第30話


「なんでしょう?」



振り返ると同時に手首を掴まれた。



強引でない仕草に不快感は抱かなかった。



「突然ごめん。今日、夜って空いてる?」



そう聞かれて私は目をまばたいた。



それを私に聞く?



仕事が終わったら毎日行くコンビニでお弁当とビールを買って、一人寂しくテレビを見ながら食事をするだけだ。



「ええ…どうして?」



「いや、空いてたら食事とかどうかな…って」



三田さんが遠慮がちに聞いてきて、



え―――……?



私は目を開いた。



「いや、都合が悪かったらいいんだ!安藤さんと話してみたかっただけだから」



そう言われてまばたき。



「ダメ……かなぁ」



「だ、ダメじゃないです!」



私は慌てて頷いた。



だって「結婚したい男」ナンバー1を更新中の女子社員今一番憧れの三田さんだよ。



断る女子が居るかっての。



その日私は三田さんと食事に行く約束をして



緊張した面持ちで残りの仕事を片付けた。



でも



首に下がったままのストールがやけに手首に絡まり、メモを取っていた私の手を何度も止める。



まるで





禅夜に





「行くな」






と言われてるみたいだった。



でも仕事の関わりがなければ彼は全然別世界の人。



手の届かない遠い存在よりも、手の届く身近な存在の方が今の私には必要なのだ。




私はストールを外して引き出しの中にしまいこんだ。



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