第14話
鈴原さんの手には確かに陽菜紀が指定したであろうワインが入った細長い紙袋がさがっていた。ワインを覗き見るつもりで、さりげなく左手薬指をチェックしてしまって、途端に自分がものすごく卑しい女に思えた。
私にはマッチングアプリで知り合った山川さんが居るって言うのに。
「陽菜紀ワインに煩いから大変でしょう?」とさりげなく視線を泳がせ
「ホントそう。グルメなセレブ主婦のパシリさせられてる」
と鈴原さんが本気で嫌そうに眉をしかめ
「あ、もうそろそろ十分経ちましたね」と言って腕時計を見る。そして再度キーパッドに指を走らせるものの、何となく想像していた通り中から何の反応もない。
私はもう一度陽菜紀のスマホに電話を掛けたけれどこちらも空振り。
二人で顔を見合わせ
「どうしましょう」と、どちらからともなく意見を仰いだ。
一瞬、何か突発的な出来事で意識がない事故を起こしていたら、と考えたけれどそんな事態になり得るものなら、110番をしているだろう。
今の所救急車も、パトカーのサイレンも聞こえない。
ここで「何かあったかも!」と騒ぎ立てて、何もなかった場合三者が恥を見る。
結局
「まぁもしかしたら寝てるかもしれませんね」
「ええ、今日は空振りだったと言うことで」
と結論を出し、私たちはマンションの前で別れることを決意。
「あ、すみませんが。これ……今度陽菜紀に会ったら渡しておいてくれませんか?」と何故か鈴原さんはワインのボトルが入った紙袋を私に手渡してきて、私はそれを素直に受け取り
「じゃぁ」
とあっさり、特別何かをするわけでもなくマンションの前で別れた。
考えたら何か起こっちゃマズイわよね。だって鈴原さんは陽菜紀の元同僚で、私は陽菜紀の幼馴染。それに山川さんとデートする約束だってしている。
あっさり帰って行く鈴原さんの背中をきっちり見送り
何となく……彼がどんなワインをチョイスしたのか気になって紙袋からボトルを取り出した。ワインなんて普段から嗜みがない。見ても分かる筈がないしきっと理解できない筈なのに。
それは深紅のルージュを思わせる深い赤色をしていて、ラベルには
Since 19XX
と茶色い文字で年代が記載されていて、私はもう一度鈴原さんが帰っていった方を見た。
19XX年は
陽菜紀の生まれた年だ。
私はもう一度だけ陽菜紀に電話をして、当然ながら相手が出ることはなく諦めて通話を切った。
スマホのデジタル時計は
19:42
を、指していた。
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