第5話
アリーナ席の最前列。
一つだけ空いた席が指定席のようにぽっかりと開いていて、私は何度もチケットの席ナンバーを確認した。
「やっぱりここ…」
目の前には本当にすぐステージ。
立派な装飾が施されたステージを見上げ、そして辺りを見渡すと六階まで吹き抜けの大きなホールに席が続いている。
収容客数は45,000人の大きなホール。
この付近では一番の広さを誇るホールだ。その席はほとんど余すことなく若い女の子たちで埋まっていた。
以前仕事の取材でこのホールを訪れたときは何とも思わなかったのに、
今はこの大きなホールに私の方がドキドキ…緊張してきた。
コンサートが始まるのを今か今かと目を輝かせペンライトやメンバーの顔写真や手作りネームの応援グッズを持って「彼ら」の登場を待ち望んでいるファンの子たち。
彼女たちの若い輝きの中、私は「彼」の目に留まることができるのだろうか。
会社帰りのスーツの上に、目印で彼がくれたストールを掛けてきたけど。
こんな暗い中それを見分けられるのかどうかも不安だ。
大体どのコンサートでもステージは光の波でほとんど席が見えないって…常識だ。
それでも…たとえ彼が私を見つけてくれても、周りの輝きの中、私は彼の目にどう映るだろう。
望めばダイヤモンドみたいな女の子を手に入れることができるだろう彼にとって、私は今や道端に転がった石ころのように存在価値のない女だ。
だって彼は言ってくれた。
『がんばってるあんたが好き。
がむしゃらで向こう見ずで、プロ意識が強くて―――
俺にはない強さを持ってる環が』
私は今、彼が好きだと言ってくれたものを何も持っていない。
ただプライドに縋り付くだけの惨めな女だ。
『俺の夢はね~
こんな小さなホールじゃなくて、でっかい都市ツアーで思い切り歌うの。
テレビ局の歌番組のときみたに口パクじゃなくて、全部リアルな俺の声で
何千万と居るファンを魅了できたらいいな』
まるで少年のように、無邪気に顔を輝かせて笑った彼。
君の夢……
叶ったね。
君の活躍は雑誌やテレビで見てたから全部知ってる。
でも
ねぇ
あなたは私の“夢”を覚えている?
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