第2話

君のそばにいるのは辛くて、好きが溢れてる。


『今度のデート、行けなくなった。ごめん』


彼から、メールが届いた。

久々の彼からのメール。

でもそれは、あまり良いと言えるものでは無かった。

なんで?と、”すぐ返信するのは重い”と言う界隈にある謎の掟を無視して返信する。

『前あった葬式が予定ズレて、急遽』

なるほど。

これは確かにしょうがない。

怒ろうとしていた気持ちが、静まる。

さすがの私でも、葬式を放ってまでデートを優先しろ、なんて言わない。

『それはしょうがないね…りょうかい!』

その後、数回やり取りして、話は終わった。

ぼすん、とベッドに倒れる。

スマホから手をを離した。

……しょうがない、よね。今回は。

今までも急に行けなくなることなんて、何回かあったし、別に今更な話。

それでも、毎回楽しみにしていた分、落ち込む。

理由が理由だし…もちろん、私だってそっちを優先して欲しい、けど…そうなんだけど…

(なんでお詫びの誘いをしないのー!)

普通、予定がだめになったら、別の日に遊ぼうと行ってくるはず。

それがマナーだと私は思うし、なかったとしても、別の形で何かするのが当たり前。

それが、彼にはない。

これは私が、彼に対して思う唯一の悩み。

謝ったらそれで終了でしょ?

と言う感じが、たまにヒシヒシと伝わってくる。

それを何回も言おうとして…止めた。

優しいんじゃない。

反応が怖い、意気地無しなだけだ。

「しょうがない」で諦めるのも、そろそろ止めにしたいとは思っているけど、結局いつも通り。

当たらず触らず。

そんな関係が続いていた。

そんなある日。

「加賀さん、課外授業のことだけど」

そうだった。

先生に言われて、思い出す。

私ももう、受験生。

苦手な英語を克服すべく、先生が放課後も授業をしてくれるという、『課外授業』に、私は参加申し込みをしていたのだった。

先生と、廊下で日程調整を話し合った後、教室へ戻る。

彼は自分の席で友人と話していた。

(…あんな笑顔…私は引き出せてないな)

それを少し羨ましく思いながら、自分の席へと戻って行った。


家にて。

私は、彼にLINEで課外授業を受けることを話した。そして。

『良かったら明日一緒に帰ろう?』

とも。

彼からは、『良いよ』と返事が届いた。

思わず自分の口元が緩むのを感じ、頬が赤くなる。

久々に胸がときめくのを感じながら、早く明日が来ないかなと、物思いにふけった。


…楽しみにしていると、時が経つのが早いのは、本当らしい。

あっという間に、明日が来て、放課後となった。

時刻は午後5時。

彼には、50分も待ってもらうこととなった。

課外授業も終わり、申し訳ないと思いつつ、彼と帰るのを楽しみにしていたのだが…。

「ごめん、さっき友達と会っちゃってさ。電車中で会おう」

はぁ?

これには、さすがに驚いた。

先にこっちが約束していたのに、楽しみにしていたのに、友達を優先するのか。

私達は付き合っていることを、周りに話していない。

確かに、それを考えると、友達に彼女と帰るのがバレるのが恥ずかしくて、ずるずると芋づる式に、友達と帰ることになるかもしれない。

けど、彼女彼氏関係なく、約束は守るべきだ。

さすがに失礼すぎないか、と思った。

その考えを読み取ったのか、彼はまた「ごめん」と言った。

怒るより先に呆れが来て、また強く言う勇気もなくて、「全然いいよ!しょうがない」と言って、私は教室を出た。

…あ、またしょうがないって言っちゃった。

口癖化してきていることに呆れて、苦笑いを浮かべる。

一人、憤慨しながら駅まで歩いて行った。


途中、「やっぱり約束だから」と走って私のもとに来るんじゃないかと、淡い期待をした。

が、結局彼が来ることはなく、私は一人電車に揺られた。

一駅過ぎたところで彼から2号車にいると連絡があり、私は座っている席を離れた。

「…や!」

始めは怒った調子で会ってやろうか、とも考えたが止めた。

今更怒ったって、彼は変わる気がしないと思ったから。

一回愚痴程度に洩らした時から、全く変わる様子、なかったもんね。

まあそれは別のことなんだけど…。

結局私は、いつも通りに接してしまった。

なんだかんだ、お互いそっちのほうがいいのだ。

怒っても、喧嘩しても、もちろん遠慮しても、苦しいから。

それなら、私だけが悩んで、こんな「クズ」と思う男でも、好きなうちはそばにいたい。

そんなことを心内でしんみり考えながら雑談していると、少し間があって彼が話をした。

「来月の24日、給料入るから結構遅れたけど…1周年、祝おう」

1周年。

そう、私たちは付き合って1年たった。

ほんとは8月で、もちろん予定も立てていたけれど、彼の都合により、できなくなった。

話の冒頭のことである。

(…ほんと、こーゆーとこは憎めないんだよな…)

なんだかんだこういう記念日は覚えてくれているし、大切にしてくれる。

まあ、当日あたりで急用入ったり(しかもそっち優先。たまに別に優先しなくてもよくない!?ていうのもある)ぐだぐだしたりしてもやもやすることが増えるわけだけど…。

突然の彼からのデートのお誘いに、少し気分が落ち着いた。

最近会うことや話すことが少ないせいで、少しネガティブになっていたのかも。

そのあとは、彼との会話がとても楽しかった。

先ほどまでの苛立ちや、上手く息の吸えない息苦しさが、まるで嘘のようだ。

「そろそろ俺の駅だ」

彼のつぶやく声で我に返る。

彼は、私より一駅早い。

もうそんな時間か、とふいに寂しくなる。

そんな気持ちを察したのか、別に何とも考えていないのか。

彼はまた私に言った。

「授業がある日は言って。一緒に帰ろう」

彼からこんな誘いがあるのは正直、驚きだった。

「…え、いいの?」

思わず聞き返してしまったほどには、信じられない。

「うん」

はっきりと、迷うことなく彼は言った。

その一言で、心が軽くなった。

ときめいたのもつかの間、電車は彼の降りる駅で止まり、彼は「じゃあね」と言って降りて行った。

見送ったあと、私は人前を気にせず膝に乗せたリュックサックに頭をぼすんと乗せる。

胸がドッドッと音を立て、頬に赤みがさす。

最初に思ったのは、

「ずるい」

の一言。

彼のことで悩んだり辛いと思っていたと思ったら、今度はときめくこと言うなんて。

あーあ、いつも振り回されてばっかり!

彼は、ほんとにずるい人。

隣にいるのが辛くて辛くて、もう好きじゃなくなってしまうかもしれない…そんな時、いつもタイミングよく私をときめかせて、好きにさせてしまうの。

私は、溺れてる。

彼からずっと逃げられないみたい。

コップに”苦しい” ”辛い”という感情の水が入ったはずなのに、溢れた途端、”好き”が溢れてる。

ほんとに不思議。

”恋は呪い”とは良く言ったものだけど、ほんとみたいだ。

だって私はすでに、彼に呪われてしまっているから。

呪いは苦しくて、私は彼のそばにいる限り、延々と感じる事でしょう。

だけども、”好き”という感情が溢れて、私を満たし続けるうちは…

私はあなたというどうしようもないクズ男のそばに、居続けてしまうのです。

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君のそばにいるのは辛くて、好きが溢れてる。 抹茶 餡子 @481762nomA

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