近かったので、思わず見とれる。

「…愛実ちゃん、そんな熱心に見つめちゃって、可愛いね。…食べたくなっちゃう」

「は、ははは隼人くん…!!?」

小声で、しかも耳元で言うから、吐息が耳にかかる。

「………??!」

わけわからずに、赤くなって固まっている私を見て、隼人くんは微かに微笑むと、会場全員に聞こえるような良く通る声で言った。

「…私、クヴェル・ルイ・ウィングランドは、アルメール・リズ・クロークと正式に結婚すると誓う!」

「…隼人くん…!」

(かっこよすぎる~!!堂々とみんなの前でプロポーズ…死んでよかった♡)

鼻血をださぬよう、止めるのが大変だった。

「どういうことだ!?」

「今日は婚約破棄をすると…」

「一体何がおきているんだ?」

私の反応とは反対に、周りはざわつきが収まらない。

それはそうだろう。

今日、呼ばれたのは結婚とは反対の、婚約破棄のためなのだから。

「気が変わった。私は彼女が好きだ。…それだけじゃ理由にならないか?」

皆、その言葉に驚いた様子を見せる。

「…確か…と言いますが、ほぼ確定でルイ様はリズ様をお嫌いになっていた気がしますが…」

皆を代表して、小太りな男がもみ手で恐る恐る尋ねてきた。

王国の会に呼ばれるだけあって、金はあるのだろう。

全身、高級感満載の服だ。

…センスがあるか、と言われれば別だが。

それと、かなり質問をぶっこんでいる。

一歩間違えれば、処刑されかねない言い草だ。

「…嫌い?何を言う。”俺”がリズを嫌いになる事は生涯ない。それでも気になるというのなら、今後の行く末を自らの目で見るんだな。…ともかく、私は婚約破棄しない」

そう言い、有無を言わせず、隼人くんールイはその場を後にした。

広間には、ざわめきと謎だけが残されてしまった。

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