第52話


クリームを塗り終わって立ち上がると、すぐ背後に立った彼が私の後ろから腕を伸ばしてきた。



彼の胸の中に収まる形になって、彼は壁に手をつく。






「ごめんね、七年前のこと」







「謝らないで。惨めになるから」



かろうじて言えた言葉は震えて、彼の耳に届いたかどうか分からなかった。



「あのあと急な打ち上げがあってどうしても外せなかった」



プロ意識を持ちなさい、と言ったのは私だ。



彼を咎められることはできない。



本当のことだったら―――



「どうしたら許してもらえるかな」



「さぁ……知らない。自分で考えて。



もう子供じゃないんだから」



そっけなく言って彼の腕から逃れるようにもがくと彼はもう片方の腕を伸ばして壁に手をつき



完全に私を彼の胸の中に閉じ込めた。




「じゃぁ歌う。




俺の今できることと言えば―――歌うことしかないから」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る