第8話
数日経って、昼休みに柴田先生に呼び出された。
今日は進路指導室ではなく、第一図書室だ。
「鍵が、手に入った」
「本当ですか!?」
その言葉を聞いて、わたしは嬉々として先生について行く。
渡り廊下を歩いて旧校舎に入ると、途端に静かになった。
まるで誰もいない。
「第一図書室なんて誰も使わないから、鍵盗むの簡単だったよ」
「盗んだんですか。駄目ですよね」
「ごめんごめん、つい口が滑った。そうだな、失敬してきた」
「盗んだんですよね?」
悪びれずに笑う先生に呆れるが、それを頼んだのはわたしなのだから文句は言えない。
部屋の前まで来ると、先生が鍵を開ける。
古くて重い引き戸に手を掛けると、大きな音を立てながら戸が開いた。
「立て付け悪いなぁ」
「建て替えたくらいですから、仕方ないですよ」
ずっと誰も出入りしてこなかったのだろう。
部屋の中は酷く埃っぽい。
柴田先生と一緒に、すべての窓を開けた。
すると幾分はマシになる。
「すごい、宝の山だ」
「俺にはよく分からない」
「先生は理数系ですからね」
貴重な本が仕舞いこまれているのに、誰もその価値を知らないなんてもったいない。
わたしはそれらを手に取って、心躍りながらページを捲った。
「吉岡、夢中になってるところ悪いんだけど、交換条件はちゃんと覚えてるんだよな?」
その意地悪な言葉を聞いて、わたしの興奮が一気に冷める。
「覚えてます」
「ちゃんとやってる?」
「……まあ、そこそこ」
先生は近くの椅子を引いて腰掛けた。
古びた丸椅子は、大きな音で軋む。
「頼むぜ? ちゃんとやってくれないと、この鍵はサヨナラだからな?」
「分かってます。ちゃんとやります。だから、鍵下さい」
先生が腕を伸ばして、わたしの方へ鍵を差し出した。
わたしはそれを大事に受け取る。
「どうせ、架と一緒にいるところは、あまり人には見られたくないんだろ?」
「そうですね」
「それならここを使えばいい。あいつは別に頭が悪いんじゃない。ただ勉強しないから問題が解けないだけで、やればできる子なんだ。だから吉岡は、あいつがちゃんと勉強しているか見張っていてくれさえすればいい。ここに架を連れてきて勉強させて、自分は本を読み漁る。どう?」
「悪くはないです」
だけど、そう簡単にはいかないだろう。
それを先生だって分かっているはずなのに、簡単なことのように言うから、本当に悪い奴だ。
わたしはもう一度、本に目を落とす。
用は終わったはずなのに、先生は中々立ち上がろうとしなかった。
わたしは気になってしまって、顔を上げた。
「行かないんですか」
「あと五分だけ」
ついこの間、架くんが言っていたこと全く同じで、わたしはつい吹き出してしまった。
そんなわたしを見て、柴田先生は眉をひそめる。
「何だよ」
「いえ、別に」
誤魔化しても、先生は「言え」というような目でわたしを見てきた。
目は口程に物を言う、という言葉があるが、あれは本当だ。
「架くんと、似てると思って」
「顔が?」
「いえ、言ってることが一緒でした。血は争えませんね」
そう言うと、先生は苦笑した。
頬杖をついて、足を組む。
いつもの爽やかモードは完全にオフだ。
「そうか。俺とあいつって似てるところもあるのか」
「似てるでしょう。顔なんてそっくりだし」
「それは当たり前だ」
先生はポケットから煙草とライターを取り出すと、一本取りだして火をつけた。
校内は全面禁煙だったはずだけど、そんなことを指摘してもこの人は聞かないだろうから、わたしは何も言わずに風上に移動する。
柴田先生が喫煙者だったなんて、始めて知った。
爽やかなイメージにはそぐわないから、ずっと隠してきたのだろう。
「そんなことより吉岡」
「はい」
「お前、両親が元不良って言ったか?」
「元暴走族です」
どっちでも同じだろ、と先生が文句を言った。
わたしもそう思うのだけど、両親にはそこに何かのプライドがあるようで譲らない。
そんな教育をされてきたせいで、わたしもつい訂正してしまったのだ。
「今は?」
「普通に働いています。勿論リーマンになんてなれなかったから、父は建設業で母はパートですけど」
相槌を打ちながら、先生は煙を吐き出す。
その紫煙は窓の隙間から外へ流れていった。
誰かに見られたらどうするのだろう、と思う。
「後悔してんのかな」
「そうみたいですよ」
わたしは開いたまま読んでいない本を閉じた。
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