第54話


それはさきほどのホールと同様Placeの曲でも聞いたことのない曲だった。



彼のアカペラの歌から紡ぎだされるメロディーは優しいテノール。



高音が最高に美しくて、低音はくすぐるように甘い。



その甘く痺れるような歌声に乗せた歌詞は、私の脳さえもトロトロに溶かす。



ホールで聴いた曲も良かったけれど、たった一人…目の前で私だけに歌ってくれる歌は



特別感がさらに増して、もう小さなことにこだわっていた自分がばからしくなってくる。



すぐ背後に迫った彼の肌と、密着した私の背中が熱を持ったように熱い。



目頭と目じりが熱い。



「ぜん……」



振り返って彼を見上げると







「間に合わないかと思った。




もうダメかと思った」





彼は今にも泣き出しそうに瞳を揺らし、私を見下ろしていた。



私は彼の頬に手を伸ばすと、そっと撫でた。



すべすべときめ細やかなその肌は手のひらにそっとなじむ。



まるで撫でられるのを待っていたかのように。



彼はそっと私の手を握り返し、



私の顔に近づいてきた。



彼よりも私の方が早く、涙を流した。




その涙のしずくをぬぐいながら彼は私にそっと口付け。



出会って七年。





惹かれて想って、恋をして―――





禅夜とのはじめてのキス。



その熱い口付けはかたくなで冷たかった私の心を溶かす。



彼は別世界の人で私には手が届かない人だったと思っていたけど





でも今は一番近くに居る。




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