第3話

1話:「相席良いですか?」


ダンッ

机にジョッキを強く置く音が響く。

「…はー失恋は酒に限る…。」

戸雅梗子は呟いた。

居酒屋で一人酒とツマミを食べながら。

大体なんだよ、あのクソ男。

何が「金持ってない〜」だよ。

持ってんのに嘘つくんじゃねぇよ。

ベタに口説きながら色々貢がせやがって。

ちょっと良いかなって甘やかした私も悪いけどさ。

金も貰うだけ貰って、欲しい物も欲しいだけ貰った後別れ話出すってどういう事?

どういう神経してたら言えるわけ?

せめて一言、いや。謝罪の顔一つ見せればこっちはまぁ、顔面一発くらいで許してやろうと思ったのに。

「…さいってー。」

思わず、愚痴をこぼした時。

「…あの、相席良いですか?」

「…は、」

いきなり声をかけられ一瞬固まる。が、

「…良いですよ。ただし何も面白い話とか出来ませんけど。」

少し言い方悪かったかな、と言った後で思ったが、相手は気にしていないようだった。

「…あ、大丈夫です。それは俺も同じなので。」

そう言った男は失礼します、と律儀に言い座った。

少し哀しそうに笑ったのは気の所為だろうか。

まぁ、相席になっただけの人に深入りする必要もないしするのは失礼だ。

見たところ接客も仕事の内だったのかな、と予想する。

なんか丁寧だし。

30代後半…くらいでメガネをかけている。

身なりも綺麗。

そこそこモテそう、と言う風貌。

「…あの、何か俺についてます?」

「え?」

「…いや、何か見られてる気がして。違ったらすみません。」

いけない。

つい癖でジーッと見てしまった。

「…今時相席とか珍しいですね。」

取り敢えず別の会話に流す。

無難に相席の事を聞く。

「確かに。そうですね。初めてかもしれないです。」

男は頷き、ビールを頼む。

そしてメニュー表を見て何を頼もうか悩んでいた。

「…名前、なんて言うんですか。」

ここまで話たのだから、名前くらい聞いておこうと思った。

「…俺は恭々橋柊介です。ごく普通のサラリーマン。」

あなたは?と尋ねられる。

「…私は戸雅梗子。こっちもただのOL。」

と言うか、とビールに口をつけ尋ねる。

「苗字きようばし?凄い名前ですね。…まぁ、私が言えないんだけど。」

「あぁ。戸雅もそうですよね。」

枝豆の皮を破りながら恭々橋が答える。

「…え、恭々橋さんそうやって食べるんですか。丁寧に…。」

「…え?この食べ方おかしかったですかね。」

恭々橋の方も驚いている。

「…あぁごめんなさい。そう言うわけじゃなかったんですけど。あまり見かけないもので、つい。」

すると、恭々橋は納得したような顔になる。

「こちらこそすみません。…そう言えば、これ美味しいですよ。」

そう言って塩辛を勧める。

「…あ、本当ですか。…では。」

一口、いただく。

「…美味しい。ここ来たの、初めてだったんで助かります。…今日はたくさん飲みたかった気分なので。」

「…それはどうも。…それと、何かありました?」

「…え?」

「いや…何だか顔色が悪い気がして。良ければ相談に乗りますよ。」

その言葉に思わず黙る。

どうしよう。

何か言わなければ。

「…あ、あの。」

「はい。」

ジッと恭々橋は見てくる。

「…話…聞いてくれます?」

気づいたら呟いていた。

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