第11話
はらり、と地面に広がる金髪が目に入る。
根元まで綺麗に染められていて、髪もそこまで痛んでいない。
「綺麗だよね」
「何が?」
「髪の毛」
架くんは目を開けてわたしを見る。
手を伸ばしてわたしの髪に触れた。
「何で。黒髪の方が良くない?」
「それなら何で染めてるの?」
「単なる反抗心」
そんな単純な理由でこんなに綺麗に染められるなんて羨ましい。
染めるのも手入れも、難しいと聞いたことがある。
「自分で染めたの?」
「そう。ブリーチして、色入れた」
架くんはわたしの髪を指先でいじる。
カラーリングもパーマもしたことがない、ただのバージンヘアだ。
髪色は他の人より黒いかもしれない。
毎朝、軽くヘアアイロンをかけるだけのミディアムヘアなんて、何も面白くないはずなのに。
「せっかく綺麗な黒髪なのに、染めたいの?」
「金髪の方が日差しの強い日、頭が熱くならないかなって」
「何だよその理由。別に同じだよ。染めたら髪も頭皮も痛むし、染めない方が良いって」
彼は呆れたような顔でわたしを見た。
やっと髪から手が離れる。
「ピアスは? そんなに開けて痛くないの」
「何、今日は質問する日なの?」
質問に質問で返される。
駄目だったかな、とほんの少しだけ心配しながら返事をした。
「だって普通はこんなこと聞けないじゃん」
「俺なら良いんだ?」
「だって架くんは答えてくれそうだから」
そう言うと、架くんは小さく笑う。
別に嫌だったわけではないようだ。
そのことにわたしは安心する。
「耳朶は痛くない。だけど軟骨はそこそこ痛い」
「痛いのに沢山開けたんだね。これも単なる反抗心?」
「半分はな。吉岡、ピアスも開けたいわけ?」
彼の言葉にわたしは頷いた。
架くんのような理由ではなく、お洒落の一環としてピアスをしてみたいと、ずっと思っている。
だから気になって聞いてみたのだ。
勿論、今のわたしにピアスを開けることなんて許されるわけがないけれど。
「卒業したらだけどね。それに架くんほどではなくて、左右の耳朶に一つずつ」
「それが良いと思う」
彼は自分の耳に手をやってピアスを触った。
いくつあるのだろう。
ただの反抗にしては自分をいじめすぎじゃない? というほど穴が開いていた。
架くんのことをじっと見ていると、彼と目が合って困惑したように微笑みかけられた。
「吉岡は不良になっちゃ駄目だよ」
「ならないよ」
「それを聞いて安心した」
変なことを言うんだな、と思う。
不良にそんなこと言われても、ピンと来ない。
「架くんは優しいよね」
「はあ? そう?」
「うん。わたしがこんなに話し掛けても、無視しないでちゃんと答えてくれる」
「無視してほしいの?」
「そんなこと言ってません」
彼は不思議そうな顔でわたしを見上げている。
「少なくとも、柴田先生よりは優しい」
「あいつ、優しくないだろ」
「うん。酷い人だ」
「分かってくれて嬉しいよ」
そう言って架くんは無邪気に笑った。
わたしはただのクラスメイトの男子と話しているだけの気分になる。
金髪とピアスがなければの話だけど。
彼が不良であることを、たまに忘れそうになる。
むしろ、どうしてこんな架くんがグレてしまったのかが気になるほどだ。
「それじゃあ、わたしと一緒にお勉強しようか」
「それは嫌だ」
「だろうと思った」
質問に答えてくれた流れで勉強に漕ぎ着けようと思ったけど、それは簡単にはいかない。
当たり前だよな、と落胆しそうになる自分を慰めた。
「どうして、勉強したくないの?」
「だって、面倒臭くね?」
「そうだね」
上手くいかないからって、ぐだぐだ喋って終わらせるわけにもいかない。
取り引きをしてしまった以上は、自分の任務をこなすべきだ。
「でも今年で卒業するんでしょ? それならテストでそこそこの点数を取らないといけないじゃん。テストでそこそこの点数を取るためには、今から勉強しないといけないと思うんだけど」
「吉岡、知ってるか。俺はこう見えてもそれなりに頭が良い」
「あ、今の柴田先生っぽかった」
「じゃあやっぱ今のなしで」
架くんの嫌そうな表情を見て、わたしはつい吹き出してしまう。
やっぱり、兄弟は似ているところがある。
今まで全然気がつかなかったのが不思議なくらいだ。
すごく面白い。
「そろそろ帰ろうかな」
「うん、帰れば?」
「架くんはまだここにいる?」
「うん」
日が暮れてきたから、今日はもう諦めることにした。
横に置いていた鞄を持って、わたしは立ち上がる。
「また明日も来て良い?」
「あれ、第一図書室に来てほしいんじゃなかった?」
「来てくれるの?」
「どうだろうな」
期待をさせるような言葉に肩をすくめた。
わたしは架くんに「じゃあね」と告げてから、屋内へ戻って昇降口まで歩いていく。
架くんを勉強させるのは骨が折れそうだな、と引き受けたことを後悔した。
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