第3話
わたしの頭上にはクエスチョンマークだらけだ。
「俺って人気者じゃん?」
「自分で言いますか」
「事実だから仕方ない。生徒にも慕われてるし、先生たちからも結構信頼されてる。つまり、俺自身の評価は100点だ」
この数分で、わたしの中の柴田朋希像がばらばらと砕け散っている。
他でもない、先生自身が壊しているのだ。
「だけどさ、俺にはあんな弟がいる。生活態度も悪いわ、成績も悪いわ。あいつの周りからの評価は0に等しい。そしてその0点が弟だというだけで、俺の評価もマイナスになるんだよね、40点くらい。つまり、今の俺の周りからの評価は60点」
先生の話をまとめるとこうだ。
弟の生活態度と成績について、柴田先生は周りの先生たちから責任を問われているらしい。
自分の評価まで下がることになって、迷惑を被っている。
兄としても弟にはちゃんと高校を卒業してもらいたいけど、この調子だと柴田架は留年してしまう。
留年することになったら恐らく柴田架は退学することを選ぶ。
そこで誰か世話係を用意しようと思いついた。
だけど三年生は受験があるし、みんなそれどころではない。
誰か優等生で受験に余裕がある生徒がいないか探していたところ、わたしが抜擢されたわけだ。
だからって、そんな面倒ごとを押し付けられるわけにはいかない。
わたしは必死に断ろうと頭を回転させた。
「自分で世話をしようとは思わないんですか」
「知ってるか、教師っていう職種はかなりブラックなんだ」
職種もだけど、あなたの性格も随分ブラックだったんですね。
そう思いながら、わたしは反論する。
「わたしは高校生活を平穏無事に終わらせたいと考えているんですけど」
「そんなのつまんないじゃん。もっと青春を冒険しようよ」
「柴田先生は冒険したんですか?」
「いや。平穏無事に終わらせた。俺って要領良いんだよね」
「先生、わたしもそうしたいです」
できることなら何の問題もなく終わらせたい。
特別楽しいことがなくても良いから、特別面倒臭いことは避ける。
わたしは今までそうやって生きて来たのだ。
それが今ここで壊されてたまるか。
「架くんを放課後と休日は家に幽閉して、家庭教師を付ければいいのでは?」
「物騒なこと言うんだね。幽閉なんて、架も可哀想に」
「例えばの話です」
こんなことになるならば、進学希望をもっとレベルの高い大学にしておくべきだった。
今更どうにもならないことを悔やむ。
「吉岡はどうしてそんなに嫌なの?」
「嫌ですよ! ただの学年最下位の馬鹿ならまだしも、架くんって不良じゃないですか」
「ああ、不良に偏見持ってるタイプ?」
「そうではないです。うちの両親も元暴走族だし、不良と一括りにしても色んな人がいるのは分かっています」
そう言うと、先生は驚いたような顔をする。
先生が弟のことを隠しているように、わたしだって親のことを隠して生きて来たのだ。
「だけど、そう言う人とあまり関わりたくないんです。さっきも言いましたけど、わたしは平穏無事に生きていきたいので」
きっと彼は大人しくお世話されてくれる人じゃない。
そういう人を追いかけまわして捕まえて、無理矢理一緒に勉強させるなんて、骨が折れる。
考えるだけで嫌だ。
「俺もそんな風に思ってたことがあったよ」
柴田先生は、わたしを見て面白そうににやにやと笑う。
「それが、弟が不良になって上手くいかなくなった。現に今、こうやって苦労してる。決して平穏じゃない。隠しているのも、いつバレるか分からないから、肝が冷えることばかりだ」
先生はわたしに微笑んだ。
顔が良い。
それだけで間違えて頷きそうになってしまう。
「だけど、そんな毎日が今は楽しかったりする」
この人を敵に回したくないな、と思った。
イケメンだし、怖いから。
腕時計を確認すると、そろそろ昼休みも終わる時間だった。
「すみません、少し考えさせてください」
「勿論どうぞ」
そうしてわたしは進路指導室を出たのだ。
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