第2話

昼休みが終わり、急いで次の移動教室の準備をしていると、途中で柴田架とすれ違った。

思わずまじまじと顔を見てしまう。


「美晴やっと帰って来た。早くしないと始まっちゃうよ?」

「うん、今行く」


教室から顔を出した友達から呼ばれて、わたしは教室に駆け込む。

入る直前に一度だけ振り帰ると、どこに行ったのかもう彼の姿は見当たらなかった。


柴田架というのは、わたしのクラスの男子だ。

頭は綺麗な金髪をアシンメトリーにセットしていて、耳にはジャラジャラとピアスが付いている。

制服も着崩していて、校則を違反していないところを探す方が難しい。

背が高くて目つきも悪く、近寄りがたい雰囲気がある。

授業にはあまり出てこないし、来たとしても寝ているから話しかけるチャンスはない。

そもそもそんな人に話しかけようとする猛者は滅多にいない。


わたしだってそうだ。

彼とは一年生の時も同じクラスだったけど、一度も話したことはない。

そんな彼のお世話係なんて、どうしてわたしに頼むのだろうか。

午後の授業を聞き流して、わたしは昼休みのことを思い返す。



「すみません、先生。わたし聞き間違えたかもしれません。もう一度言ってもらえますか?」

「君に、柴田架のお世話係になってほしい」


どうやらわたしの聞き間違いじゃないようだ。

わたしはどう反応すればいいのか分からずに、笑顔を浮かべたまま固まってしまう。


「吉岡さーん? フリーズしてるけど大丈夫?」

「すみません、処理が追い付かなくて」


先生の言った言葉をもう一度よく考えた。

柴田架のお世話係。

あの柴田架の世話をする。

わたしが。


「え、普通に嫌です」

「何で?」

「むしろこっちが何で? って感じなんですけど」


柴田先生はわたしの拒絶に、溜息をついた。

腕を組んで、空中を睨みつける。

何かを考えているようだ。


「仕方ない。理由を教えよう」

「お願いします」

「これは、他言無用だから、心して聞いてね?」


その言葉に、わたしは唾を飲み込んだ。

先生は真面目な顔で、わたしの前に置いた紙、柴田架の身上調査票を指差す。


「こいつの名前は?」

「柴田架、くん」

「うん、そうだね。じゃあ、俺の名前は?」

「柴田朋希先せ……」


そこで、あることに気づく。

名字が、一緒だ。


「柴田なんて、そうそうある名字じゃないと思わない?」

「うわーすごい、偶然ってあるんですねー」

「棒読みになってるよ」


まさか、そんなことが。

わたしは柴田架の顔写真を凝視する。

よく見てみれば、彼だってイケメンじゃないこともない。

顔を上げて、今度は先生の顔を凝視する。

イケメンすぎて眩しい。

そして、何よりも……


「似てるんですけど!」

「そりゃそうだ」


雰囲気が正反対だし、二人を比較したことなんてないから今まで全く気が付かなかった。

でも、似てる。

びっくりするくらい似てる。

顔のパーツとか、ほとんど一緒だ。


「だって俺たち、兄弟だもん」


わたしは真っ直ぐひっくり返ろうかと思った。


高校三年目にして明かされた事実。

みんなから慕われている爽やかイケメン教師と、みんなから嫌われている校内一の不良は、血の繋がった兄弟でした。


「あはは、びっくりした?」

「そりゃあ、するでしょう!」


だって、結びつかない。

そんなことがあって良いのだろうか、と全力で混乱していた。


「みんな初めて知るとそういう反応するよ」


先生は笑いながら柴田架の成績表をわたしの前に置いた。


「見てよ、オール1。教師の弟としてどうかと思わない?」

「先生、大丈夫なんですか?」

「うん?」


先生は呑気に笑顔なんか浮かべているけど、わたしは重大な秘密を抱えてしまったようで笑っていられない。

わたしは丁寧に言葉を選びながら、説明を求めた。


「いや、失礼ですけど柴田くんって生活態度とかもあまり良くないし」

「ああ、不良だね」

「教師の弟がそれで大丈夫なんですか?」

「だから吉岡にお願いしたいんだ」

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