第4話

mission3: Life of Me and Maid


「…ん、あ、朝か…寝られなかった…」

カーテンの隙間からこぼれる朝日の光に目が覚める。

一人では十分すぎる大きさのダブルベッドからモゾモゾとゆっくり出る。

フカフカで沈んでいくような感じが心地好く、つい二度寝しそうになるのが悩みだ。

特に、今のような冬の朝(今11月)はベッドの優しい温かさでさえ、誘惑対象である。

が、そんな事で寝られなくなるほど、阿呆ではない。

『訓練しましょう、ご主人様。』

『…はい。私が殺しました。』

彼女の言葉が頭から離れない。

ずっとその事が脳を縛り付け、支配する。

…彼女は本当に訓練などするのだろうか?

決してしたいわけではないが。

そんな事を考えているうちに寝間着から服に着替え、髪を整えると部屋を出た。


***


「…おはようございます、ご主人様。」

食堂へ向かうと、夜霧がいた。

ホカホカと湯気を立てる皿を二枚、手で持ちながら挨拶する。

「……。」

僕が黙っている間に夜霧は皿を置き、手を前にピシッと揃えた。

「…朝食の準備が整いました。どうぞお食べ下さい。」

「……。」

要らない。

朝食作りなんて、一人になってから悪戦苦闘しながらも、作れるようになった。

身の回りのものも大抵できる。

今更メイドなんて求めていない。

チラッと朝食を見る。

クロワッサンが二つ、ベーコンエッグにサラダ、スープとフルーツの盛り合わせが、キラキラ輝くように置いてあった。

料理はできるらしい。

「…お前、洗面水と服、用意した?」

これだけは聞いておきたい。

こいつとは極力話したくないので黙っていたが。

朝、目が覚めるとサイドテーブルに丁度いい湯加減のお湯とアイロンをかけたであろう服がベッドの脇に置いてあった。

もしかして、と思い確認で尋ねる。

料理は作られてしまったが、食べない。

絶対に食べない。

ホカホカと美味しそうな湯気をたてるベーコンや目玉焼きに悪い気は無いが。

「…はい、ご用意しましたよ?朝は顔を洗いたいでしょうし、服もサッと着替えたいと思いましたから。」

確かに、その通りだが、お前だけには用意されたくなかった。

そんな心情を読み取ったのか、フライパンを洗う手を止め、振り向いた。

「…一応、私はメイドとして来ましたから。これくらいはしないといけません。…私は訓練だけをするメイドではありませんよ。」

ニコッと笑い、また仕事に戻る。

なんでだ?とつくづく思う。

被害者の家に堂々と入り、湯や服、朝食まで用意する殺人鬼。

わざわざ殺されに来たものだろうに。

考えないのだろうか、毒を盛られるとか、隙をつかれて刺されたりだとか。

まぁ、あの実力を見れば今の僕に勝ち目はなさそうだけど。

悔しい。

けれど、それが分かるから何もできないし、とりあえず彼女に従うしかないのだ。

「…そう言えばご主人様。」

彼女が振り向く。

無言で視線だけ向ける。

「朝食、食べないのですか?せっかくご用意したのに。」

少し不満そうに眉を八の字に曲げている。

「…食べない。」

毒やら変な薬やら盛られていたらどうするんだ。

こいつは自称訓練をするメイドだが、それ自体嘘かもしれない。

少しの間メイドとして過ごし、隙を着いて僕を殺す暗殺者(サイコパス)の可能性の方がずっと高い。

「…あらら?ご主人様、もしかして怖いのですか?私が、毒を盛るとお考えで?」

思考を巡らすなかで、イタズラ気を含めた余裕の笑みを浮かべる彼女の声が聞こえた。

「……っ」

見抜かれている。

まだ受け答えしかしていないのに、僕の胸の内がすべて見透かされているような、そんな気がしてならない。

「大丈夫ですよ。そんな事しません。それともまだ疑っているのですか?」

自分可哀想、とでも言うように眉を八の字に下げる。

「…そんな事ない!…不愉快だ。帰れ、そして二度と顔を見せーー」

「…はいっ」

言葉が途切れる。

彼女がパンを僕の口に当て、続く言葉を防いだ。

柔らかい感触に、無防備になり、思わず口に含んでしまう。

(…毒っ…)

すぐ我に返り、吐き出そうとするが、それも止められてしまう。

パンを持っている手を掴まれ、もう片方の手、人差し指を唇に押さえる。

突然の事に、なんの抵抗もできなかった。

…後、普通に力の差で。

「…ご主人様、本当に毒など入ってませんから。これだけでもどうぞ、お食べ下さい。」

真面目な顔。

その顔は、主人の体調を心配する、忠実なメイドの顔そのものだった。

それに見えたから、さらにゾクッとしてしまう。

普通が、怖い。

「あ、と、。私が先に食べていますし。大丈夫です!」

人差し指を口から離し、空中に指さして微笑む。

「…〜〜〜〜!!!」

怒りと恥ずかしさの感情が湧きだす。

「…もういいっ」

パンを齧る。

「…ふふ」

彼女は楽しそうに笑う。

不意に、昨日の首筋に当たった冷たい感触を思い出す。

反射で左首に触れる。

ゾクッと背筋が凍った。

早く食べて勉強でもしよう。

残りパンを口に詰め込んだ。

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